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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第143話 平沢麻理恵-9

 頬を撫でられているうちに、俺の中に、早見に甘えたい欲求が芽生えた。

 我に返った時には、俺は早見の背中に手を回し、腹部に顔を押し付けていた。


「……!」


 とんでもないことをしてしまったと気付き、俺は慌てて早見から離れた。


「天音さんのことをお願いいたします」


 早見は、俺を責めるような言葉は発さずに、笑顔を浮かべながら言った。


「……ああ」


 俺が頷くと、早見は満足そうな顔をした。



 帰る時にも、ニコニコと笑う早見は、俺を責める言葉を吐かずに見送ってくれた。

 そのことが、むしろ恐ろしかった。


 まさか……北上との話し合いが上手くいかず、さらに関係がこじれたら、俺から痴漢行為をされたと神無月先輩に訴えて、始末するつもりじゃないだろうな……?

 不安を抱えながら、俺は帰路についた。



 新しい家に向かいながら、先ほどのことは頭から振り払い、俺は早見から聞いた話を整理する。

 早見や北上に騙されていたことはショックだったが……結局のところ、早見も、普通の人間と同じようにミスをするということだ。

 そのことについては、脚で償ってもらったので良いとして……北上と宝積寺を、どちらも俺が狙って落としたことは、どうやって解決するべきだろうか?


 神無月は自由恋愛だが、複数の異性との関係を持つことを勧めているわけではない。

 そして、肝心の宝積寺と北上が、そういう異性関係に否定的なのである。


 普通に考えれば、北上に身を退いてもらうしかないだろう。

 だが、北上は、好きになった男のために全てを犠牲にするようなタイプの女である。

 宝積寺と違って、はっきりとした二面性があるのかは分からないが……迂闊なことを言ったら、どんな反応をするか分からない。

 俺から「正式に別れてくれ」と言われて、すんなりと諦めてくれれば良いのだが……。



 家に戻ると、麻由里さんが、自分にそっくりな来客をもてなしていた。


「あっ、黒崎君。おかえりなさい」

「……黒崎君、遅かったじゃない」

「平沢……」


 制服姿の平沢は、疲れた顔をしていた。

 対する麻由里さんは、とても楽しそうな顔をしている。


「麻理恵ちゃんは、黒崎君のことが心配で、学校が終わったらすぐに来てくれたの。お礼を言わないと駄目よ?」

「姉さん……からかうのはやめて。私は、黒崎君の体調が心配だっただけよ」

「あら、からかっているわけではないのよ? ただ、麻理恵ちゃんも、黒崎君のことが好きなんだと思って」

「姉さん! 誤解を招くようなことを言わないで!」

「照れなくてもいいのよ。2人とも、初々しくて可愛いわ。お姉ちゃん、ナデナデしたくなっちゃう」

「小学生じゃないんだから……」


 平沢は、頭を抱えてしまった。

 どうやら、この姉妹の関係は、長町姉妹や大河原姉妹とは異なるらしい。


「……黒崎君。心配して来てみたら、貴方は遊びに出かけているだなんて……どういうつもりなの?」


 平沢は、恨めしそうな顔で俺を睨んだ。


「どうしても外せない用事があったんだよ。八つ当たりはやめてくれ」

「そう……。その用事というのは、アリスさんとデートすることなのね?」

「いや、デートしたわけじゃ……ていうか、どうしてお前が、俺と早見が会ってたことを知ってるんだ!?」

「デートじゃなかったの? そう……。つまり、黒崎君は、デートでもなかったのに、アリスさんの匂いが付くほど接触したのね?」

「!?」


 思わず、自分の腕の匂いを嗅いでしまった。

 だが、早見の匂いは感じられなかった。


「匂いだけじゃなくて、肩に髪の毛も付いてるわ」

「……!」


 慌てて確かめると、平沢が言ったことは本当だった。

 一体、いつの間に付いたのだろうか……?


「良かったわね、発見したのが玲奈さんじゃなくて」

「……早見に会いに行ったのは、教えてもらいたいことがあったからだ。腕を絡めてきたりしたのは、あいつの方だからな?」

「不潔だわ……」

「違うって言ってるだろ!」

「あんまり文句を言ったら駄目よ、麻理恵ちゃん。黒崎君は、遊びたい年頃なんだから」


 麻由里さんは、全くフォローになっていないことを言った。


「……姉さんは、義兄さんが不倫をしても、同じことが言えるの?」

「嫌だわ、麻理恵ちゃんったら。あの人が、そんなことをするはずがないわよ」

「……」


 平沢はため息を吐いた。

 世の中の多くの女性が、麻由里さんと同じことを思っていても裏切られているのだが、それを言っても無駄だと分かっているのだろう。


「雫さん達が大変な状態だってことは、黒崎君だって充分に分かっているはずよ。皆が入院しているのに、他の家の女性と遊ぶなんて……信じられない神経だわ」

「遊びに行ったわけじゃない」

「そうだったとしても、こんなことを知ったら、皆はショックを受けるはずよ。とにかく、もっと慎重に行動して」

「……」

「麻理恵ちゃん。黒崎君は退院したばかりなんだから、叱るんじゃなくて、お祝いをしましょう。たくさん料理を作る準備をしたから、麻理恵ちゃんも食べていってね」


 麻由里さんは、笑顔でそう言った。

 その言葉を聞いて、平沢の顔が引きつった。


「姉さん……私は、今夜の食事の支度は、もう済ませてきたんだけど……」

「あら、そうなの? やっぱり、麻理恵ちゃんはしっかりしてるわね。でも、一晩くらいはいいでしょ?」

「そういう予定は、前もって言ってくれないと困るわ」

「ごめんね。だけど、今日は他にもお客さんが来てくれることになってるから、麻理恵ちゃんにも、一緒にお迎えしてほしいの」

「えっ……?」

「客……?」


 そんな話は、俺も聞いていない。

 一体、誰を招いたのだろうか?


「……ちょっと待って! 姉さんが招いたお客さんって、まさか……!」


 平沢は、誰を呼んだのかの見当がついたらしく、大袈裟に感じられるほど慌て始めた。

 そのタイミングで、狙ったようにインターホンが鳴った。


「はーい」


 麻由里さんは、パタパタと玄関に駆けていった。

 平沢は、困った様子で、逃げ道を探すようにしていた。


「いらっしゃい。入って」


 麻由里さんが、そう言いながら玄関から連れてきたのは、水沢さん親子と1人の異世界人だった。


「お邪魔するよ。退院おめでとう、黒崎」


 水沢さんは、自分の娘を抱えながら言った。


「……お邪魔します」


 異世界人は、水沢さんの陰に隠れるようにしながら言った。


「由佳さん……ミュレイさん……!」


 平沢は、動揺を隠せない様子である。


「久し振りだな、麻理恵。紗江、挨拶しなさい」

「……こんばんは」

「お利口だな、紗江」


 水沢さんは、自分の娘の頭を愛おしそうに撫でた。

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