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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第161話 宝積寺玲奈-19

「お前……実は、早見のことが嫌いなのか?」


 そう質問すると、宝積寺は、しばらく言い淀んだ。


「……決して、嫌いではないのですが……アリスさんは自由奔放で、他人に気を遣うような方ではないので、一緒にいると疲れます……」

「まあ、分からないではないが……」


 早見は、自分の欲望に忠実である。

 さらに、そんな早見を止める人間は、あいつの周囲にほとんどいない。

 常に暴走状態にある人間に振り回される負担は、想像以上に重いものだ。

 俺はともかく、宝積寺は幼い頃から早見と付き合っているので、悩まされるのは当然だろう。


「それに……アリスさんは、好意がベースにあるので、接近されても危険を察知しづらいんです」

「好意がベース……?」

「相手の感情が敵意や警戒であれば、私も警戒しやすいのですが……アリスさんは、そうではないので、苦手です……」

「相手の感情って……そんなものが分かるのか?」

「……確実ではありませんが、ある程度は分かります。イレギュラーの時であれば……少なくとも、由佳さんや楓さんは、私のことを警戒していました。雪乃様と大河原先生は、私を嫌っていたと思います。花乃舞梅花様だけは、全く感情の読めない方でした……」

「……ん? 神無月先輩は?」

「愛様は……お姉様のことが誰よりも好きですので……」

「……」


 つまり、神無月先輩にとって、宝積寺は「春華さんの代わり」なのだろう。

 神無月先輩が青いリボンを着けた時や、宝積寺からリボンを貰って引き下がった時にも、あの人が意識していたのは春華さんだったはずだ。

 これは、相手が神無月家の当主なのだから、あまり触れない方が良い話題なのかもしれない。


「相手に敵意がある場合や嫌悪感を抱かれた場合はもちろん、警戒されている場合にも、何らかのきっかけによって攻撃されるリスクがあります。なので、状況によっては、先制攻撃を仕掛けて相手を無力化するか、息の根を止めなければなりません」

「いや、だから、殺すなよ……」

「必要がなければ殺しません。必要であれば躊躇しないだけです」

「……」


 こいつの場合、その「必要」のハードルが異常に低いことが問題なのだが……。

 俺は、それをあえて指摘しなかった。


「ですが……アリスさんのように、相手が嫌がることを、好意を向けながら行うような方がいると、対応が難しくなるんです。頭の中が混乱する、とでも表現するべきでしょうか……。その上、アリスさんは姿を消すことができて、黒崎さんの病室でそうだったように、消えた状態で私に触れることがあります。……時々、反射的に殺しそうになります……」

「早見のことは、そんなに警戒しなくていいんじゃないか? あいつがお前に危害を加えるなんて、あり得ないと思うぞ?」

「いいえ、あり得ます。初めてお会いした時には、酷い目に遭いましたので……」

「そうだったのか?」

「はい……。その時に、私達はまだ3歳でした。お姉様に連れられて、アリスさんとお会いしたのですが……私は、アリスさんのことを警戒しながら、それを相手に悟られないように努めました」

「……」


 こいつの主観だと、相手のことを「警戒」していたことになっているのか……。

 早見や長町は、「獲物を見るような目で見られた」と表現していたが……。


「しかし、アリスさんは……私の心を見透かしたように微笑んで、こちらにゆっくりと歩み寄ってから、私のことを抱き締め、頬にキスをしました」

「その頃から、あいつの愛情表現は激しかったんだな……」

「……あの時は、隣にお姉様がいらっしゃらなければ、悲鳴を上げて、アリスさんを殴っていたかもしれません……」

「そうだったのか?」

「だって、得体の知れない相手に抱き締められて、キスをされたんですよ? 気持ち悪いではないですか」

「まあ、お前は女だもんな……」

「……そういう問題ではないのですが……」

「……いや、分かってる。気にしないでくれ」


 絶世の美女と表現しても過言ではない早見は、幼い頃から美少女だったに違いない。

 同じ年齢の美少女に抱き締められて、キスをされたら、男なら殴ろうとはしないだろう。

 というより、皆に好かれている早見に好意を寄せられたというのに、その早見を殴ろうとするなんて、宝積寺以外の人間からは出てこない発想なのではないだろうか?


「そもそも、接触した状態では、刃物で刺されるかもしれませんし、どんな魔法を放たれるか分かりません。だから、私は、誰かに触られるのが好きではないのです」

「早見は、そんなことはしないだろ?」

「誰かに対して一方的な好意を抱いている人間は、何をするか分かりません。相手を自分だけのものにするために、意識を奪って監禁するかもしれませんし、殺すかもしれません」

「そんな馬鹿な……」

「相手が誰であれ、リスクがあるなら警戒するべきです」

「……」


 こいつの防衛本能は、かなり過剰に思える。

 敵の多い環境で暮らしているとはいえ、普通なら、自分に触れた相手が殺意を持っているリスクを想定したりはしないだろう。

 だが、そういうことを幼い頃から考えていたところに、宝積寺の本質があるように思えた。



 その後、俺の家が近くなった時に、服の袖を突然摘ままれた。

 振り返ると、予想よりも宝積寺が距離を詰めていたので、少し驚いてしまった。


「……どうした?」

「明日の朝も、こちらに来てよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……もちろんだ」


 そう言った俺の声は、おそらく、少し上擦っていたと思う。

 だが、表情を消した宝積寺に見つめられた状態で、「来ないでくれ」などと言えるはずがなかった。


「ありがとうございます」

「いや……」

「では、また明日」

「……ああ」


 俺は、宝積寺を見送ってから深呼吸をした。

 そして、気持ちを切り替えてから家に入った。

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