第130話 一ノ関水守-13
北上は、俺の部屋から遠く離れた部屋に連れて行ってくれた。
「こちらです」
「助かった。ありがとな」
「いえ……。では、私は黒崎さんのお部屋でお待ちしております。決して、お邪魔はいたしませんので……」
「……ああ」
気を遣ってくれたらしく、北上は立ち去った。
エロいことをしに来たわけではないので、要らない気遣いのようなきもするが……。
俺は、部屋の扉をノックする。
「一ノ関、起きてるか?」
「……入って」
中から声がして、俺は部屋に入った。
一ノ関は、ベッドに寝たところから、上体を起こしていた。
沈んだ顔をしていたが、俺を見て笑顔を浮かべたように見えた。
「黒崎君……貴方が無事で良かったわ」
「お前も、生きていてくれてよかった。……身体の具合はどうだ?」
「……手に力が入りにくいの。自然と回復すればいいのだけど……」
その言葉から、一ノ関も、魔法が使えない状態であることを察した。
「そうか……ショックだよな……」
「大丈夫よ。そんなに気を遣わなくてもいいわ」
「……強いんだな、お前は」
「そうじゃないの。私は、もう戦うことはないんだもの」
「……まあ、当然だよな。魔法を使えなくなった人間を、戦わせるわけにはいかないだろうから……」
「違うわ。御倉沢は、戦って傷付いた人を手厚く守ってくれるのよ。身体が不自由になれば、介護する人を付けてもらうこともできるわ。そういう保障があるから、私達は安心して戦えていたの」
「……そうか」
「これで、私の残る役目は、貴方と子供を作ることだけになったわ」
そう言った一ノ関が目を落とした。
そして、一ノ関の身体の下にはベッドがあるので、俺は焦った。
「ちょっと待ってくれ。まさか、ここでか……?」
俺がそう言うと、一ノ関は驚いた顔で首を振った。
「……誤解よ。さすがに、今すぐにだなんて……」
「だよな……」
「……でも、貴方がそういう気分になったのなら……嬉しいわ」
「そ、そうか……?」
一ノ関は、何かを期待しているような顔でこちらを見つめた。
何をすべき状況なのかが分からず、やはり押し倒してしまうべきかと考える。
「……そこで私の胸を見るのが、黒崎君の駄目なところよ」
「……仕方ないだろ……」
「ムードを壊さないで。私は、キスしてほしいと思ったんだけど……」
「……分かった」
一ノ関は、顔を少し上に向けて目を閉じた。
俺は、一ノ関の唇に、軽く唇を重ねた。
さすがに、長時間重ねたままにするのは難しかったからだ。
「……貴方らしいわね」
「どういう意味だよ?」
「馬鹿にしているわけではないの。まだ、女の子に慣れていないみたいで……少しだけ、安心したわ。貴方が、他の女の子と親しくしていると不安だったのよ」
「……」
すでに初体験を済ませたのに、女に慣れていない、というのはどうなんだろう……?
そう思ったが……よく考えてみれば、俺が自分から、女に何かをした経験は少ない。
改めて考えて、一ノ関に言われたことの正しさを認識して、自分のことだというのに驚いてしまった。
目の前にいる女との経験だって、いまだに現実感に欠けるというか……本当に自分があんなことをしたのかと思ってしまうのだ。
「女の子に慣れても、キザなことを言ったり、変なテクニックで喜ばせようとしないでほしいわ。黒崎君は、今のままでいいの」
「そうなのか……?」
「だって、黒崎君は、たくさんの女性と子供を作ることになるんだから……そんなものをアピールされても、嫌味のようにしか感じないわよ。それに、鈴や香奈も……そんなもので喜ぶような子たちではないわ。宝積寺玲奈や北上天音も、きっと同じよ」
「……まあ、そうかもな」
一ノ関が言うとおり、あいつらに対してプレイボーイみたいなセリフを吐いても、幻滅されるだけだろう。
俺が女子達に積極的なアピールを望んでいないのと同じで、女子達も、俺に「女の扱いの上手さ」のようなものを期待していないことは理解できる。
「ところで……黒崎君は? 身体は大丈夫なの?」
「ああ」
「……貴方を助けてくれた宝積寺玲奈には、感謝を伝えなくてはいけないわね」
「何……?」
「黒崎君が無事なのは、あの子のおかげなんでしょう?」
「……そうだな」
「貴方が、宝積寺玲奈のことを肯定する理由……ようやく、少しだけ分かった気がするわ」
「……」
「……現金な女だと思うかしら?」
「いや……」
「私達には、異世界人に襲われても、どうすることもできないわ。早見アリスですら、敵わないかもしれない。確実に勝つことができるのは、春華さんがいなくなった今では、あの子だけだもの」
「……」
「でも……あの子が嫉妬に駆られて私や鈴たちを殺さないという確信は、今でも持てないわ」
「それは大丈夫だ。そのことは、生徒会長も保証してくれた」
「……」
一ノ関は、まだ安心できない様子だった。
宝積寺には、突然キレて他人を半殺しにした実績があるので、大丈夫だと言われても信用できないのだろう。
俺は、一ノ関の頭を撫でた。
「……黒崎君?」
「安心しろよ。俺が大切にしているものを、宝積寺が奪うなんてことはない」
「……」
俺は、一ノ関の頭を繰り返し撫でた。
一ノ関の赤い髪は、見た目に反して、細くてサラサラだった。
自分の部屋に戻ると、北上は、背筋の伸びた綺麗な姿勢で座っていた。
常にこんな姿勢では疲れてしまいそうだが、こいつは、この姿勢でいることが苦ではないのだろう。
本物のお嬢様というのは、こういうものなのかもしれない。
「……一ノ関さんは、大丈夫でしたか?」
「ああ。お前の治療のおかげだ」
「……いいえ。一ノ関さんは、ずっと黒崎さんに会いたがっていました。人の心は、身体を治す時には無視できない要素ですから、黒崎さんに会うことができて良かったと思います」
「……」
「須賀川さんに会う前に、少し休みますか?」
「……いや。すぐに会いに行く」
「分かりました。では、須賀川さんの部屋にご案内します」
そう言って、北上は俺を案内した。
連れて行かれた部屋は、一ノ関の部屋のすぐ近くだった。
「こちらです」
「ああ。ありがとな」
「……では、私は失礼いたします」
そう言って、北上は立ち去った。




