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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第148話 黒崎和己-13

「いや、だが……そうだとしても、北上を口説いたのは俺だからな……」


 それが俺の結論だった。

 俺の言葉を聞いた宝積寺は、こちらを非難するような顔をした。


「それが本当かどうか、記憶を消されてしまったら、分からないではないですか」

「さすがに、これ以上は嘘を重ねたりしないだろ」

「……やはり、黒崎さんは、女性に対して優しすぎると思います」

「女に優しいっていうより、相手が北上だから……」


 思わずそう言ってしまってから、宝積寺が淀んだ目でこちらを見ていることに気付いた。

 俺が宝積寺から離れる方向に動くと、顔を逸らした宝積寺は呟くように言った。


「愛様とアリスさんから全てを聞いて……私は、天音さんを殺すことを検討しました」

「……!?」

「……あまりにも酷い裏切りだと思いました。絶対に許せません……」

「お前……本気でそんなことを考えたのか!?」

「はい」

「……」

「私が一番許せなかったのは、天音さんが、今でも黒崎さんのことを好きなままだということです。そんなに自分勝手な話はないと思います」

「だからって、殺すのはやりすぎだろ……」

「……ご安心ください。さすがに、天音さんを、本当に殺したりはしませんから……」

「そうだよな……」

「……お姉様から、天音さんのことを守るように言い付けられましたので……」

「……そうか」


 春華さんは北上を理想としていた、という話を思い出す。

 北上のような人間は、誰かが守らなければ理不尽なことを押し付けられかねないので、自分の妹に守らせようとしたのだろう。


「それに……」

「……?」

「……黒崎さんに、友達は大切にしろと言われましたから……」

「……そ、そうか……」


 こいつ、俺が忠告したことなんて覚えてるのか……。

 そのことが意外に思えた。



 教室に入った俺に、平沢が近寄ってきた。


「……あれから、大丈夫だったかしら?」

「お前なあ……。麻由里さんの誤解を、そのままにしないでくれよ……」

「……姉さんは何をしたの?」

「今朝、俺のために10人分の料理を用意した」

「そう……やっぱり……」

「予想できたことなら、どうにかしてくれ!」

「……ちゃんと言ったのよ。黒崎君は、普通の量しか食べないって……。でも、姉さんは私の話を聞くだけで、理解してくれないの。いつもそうなのよ……」

「意外と苦労してるんだな、お前も……」

「……そうよ。だから、私の負担を少しでも軽くするために、貴方は女遊びをするのをやめて」

「だから、遊んでねえって言ってるだろ!」

「いけませんわ、麻理恵さん」


 突然、後ろから早見の声がした。

 そして、俺の右腕に、早見の左腕が絡められる。


「……!?」

「……!」


 俺も平沢も固まった。

 教室の中にいた他のメンバーも、何が起こったのか分からない様子で、皆が固まった。


「私と黒崎さんは、普通のお友達ですのよ? それを、女遊びなどと……表現に悪意を感じますわ」

「ちょっと待って! そうだとしたら、どうして黒崎君にくっつくのよ!?」

「あら。これは私にとって、お友達との普通の接し方ですわ」

「……不潔よ! 男子に対して、そんな……!」

「早見! とりあえず離れろ!」


 俺が叫ぶと、早見はクスクスと笑った。


「まあ。分かりやすく動揺していらっしゃいますわね」


 そう言いながら、早見は俺から離れた。

 すると、数名の女子が、俺から早見を助けようとするように動いた。

 俺達の間に入りながら、こちらを威嚇するような態度で睨み付けてくる。

 そして、早見を俺から引き離すようにした。

 明らかに、早見の方が俺に触れてきたのだが……。


 早見は、思わせ振りな表情を浮かべて、こちらを見ていた。

 その小悪魔じみた様子に、俺の心は掻き乱された。



 授業の時間になり、今日も大河原先生と二人きりになる。

 先生は、淡々と授業を進めた。


 俺は、先生の様子に違和感を覚えた。


「先生。ひょっとして、機嫌が悪いんじゃありませんか?」

「いいえ? どうしてですか?」

「……はっきりとした理由があるわけではないんですけど……」


 強いて理由を挙げるなら、態度がよそよそしいことだろうか……?

 しかし、先生は公私の区別を付ける人なので、授業中に馴れ馴れしくするわけではない。

 なので、ちょっとした差にすぎないのだが……。


「……黒崎君は、今度の土曜日に、私が退院をお祝いしたいと言ったことを忘れていませんよね?」

「当たり前じゃないですか! そんな大切なことを忘れるはずがないでしょう?」

「だったら良いのですが……黒崎君は、他の女の子に祝ってもらって、そちらに夢中なのかと思いました」

「……どうして、そんなことを……?」

「ただの勘です」

「……」


 ただの勘で、不機嫌にならないでほしいものだ……。

 そもそも、俺は退院祝いなんてしてもらっていない。

 早見の家に行って話したのは、俺が記憶の一部を取り戻したからなのである。


「強いて言えば……いつもは私の顔や胸の方に向けられている黒崎君の視線が、今日は脚の方に向けられていることが気になっています」

「……!」


 しまった……!

 昨日の出来事のせいで、先生の脚の感触を妄想してしまったことが、無意識のうちに影響していたらしい……。


「いけませんよ? 胸は膨らんでいるので、目に付くのは理解できますが……脚を見つめるのは、良くないことを連想させます。女性の下半身に注目するなんて、良くありません」

「……すいません」

「それに……私は、男の子が喜ぶような下着は履いていないから、見えた時にがっかりされると困るわ……」

「……そうなんですか?」

「ちょっと……どうして意外そうな顔をするのよ?」

「……すいません。でも、先生みたいな格好をされたら、下着だって派手な物を着けてると思うのが普通でしょう?」

「黒崎君の『普通』って、よく分からないわ……。私は、男子の目を気にする必要がない年齢になって、自由な服が着られるようになったから、この格好をしているのよ? 男を誘うためじゃないんだからね?」

「……すいません」


 先生の言葉が、建前によるものだということは分かっている。

 だが、改めて考えてみると、先生は俺に下着を見せたことがなかった。

 故意に見せたこともなければ、事故で見えてしまったこともないのである。

 俺のことを誘うような言動をしていたが、そういうところはしっかりしている。

 ひょっとしたら、パンチラで男を誘うのは邪道だとか、何らかのこだわりがあるのかもしれない。


「でも、先生なら、普通に白でも良さそうですけど……」

「黒崎君……」

「……すいません」

「いけないわ。教師に対してセクハラをするなんて……。玲奈ちゃんに嫌われるわよ?」

「……気を付けます」

「よろしい。ところで……」


 先生は、俺の後ろに回り込み、こちらの肩に胸を乗せるようにした。


「……!?」

「どうして、突然、興味が脚に移ったのかしら? とっても興味があるわ」

「先生こそ、セクハラはやめてください!」

「本当は嬉しいんでしょ?」

「嬉しかったとしてもやめてください!」

「……」


 先生は、不満そうな顔をしながら、俺から離れた。

 それから、自分の胸の下で腕組みをする。


「黒崎君って、嫌がる相手のことは執拗に追い詰めるのに、積極的な相手からは逃げようとするのね」

「人のことを、変質者みたいに言わないでくださいよ!」

「……授業を続けましょう。黒崎君は、今のままだと進級するのが難しいんだから」

「……」


 だったら、集中力を奪うような言動や格好をするのはやめてくれないだろうか……?

 先生の胸の谷間を見つめてから、俺はため息を吐いた。

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