第134話 松島渚-1
「雫さんのお世話は私がきちんとしますので、皆さんはご安心ください」
車椅子を押している女子が言った。
黒髪を2つに分けて結い、肩の前に流している女である。
「渚ちゃん……。雫ちゃんの面倒は、渚ちゃんが見るの? 大変じゃない?」
「大丈夫です。常駐するのは私だけですが、私以外にも、たくさんの方々に手伝っていただきますから」
どうやら、御倉沢が負傷者に対して手厚いというのは本当のことのようだ。
介護は大変な仕事だが、この町の人間ならば身体能力は高いはずである。
それに加えて魔法も使えるのだから、基本的には1人でも大丈夫だということだろう。
「黒崎君は、初めて会うんだよね? この子は渚ちゃん。可愛いでしょ?」
渡波に紹介された女子は、俺に向かってペコリと頭を下げた。
「黒崎先輩、はじめまして。松島渚です。現在、中学3年生です」
「ああ」
俺の反応に対して、渡波は不満そうな顔をした。
「黒崎君……渚ちゃんは年下だし、私の身体が良くなるまでは、ずっとお世話をお願いするんだからね? もっと愛想良くしないと駄目だよ?」
「……そうか」
「大丈夫です。男の人は、初対面の年下の女性に対して、愛想良く接するなんてできませんよね?」
「渚ちゃん……良くできた子だね……」
渡波は、感動した様子で言った。
自分があまり配慮をできるタイプではないだけに、こういう女子の良さが感じられるのだろう。
「黒崎先輩は、今日、退院なさるんですよね?」
「ああ」
「そうですか。鈴さんと水守さんも、すぐに退院できると思います。少しだけ、新しい家に1人だけになってしまいますが、すぐに賑やかになりますので」
「大丈夫だ。一人暮らしは慣れてる」
「ですが、宝積寺先輩と離れて暮らすことになって、色々と大変ではありませんか?」
「……」
俺の事情は、初対面の後輩にまで知られているのか……。
もう少し、プライバシーを守ってもらいたいところである。
「本当は、私が先輩のお世話もしたいのですが……雫さんは、しばらくリハビリが必要ですから。吹雪様が、少しの間だけ、先輩のお世話をする人を手配してくださいました」
「それは……俺が知ってる人か?」
「誰なのかは私も聞いていませんが、吹雪様のなさることですから、充分にご配慮いただけるはずです」
「……」
短期間とはいえ、知らない誰かと同居するのは気が引けるんだが……。
しかし、俺の生活力は高くないので、誰かが家事をやってくれると助かることは確かだ。
「黒崎……誰が来ても、失礼のないようにしなさいよ?」
須賀川が、俺を責めるような口調で言った。
俺が、宝積寺に家事を任せきりにしていたことを思い出したようである。
「……分かってる」
「黒崎君は、渚ちゃんにも、いい印象を持ってもらえるように振る舞ってね? 退院しても、しばらくの間は、私の面倒を見てもらう予定なんだから」
渡波は、念を押すように言った。
「……そうなのか?」
俺が尋ねると、松島は微笑んだ。
「はい。雫さんだけでなく、水守さんと香奈さんのことも、私がお世話をさせていただきます」
「それは……俺達の家に通うってことか?」
「いいえ、住み込みです」
「……じゃあ、お前も俺達と一緒に暮らすのか?」
「はい。今後とも、よろしくお願いします」
そう言って、松島はペコリと頭を下げた。
こいつも、俺と同居するのか……。
と、いうことは……。
「黒崎、あんた……渚も、自分のものにするつもりじゃないでしょうね?」
「人聞きの悪いことを言うな! 誰も、そんなことは言ってないだろ!?」
「顔に書いてあるわよ……。念のために言っておくけど、渚には恋人がいるわよ?」
「いるのか!?」
「どうして驚くのよ!? 失礼すぎるわ!」
「……悪い。てっきり、松島も、お前らと同じグループみたいなものに所属してるのかと思ったんだ」
俺がそう言うと、渡波はため息を吐いた。
「渚ちゃんの魔力量は、ボーダーラインよりも上だよ。黒崎君と同じくらいはあるはずだから、私達と違って、お相手の男性には困らないよ」
「そうか……」
「残念なんだね?」
「……そういうわけじゃない」
俺は、改めて松島を見た。
どちらかといえば童顔だが美人だと言って良く、スタイルも良い。
性格も良さそうであり、魔力も充分にあるのだから、大抵の男は好感を持つだろう。
恋人がいたとしても、全く不思議ではない女だ。
そう思ったが、松島は、少し寂しそうな顔をしながら言った。
「皆さん……私には、恋人はいません。もう別れましたから」
「えっ……!?」
「ですから、私が黒崎先輩とお付き合いすることは、あり得ないことではないと思います。もちろん、黒崎先輩が嫌でなければ、ですが……」
「……!」
衝撃的な言葉に、皆が顔を見合わせた。
「渚、貴方……もう別れたの? 男性と付き合う時に、吹雪様から、わざわざ許可を受けたって聞いたけど……?」
一ノ関が、腑に落ちない様子で尋ねた。
すると、松島は遠くを見るような目をした。
「あの人のことは、幼い頃から、ずっと好きでした。ですが……あの人は神無月の人だったので、なかなか決心できませんでした。中学生になって、ついに決心してお付き合いを申し込んだところ、受け入れていただけました。吹雪様にも、背中を押していただいて……」
「……だったら、どうして別れたのよ?」
須賀川が尋ねると、松島は俯いた。
「その人が、私とお付き合いを始めたことに気を良くして、他の女性を口説こうとしたからです」
「何ですって……!」
あまりの話に、皆が絶句した。
松島は、目を伏せながら話を続けた。
「偶然、その人がお友達と話しているのを聞いてしまったのですが……私とお付き合いをすることが決まった後で、学年で一番の女子にダメ元で言い寄ったら、激しく罵倒されたそうです……。だから、今度はもう少し現実的な水準で、ワンランク上の女子を落とすことを考えていると言っていました……」
「渚、その最低な男の家を教えなさい! 私が水浸しにしてやるわ!」
「お前……エグいことを考えるな……」
俺は、須賀川の過激な発言にドン引きした。
「その程度のことが何だっていうの!? 金玉を潰されないことを感謝してもらいたいぐらいよ!」
須賀川は、本当にやりかねない勢いで叫んだ。
「鈴……魔法の悪用は厳禁よ?」
一ノ関は、心配そうな顔で制止した。
「水守だって、相手がそんな男だったら、潰すか切り落とすでしょ!?」
「……」
「ちょっと待て! どうして、そこで俺を見るんだ!?」
「……私なら、そこまで酷いことはしないわ」
「水守は、やっぱり甘いわよ」
「……」
須賀川には、宝積寺の言動について非難する権利がないように思えた。




