第152話 長町あきら-2
「飛鳥さん……とても良いお姉さんですわね。私も妹にしていただきたいですわ」
早見は、うっとりとした顔をしながら、そんなことを言った。
「お前が妹だったら、黒田原は大変だろうな……」
「まあ! 本日の黒崎さんは、とても嫌な態度だと思いますわ!」
「お前は、黒田原に散々迷惑をかけてるんじゃないのか?」
「私は、飛鳥さんに、ご迷惑をおかけしたことなどございません」
「……本当か、宝積寺?」
「飛鳥さんは、世話を焼きたがる方ですので……」
「そうか……」
黒田原は、早見に甘えられたら、妹達に対するのと同じような態度になってしまうのだろう。
早見はすぐに調子に乗るので、際限なく振り回される様子が目に浮かぶようだ。
「では、私達は香奈さんのお部屋に参りましょう」
早見は、先を急ぐように歩き出した。
「お前……今日は、いつにも増して楽しそうだな?」
「あら、そうでしょうか?」
「……まさか、変なことを企んでないだろうな?」
「とても失礼な物言いですわね……。人聞きの悪いことを仰らないでください」
早見はそう言ったが、俺には、何か良くないことを考えているように思えた。
俺達は、蓮田の部屋の前に来た。
そして、扉を早見がノックする。
「香奈さん、入ってもよろしいですか?」
「えっ、早見さん……!? ど、どうぞ……」
部屋の中から蓮田の声がして、早見は扉を開けた。
「……えっ!?」
早見の後から部屋に入った俺達を見て、蓮田が驚きの声を上げた。
そして、別の人物も、驚いた顔でこちらを見ていた。
「玲奈さん……!?」
蓮田の病室にいて声を上げたのは、長町あきらだった。
「……!」
予想外の人物との遭遇に、宝積寺はビクリと身体を震わせた。
「あら。あきらちゃんも来ていたのですか?」
緊迫感のない様子で言った早見を、長町が睨む。
「アリスさん……一体、どういうつもりなんですか!?」
「……帰ります!」
宝積寺は、逃げるように踵を返した。
しかし、駆け出そうとした宝積寺は、すぐに立ち止まった。
廊下に、長町あきらとよく似た、小柄な赤い髪の女性がいたからだ。
「玲奈ちゃん……?」
あかりさんは、ポカンとした表情でこちらを見ていた。
宝積寺は、逃げるように後退った。
「……玲奈ちゃん!」
あかりさんは、宝積寺の名前を叫んで勢いよく駆け出し、ほとんど体当たりするように、宝積寺に抱き付いた。
宝積寺は、その勢いに負けず、あかりさんを見事に抱き止める。
「玲奈ちゃん……ずっと会いたかった……!」
「……あかりさん、私は……」
「いいのよ……いいの……」
「……」
あかりさんは、感激のあまりに泣いていた。
宝積寺は、どうしていいのか分からない様子だったが、条件反射のように、あかりさんの頭を撫でた。
状況を理解しているのかは分からないが、桐生も涙を流している。
ひょっとしたら、雰囲気に飲まれただけなのかもしれない。
早見は、優しい笑顔で2人を見守っていた。
こいつは……どうやら、あかりさんが病院にいることを知っていたらしい。
平沢や黒田原も、おそらく、病院にあかりさんが来ていると知っていたのだろう。
だから、あんなに慌てて止めたに違いない。
あかりさんのことも宝積寺のことも、よく知っている早見としては、2人を和解させるつもりだったのだと思うが……トラブルに発展するリスクもあったのだから、不意討ちのようなやり方は問題だと思う。
病室から殺気立った様子で飛び出してきた長町は、小声で「全然良くないです……」と呟いた。
だが、さすがに、宝積寺に襲いかかったりはしなかった。
「えっと……?」
部屋に取り残された蓮田は、どうしてよいのか分からない様子で呟いた。
「あの……」
他の部屋から、北上が顔を覗かせた。
今日の北上は、白い、動きやすそうな服を着ている。
やはり、俺が入院していた時に着ていたのは、コスプレ衣装だったらしい。
俺達の様子から、北上にも状況は分かっているようだ。
「あら、天音さん。お疲れ様です」
いつもと変わらない様子で、早見は北上に微笑んだ。
「お取り込み中のところ、大変申し訳ございませんが……場所を移動することはできませんか? 他の方のご迷惑になるのではないかと……」
「そうですわね」
早見は、まだ泣いているあかりさんと宝積寺に声をかけて、どこかに連れて行った。
積もる話もあるだろうから、落ち着いて話せる場所に移動するのは悪いことではない。
「美咲さん……蓮田先輩のことをお願いしてもよろしいでしょうか?」
長町は、顔見知りに話しかける口調で言った。
どうやら、この2人も、既にお互いのことを知っていたらしい。
「いいよ。そのために来たんだから」
「ありがとうございます。では……黒崎先輩。お話ししたいことがあるので、ついて来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「……ああ」
俺は、長町に連れられて、近くの空き部屋に入った。
「アリスさんから、全てを打ち明けたと聞きました……。ずっと騙していて、申し訳ありませんでした」
長町あきらは、俺に深々と頭を下げた。
「お前は早見に巻き込まれたんだろ? さすがに、あいつから話を聞いた時にはショックだったが……」
「……それは違います。私は、アリスさんに、積極的に協力していましたので……」
「そうだったのか?」
「はい。アリスさんに協力すれば、3年前の出来事について教えてくださると、愛様から持ちかけられまして……」
「……!」
長町は、俺を訓練するために不可欠な存在ではなかったはずだ。
ただ、メンバーのバランスを取るために加えただけだと聞いた。
それなのに、イレギュラーの時の出来事という、極めて重大な秘密を取り引きに使うとは……!
神無月先輩のいい加減さは相当なものだと思う。
「私は……黒崎先輩を騙すことで、お姉様の身に起こったことを知りました。そして、玲奈さんの命を奪おうとして……そのために、先輩と玲奈さんを出会わせてしまったことについても、いつかは謝りたいと思っていました……」
「俺は、宝積寺と知り合って、損をしたとは思ってないけどな……」
「……私が余計なことをしなければ、天音さんとのお付き合いを再開する予定だったんですよ?」
「……」
それについては、心から残念である。
だが……ああいう形でなければ、宝積寺と親しくなることはできなかっただろう。
結局、どちらが良かったのかは分からない。
「少なくとも、宝積寺が敵にならなかったことについては、良かったと思ってるんだが……」
「……そうですね。黒崎先輩のような人が、天音さんとお付き合いをしたら……玲奈さんに警戒されて、敵対するリスクはあったと思います」
「……」
宝積寺にとっては、その方が幸せだったかもしれない。
神無月先輩や北上や早見と、今よりも良好な関係でいられた可能性があるからだ。
だが……宝積寺に敵視されるなんて、絶対に避けたい事態だと思った。




