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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第136話 平沢麻由里-1

 俺達は、食堂に移動して朝食をとった。

 松島は、渡波や、手に痺れが残っている一ノ関の世話を、嫌な顔もせずにしていた。


 食事は豪華な物であり、各々の好物らしき物も用意してあった。

 特に須賀川は、パスタがあることを喜んだ。

 俺は、女子達の皿から料理を分けてもらったりしたが、一ノ関のために用意されたジャム入りのお粥はスルーした。


 食事の後で、俺は自分の部屋に戻って、すぐに退院の準備を済ませた。

 それから、改めて北上や松島達に挨拶し、病院を出た。



 ちょうど病院を出るタイミングで、花束を抱えた女性が中に入ろうとしていた。

 どうやら、誰かの見舞いに来たらしい。


「ごきげんよう」


 女性は、柔らかい笑顔を浮かべて、お嬢様学校でしか使わないような言葉で挨拶をした。


「……こんにちは」


 面食らいつつも、俺は挨拶を返した。


 女性は、病院の中に入っていった。

 何だか、浮世離れした雰囲気の持ち主である。

 まあ……今では慣れてしまったが、早見だって、相当おかしな存在なのだが……あいつの言葉遣いについては、ツッコんだら負けだと思っている。


 気を取り直して、俺は、自分の新しい家へ向かった。

 まずは、余計な荷物を置いて、早見の家に行かなければならない。


 生徒会長から受け取った住所を頼りに、俺は自分の家を探した。



「……この辺りだよな?」


 独り言を呟いて、俺は周囲を見回した。


 このエリアには、水沢さんの家と互角の大きさの家が並んでいる。

 自分の家を、この中から探す必要があるのだが……間違って他人の家に入ったら、大変なことになってしまう。

 まずは、一軒一軒の表札を確認していくべきか……?


「ひょっとして、貴方が黒崎君?」


 唐突に、後ろから声をかけられた。


 振り返って、俺は飛び退きそうになった。

 後ろにいた女性の姿に、見覚えがあったからだ。


「黒崎君でしょう? 今日、退院すると聞いていたのだけど」

「……平沢?」


 その女は、平沢にそっくりだった。

 だが、平沢が俺に見せることのない、柔らかい笑顔を向けている。

 まるで、自分が別人になったような気分だ。


「はじめまして。平沢麻理恵の姉で、平沢麻由里と申します」

「……姉さん? 平沢の?」

「しばらくの間、私が黒崎君のお世話をすることになったの。よろしくお願いします」


 そう言って、平沢の姉さんは頭を下げた。


 平沢には、姉さんがいたのか……妹じゃなくて……。

 そのことが意外に思えた。


「ひょっとして、双子ですか?」


 試しに尋ねると、平沢の姉さんは両手で口を覆った。


「まあ! 黒崎君ったら……。私、貴方や麻理恵ちゃんより5歳も年上なのよ?」

「……!?」


 俺達より……5歳も上!?

 どう見ても高校生にしか見えない目の前の女性が、水沢さんと同じ年齢だと知って、俺は愕然とした。


「まさか……平沢さんにも娘がいるなんてことは……!?」


 俺がそう口走ると、平沢の姉さんの顔が曇った。


「そうだったら良かったんだけど……なかなか授からなくて」

「……すいません」


 デリケートな話に踏み込んでしまったことについて、俺は反省した。


「いいのよ、気にしないで。それと、私のことは名前で呼んでね? あっ、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」

「……はい、麻由里さん」

「黒崎君って、照れ屋さんなのね?」

「……」



 平沢にそっくりな顔で、平沢だったら考えられないほど柔らかい笑顔を浮かべる麻由里さんは、俺を新しい家に案内してくれた。


 その家は、水沢さんの家よりも大きかった。

 さらに、その家の表札には「黒崎」と書いてあった。


「この家は……俺の家なんですか!?」

「そうよ。借家だけど」

「……」


 何だか、急に重い責任を負わされた気がする……。

 尻込みしそうになったが、麻由里さんの後を追って、俺は家に入った。



 家の中は、新築のように綺麗にされていた。

 二階建てだが、一階だけで10部屋はありそうだ。

 この待遇は……異世界人に殺されかけた見舞金の代わりだとしても、破格なのではないだろうか?


「黒崎君は、2階の、一番手前の部屋を使ってね。私物は、もう運び入れてあるから。雫ちゃん達には、1階の部屋を使ってもらうわ」

「分かりました」


 俺は階段を上り、2階の一番手前にある部屋に荷物を置いた。

 それから、麻由里さんに促されて、洗濯が必要な衣類を洗濯籠に入れる。


「お腹が空いていたら、何か作るけど?」

「いえ、食べてきたので大丈夫です」

「そう? だったら、何か必要な物はあるかしら?」

「今のところは大丈夫です」

「そう。困ったことがあったら、私のことを自分のお姉ちゃんだと思って、遠慮なく言ってね?」

「……はい」


 この人も、大河原先生と同じで、弟が欲しいと思っていたのだろうか……?

 いや……世話を焼きたがるのは、この町で、姉という立場である女性の習性なのかもしれない。

 前々から思っていたが、この町が戦場だからなのか、姉妹の仲が異常なほど良い気がする。


「ひょっとして……麻由里さんも、平沢と一緒に風呂に入ったりするんですか?」


 俺が思い付きでそう言うと、麻由里さんは顔を赤くした。


「まあ、嫌だわ、黒崎君ったら……。男の子だから、仕方がないのかもしれないけど……」

「……すいません。そういうつもりじゃなかったんです……」

「いいのよ。麻理恵ちゃんは可愛いし、魔力も多いから、興味が湧いてくるわよね」

「いえ、ですから……」

「でもね。麻理恵ちゃんは自立心が強くて、10歳になる頃には、1人でお風呂に入るようになったのよ」

「そうなんですか?」

「そうなの。だから、黒崎君が喜ぶような話はできないわ」

「……本当に、違いますから……」

「私はね。黒崎君は、すごくいいお嫁さんを、たくさん貰ったと思っているの。鈴ちゃんも香奈ちゃんも水守ちゃんも雫ちゃんも、全員が私にとっては妹みたいな子なのよ。魔力が多くないから、他の子に目移りする時もあるのかもしれないけど……」

「俺は、魔力量にはこだわりがありません」

「いいのよ、気を遣わなくても。男の子は、多い子が好きよね。女の子もだけど」

「……」


 この人……人の話を聞かないというか、思い込みが強いようだ。

 外から来た人間は、魔力量に魅力を感じないことを理解していないらしい。


「でもね、黒崎君。鈴ちゃんは大きいし、水守ちゃんなんて凄いのよ? 雫ちゃんも、結構あるはずだわ。触ると、幸せな気持ちになれると思うの」

「……念のために確認しますけど、何の話ですか?」

「嫌だわ。私だって女性なんだから、言わせたら駄目よ? でもね……黒崎君は、大きい子が好きだということは、ちゃんと教えてもらったわ」

「いや、それは……」

「恥ずかしがる必要はないのよ? 男の子って、いくつになっても母親を求めるものなのよね。でも、身体だけじゃなくて、内面のことも評価してあげないと駄目よ?」

「……」


 平沢が言ったのか、生徒会長が言ったのかは知らないが、誇張された知識を中途半端に植え付けるのはやめてほしいと思った。

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