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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第133話 黒崎和己-12

「貴方の家にあった物は、既に移動させたので安心しなさい」


 生徒会長は、とんでもないことを、口調を変えないまま言った。


「そんな……勝手に!?」

「あら。1人で引っ越しは大変でしょうから、手間を省いたのですよ?」

「だからって……せめて、俺に断ってから……!」

「私が無断で引っ越させるから、宝積寺玲奈と揉めずに済むのではないですか。貴方だって、引き留められたくないでしょう? あの子を不快にさせないように、お別れの言葉を伝えることができるのですか?」

「……」


 確かに……知らないうちに引っ越しをさせられたと言えば、俺が宝積寺から責められることはない。

 とはいえ、さすがに、勝手に引っ越しをさせるのは酷いのではないだろうか……?


「新居の住所はこちらです」


 そう言って、生徒会長は住所が書かれた紙を渡してきた。

 俺はそれを確認する。


 この住所は……おそらく、水沢さんの家の近くだ。

 5人で住むことを想定しているのだから、水沢さんの家と同程度か、それ以上の大きな家なのだろう。


「全員の個室を用意しましたが、女の子と一緒に住むからには、色々なことに配慮しなさい。たとえ身体の関係であったとしても、部屋の扉を開ける前にはノックをして、家の中を歩く時には服を着るなど、女の子に嫌がられないようにするべきですよ?」

「分かってますよ……」

「それと……これは、心の底からの忠告ですが……」


 生徒会長は、唐突に、俺に対して冷たい目を向けてきた。

 急激に雰囲気が変わったことに戸惑ってしまう。


「……何ですか?」

「貴方がすぐに女性の胸を見る習性は、どうにかするべきですね」

「それは……」

「先ほど、部屋に入った私の姿を見た時に、『意外と大きい』という言葉が顔に書いてありました」

「……!」

「御三家の当主を性的な目で見るなど……貴方は命知らずですね。霧子が気付いていたら、殺されていたかもしれませんよ?」

「……」


 着物姿だった時には、平たく見えたのだ……。

 制服を着たら渡波や宝積寺よりも大きく見えるなんて、予想外だったのである。

 服の上からだと正確なサイズは分からないが、北上と同じくらいあるかもしれない。

 着物は巨乳だと似合わないらしいので、普段は押さえているのだろうか……?


 そういえば、生徒会長は、俺と初めて会った時に「巨乳のどこが良いのか?」などと言っていた。

 あれは、普段から邪魔だと思っているからこその発言だったのかもしれない。


「……本人の目の前で、妄想を膨らませるのはおやめなさい」

「す、すいません……」

「そのような調子では、あの子達にも、すぐに嫌われてしまいます。同棲すれば、悪いところが目に付くようになるのですから」

「……すいません」

「ですが、貴方が、体力も気力も充分であることは分かりました。それを良い方向に活用して、あの子達のことを幸せにしてあげなさい」

「……はい」

「では、私はあの子達を見舞いに行きます」


 そう言って、生徒会長は部屋から出て行った。



 色々な意味で、疲れた……。

 もう一度寝転がって、俺はぼんやりとしたまま天井を見上げた。



 その後、食事が運ばれてきて、自分が空腹だったことに気付いた。

 幸いにも、食事は病院食ではなく、充分な量の豪華な物である。

 食べてみると、味付けはさっぱりとしていて、胃に負担がかからないように調理してくれたことが分かった。

 俺は、満腹になるまで食べた。



 その夜、眠っている間に夢を見た。

 俺は神無月の運動場にいて、そこには、中学校の制服を身に着けた早見もいた。


 そこで、俺は小柄な「後輩」の頭を撫でた。

 「後輩」は、見覚えのある赤い髪をしていた。


 さらに、俺よりも背の高い「先輩」もいた。

 「先輩」は、自分のことを「僕」と呼んでいた。


 そして、もう1人。

 俺に親しげに接してくる女子がいた。

 その人物は、髪はブラウンで、早見のことを「アリス様」と呼んでいた。


 これは……消された俺の記憶なのか?

 それとも、ただの妄想なのだろうか……?



 目を覚ましてからも、しばらくは夢の中にいるような気分だった。


 今日、俺は早見の家に行く。

 その時に、先ほどの夢が、本当の出来事だったのかを確認するべきだろう。


 そう思いながら、朝のメールを打った。

 送るのが2日続けて遅れたら、親から、やはり何かあったのではないかと疑われるかもしれない。

 俺は、勘繰られないように、時間をかけて慎重に文面を作った。



 メールを送ってからしばらくして、部屋の扉がノックされる。


「黒崎さん、起きていらっしゃいますか?」

「ああ」


 返事をすると、昨日と同じ姿の北上が入って来た。


 何だか、とても嬉しそうな顔をしている。

 良いことでもあったのだろうか?


「黒崎さん、お喜びください。今朝、蓮田さんが目を覚ましました!」

「……!」


 良かった……蓮田は助かったのだ!

 俺は、思わず北上の手を握り締めていた。


「く、黒崎さん……!?」

「お前のおかげだ……ありがとな!」

「……そのようなことは……」

「謙遜する必要はないと思うぞ?」

「……」


 北上は、真っ赤になって俯いた。

 こいつの場合には、もっと褒められることに慣れていてもいいと思うのだが……。


「……あの……」

「何だ?」

「……手を……」

「あ、悪い……」

「いえ……。蓮田さんのお部屋にご案内します」

「ああ、頼む」



 俺は、蓮田の部屋に連れて行ってもらった。

 そこには、既に一ノ関と須賀川も来ていた。


 蓮田は、笑顔を浮かべて2人と談笑している。

 少しやつれた印象は受けるが、衰弱している様子はない。


「あ、黒崎君!」

「蓮田……良かった。身体は大丈夫か?」

「うん。手も足も、変な感じはしないの。北上さんも、問題ないだろうって」

「そうか……」


 俺は、ホッとして息を吐いた。

 一ノ関も須賀川も、とても嬉しそうな顔をしている。


 しかし、蓮田は急に表情を曇らせた。


「ねえ……雫ちゃんは?」

「……」


 俺達は、無言のまま顔を見合わせる。


「私はここだよ。香奈ちゃん、良かったね」


 後ろから声がして振り向くと、車椅子に座った渡波がいた。


「渡波……」

「雫……」

「もう、やめてよ。深刻な顔をしないで。これで、皆が助かったんだから」


 渡波は軽い口調で言ったが、突然こんな状態になってしまって、平気なわけがない。

 まだ、手も足も、思うように動かせないのだろう。渡波の両手は、膝の上に揃えて置かれている。


 無理をしているような笑顔を浮かべる渡波の、蓮田よりもやつれたように見える顔と、泣きはらした目が痛々しく思えた。

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