表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/288

第147話 宝積寺玲奈-17

 外に出ると、門扉の外に、見慣れた人物が立っていることに気付いた。


「宝積寺!?」

「……おはようございます」


 前の家に住んでいた時と同じように、宝積寺は俺に向かって頭を下げて挨拶した。


 まさか、この家にまで来るとは……!

 宝積寺の家からこの家までは、決して近くないと思うのだが……。


「あっ、玲奈ちゃん!」


 宝積寺の姿を見て、麻由里さんが嬉しそうに言った。


 御倉沢の人ではあるが、この人は宝積寺のことを嫌っていないらしい。

 平沢が「誰とでも仲良くしようとする」と言ったのは正しいようだ。


「……麻由里さん?」


 宝積寺は、俺の家に麻由里さんがいるのを意外だと思ったらしく、目を丸くした。


 誰かと会った時に、宝積寺がこういう顔をするのは珍しい。

 大抵の場合は、困った顔か、怯えた顔をするのだが……。


「久し振りね! 元気だった? 前から可愛かったけど、ちょっと見ないうちに大人っぽくなって、とっても綺麗になったわ。やっぱり姉妹ね、春華ちゃんにそっくり!」

「……姉と私は、麻由里さんと麻理恵さんとは違って、あまり似ていないと思うのですが……」

「そんなことないわ。髪の色を同じにしたら、似てないところが見当たらないんだもの」

「……」


 宝積寺は、顔を赤くして俯いた。

 その顔が、少しだけ嬉しそうに見える。


「そうだ、玲奈ちゃん。ひょっとして、黒崎君のお弁当を作ってくれたの?」

「……はい」

「やっぱり。じゃあ、黒崎君。私のお弁当はいいわよね?」

「俺はいいですけど……麻由里さんはいいんですか?」

「いいの。好きな人に作ってもらったお弁当の方が嬉しいでしょ?」

「……」


 麻由里さんの言葉で、宝積寺は耳まで真っ赤になってしまった。

 そういえば、俺達が、これほどストレートに恋人扱いされるのは珍しい。

 麻由里さんは御倉沢の人であるはずなのに、俺に他の家の恋人がいても気にならないようだ。


「……じゃあ、行くか」


 弁当を取り替えてから、俺は言った。


「……はい」

「いってらっしゃい」


 麻由里さんは、並んで歩き出した俺達に手を振った。



「……押しかけてしまって、申し訳ありません」


 しばらく無言で歩いた後で、宝積寺が言った。


「いや……」


 正直に言えば、宝積寺が来てくれて、嬉しかったのは否定できない。


 だが、一ノ関達が俺の家に住むようになったら、宝積寺が押しかけて来るのは問題ではないだろうか……?

 そう思ったが、さすがに、来ないでくれとは言いづらかった。


「お前……麻由里さんと面識があったのか?」

「……はい。姉は、先輩である麻由里さんに可愛がってもらったと、嬉しそうに話していらっしゃいました。私も、何度かお話ししたことがあります」

「そうか」

「お姉様は……」

「……?」

「……麻由里さんについて、純粋で心の綺麗な人だと仰っていました」

「そうかもしれないな……」

「……ああいう人は、守ってあげないと壊れてしまうかもしれない、とも仰っていました」

「……壊れる?」

「はい。それを聞いた時の私には、意味が理解できなかったのですが……美咲さんと親しくなってから、意味が分かるようになった気がします」

「桐生と……?」

「……あまり、具体的には説明できないのですが……」

「……」


 言われてみれば、麻由里さんは、自分の旦那のことを全く疑っていない様子だった。

 本当に麻由里さんのこと以外は眼中にないような男なのかもしれないが、そうであれば、平沢はああいうことを言わないような気がする。


 そして、桐生も、周囲から止められても宝積寺と親しくしているらしい。

 桐生について、蓮田が「天真爛漫」とか「純真無垢」といった言葉を使っていたことを考えると、自分の友人が笑いながら人を殺した、などということは想像もできないだろう。

 もしも宝積寺の本性を認識したら、ショックでどうにかなってしまうかもしれない。


 宝積寺のことを激しく拒絶する桐生を想像してしまい、俺は頭を振った。


「黒崎さん……?」

「……何でもない。そういえば……春華さんの髪は黒くないのか?」

「姉の髪は、明るい色で……天音さんと同じような色でした」

「そうか……」


 予想外だった。

 今まで、春華さんも、妹と同じような黒髪なのだと思い込んでいたからだ。


「……よく、私は姉に似ていないと言われました。アリスさんや天音さんは、似ていると言ってくださったのですが……」

「本当に似てるんじゃないか?」

「……そうであれば、とても嬉しいと思います。お姉様の妹でなければ、私に存在価値などありませんから……」

「そんなことはないだろ」

「……そうでしょうか?」

「ああ」

「……」


 宝積寺は、何を言うべきなのか分からない様子で俯いた。


 宝積寺姉妹は、父親が異なるという話を思い出す。

 おそらく、宝積寺はそのことを知っているのだろう。

 そういう事情があれば、自分と春華さんが似ていないと言われたら、ショックを受けるのは当然だと思う。


「あの……昨日、アリスさんとの話し合いは、いかがでしたか?」

「……丁寧に謝られた。早見にしては、珍しく落ち込んでたな」

「そうですか……。それで……天音さんのことは、お聞きになりましたか?」

「……ああ、聞いた」

「あまり、お気になさらない方がいいと思います。悪いのは天音さんですから」

「……責めたら可哀想だろ。あいつは、頼まれて協力しただけなんだろ?」

「ですが、天音さんが記憶を消さなければ、今でも、黒崎さんは天音さんのことが好きだったはずです。いくら命令されたことであっても、自業自得だと思います」

「……ちょっと待て。お前……今、何て言った?」

「……あの……ひょっとして、アリスさんから聞いていないんですか? 黒崎さんの記憶を消したのは、天音さんなのですが……」

「!?」


 あまりにも驚いたために、俺はしばらく言葉を発することができなかった。

 宝積寺も、戸惑った様子で無言のまま俺のことを見つめた。


「俺の記憶を消したのは……早見でも神無月先輩でもなかったのか?」


 念を押すと、宝積寺は頷いた。


「はい。この町の人間に、通常の催眠術の知識などありませんので、魔法によって催眠状態にしたはずです。ですが、魔法で人の脳に影響を与えるのは、とても危険な行為ですので、慣れた人間でなければ不可能です。その魔法は、アリスさんであっても使うことはできません。専門的な訓練をした天音さんでなければ使えないのです」

「……」


 そういえば……早見は、俺の記憶を消したのが自分だとも、神無月先輩だとも明言しなかった。

 ただ、責任は自分や神無月先輩にあると言っただけだ。

 おそらく、北上を庇うために、あえて俺が勘違いするような言い方をしたのだろう。


 混乱した状態で、俺は言葉を探した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ