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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第145話 水沢由佳-6

 水沢さんは話を続けた。


「私も、桜子の体型は、気にするようなものではないと思っていたが……気にするなと言われても無理なのだろう。背が高い利亜も、小柄なあかりも、自分の身体について、それなりに気にしている様子はあったからな。そして、桜子は、身体のことだけでなく、自分が善人でないことについても悩んでいた」

「善人でないことが……悩み?」

「桜子には、ああ見えて繊細なところがあった。あいつが姉のように慕っている美樹さんや、同じ学年の春華と比べて、自分の本性が悪人じみていることに悩んでいたんだ」

「……そんなことで悩んでいたなら、もっといい人っぽく振る舞えば良かったんじゃないかと思うんですけど?」

「そういう問題ではない。周囲の人間がどう思うかは、自分の本性とは別の問題だ。取り繕ったところで、桜子にとっては意味がなかった。玲奈を見ていれば分かるだろう?」

「……」


 俺には水沢さんの言葉の意味が伝わってきたが、ミュレイは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「あの……どういうことですか? よく分からないのですが……?」

「そうだな……。例えば、お前は、自分と何の関係もない人間に良い出来事が起こって、幸せそうにしていたらどうする?」

「どうすると言われましても……やはり、お祝いの言葉を伝えると思いますが……」

「そうだろうな。だが、それは、心から嬉しいと思うことを意味しないだろう?」

「……だって、自分とは無関係な人の話なんですよね? もちろん、子供が生まれたといったお話でしたら、私も幸せな気分になると思いますが……」

「それが普通だと言っていいだろう。だが、世の中には、それを本心から、自分のことのように喜べる人間がいる。一方で、それに怒りを覚えて、相手の幸せが失われ、不幸になることを願う者もいる」

「えっ? 自分とは無関係な人が、不幸になることを……願うんですか? 理由が分からないのですが……?」

「理解する必要はない。だが、世の中には、そういう人間がいることは知っておいた方がいい。異世界の住人については、確かなことは言えないが……この世界には、少なからず存在しているはずだ」

「……」


 ミュレイは、困惑した様子で俺の方を見た。


「あの……そういう人とは、縁を切ってしまった方が良いのではないでしょうか?」

「……俺にも事情があるんだ」

「そうなんですか……?」

「ミュレイ。こう見えて、黒崎は博愛主義者なんだ」


 水沢さんが、誤解を招くフォローをした。

 これは天然の発言ではなく、間違いなく故意によるものである。


「……本当ですか?」

「ああ。この男は、自分に対して悪意を向けてくる相手であっても、受け入れて愛することができる。そういう男だからこそ、異世界人であるお前とも、すぐに打ち解けられた」

「そうだったんですね……」


 ミュレイは、妙に感心した様子で俺を見た。

 その目が、「見直した」と言っている。

 照れるというより、申し訳ない気分になってしまった。


「それに、善人であっても、常に善良な言動ができるとは限らない。3年前に、春華は、玲奈を庇ったことで多くのものを失った。だが……その出来事によって、桜子の悩みは解消されたと言っていいだろう。春華ですら、良い人間であり続けることは難しいということは、桜子だけでなく、共に戦った私達にとって重い事実だ」

「水沢さんは……宝積寺を庇った春華さんの判断が正しかったと思いますか?」

「私なら、春華のような言動はしない」

「……」

「だが、春華が間違っていたと断罪することはできない。今回の件におけるお前もそうだが……私や桜子も、玲奈に助けられたのは事実だからな。同時に4人の異世界人と遭遇することは、春華を失ったばかりだった私達にとって、死人が出ることを覚悟させるだけの出来事だった。それなのに、玲奈は1人で異世界人を圧倒してみせた。……あの時ほど、自分の価値観が揺らいだことはない」

「……」



 その後は無難な会話に終始して、そのうち平沢が料理を運んできた。

 食事を始めた後では、麻由里さんが、水沢さんとの学生時代の思い出話をしてくれた。


 学生時代から、2人は今と同じような性格だったようだ。

 水沢さんは頼りになるお姉さんのような存在であり、麻由里さんは天然なキャラクターであったことが伝わってきた。

 その話を、ミュレイは興味深そうに聞いていたが、平沢は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



 帰る前に、水沢さんは自分の娘をミュレイに預けて、俺に話しかけてきた。


「雫や香奈が大変な状態だということは聞いている。お前も大変だと思うが、あの子達はお前に支えてもらいたいと思っているはずだ」

「……はい」

「これから、お前も大変な思いをするだろう。愚痴が言いたければ、私に会いに来ても良いが、桜子を頼りにするといい」

「あの……今の先生は善人なんでしょうか?」

「桜子は、善人のように振る舞うことを決めただけだ。本性が変わったわけではない」

「……」

「だが、元々、桜子は悪人だったわけではない。根っからの悪人であれば、美樹さんや春華を見て、自分が嫌な人間であることに悩んだりはしない」

「……人間って、難しい生き物なんですね」

「そうだな。人は、善意や正義感によって、人を殺そうとすることもある」

「それは……」

「あきらが、あの時のことを恨んで玲奈を殺そうとしたという話は、あかりから聞いた」

「……!」

「あきらは、姉思いのいい子だった。まさか、そこまで暴走するとは……。本当に、人の心というものは難しい」

「……」

「だが、これだけは言える。桜子には、自分の妹以外にも、自分のことを評価してくれる人間が必要だ。そして、あいつを認める人間としては、魔力によって好みを左右されないお前が最も適任だ」

「……」

「本来であれば、部外者であるお前に頼るのは筋違いだ。悪いと思うが……私には代わりができないことだからな」

「大丈夫です。本性がどうであれ、俺にとって、先生は素敵な人ですから」

「そうか。あいつは、年下の男子以外には興味を示さなかった。きっと、お前に頼られたら喜ぶだろう」

「……」


 俺との話を終えると、水沢さんは自分の娘を抱えて、ミュレイと共に麻由里さんに別れの挨拶をした。

 麻由里さんは、名残惜しそうにしながら水沢さんを見送った。

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