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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第129話 北上天音-7

「顎は、動かしても違和感がありませんか?」


 北上は、心配そうな表情で尋ねてきた。


「ああ、大丈夫だ」

「頭痛がするとか、気持ちが悪いといったことはありませんか?」

「大丈夫だ」

「別の部位に、痛みなどはありませんか?」

「問題ない」

「では……心は落ち着いていますか?」

「心……?」

「異世界人とはいえ、目の前で人が死んで、ショックだったでしょう? この町の住人は、ある程度の覚悟をしていますが……黒崎さんは、外からいらっしゃった方ですので……」

「……大丈夫だ」

「男性だからといって、無理はなさらないでくださいね? 心が苦しくなった場合には、話すだけで、楽になることもありますから……」

「……ああ」


 やはり、俺は不思議なほど動揺していない。

 まだ、現実感がないのかもしれない。

 会話をしたことのある女が、目の前で2人も殺されたというのに、それほどショックを受けた自覚がないのだ。


 ひょっとしたら、殺したのが宝積寺だったからなのかもしれないが……。


 思考が別のことに及んだ。

 先ほど、栗橋は、北上が一ノ関たちのことを治療したと言ったのだ。


「なあ……正直に教えてくれ」

「何ですか?」

「あいつらは……無事なのか?」

「……蓮田さん達のことですか?」

「そうだ」


 北上は、しばらく逡巡した。

 俺に対して、正直に話すかを迷っているようだ。


「……須賀川さんは無事です。動揺していますが、身体の異常は訴えていません。一ノ関さんは……手に違和感があるようですが、動かすことはできており、重い障害は残っていないようです」

「蓮田と渡波は……?」

「渡波さんは、手足に少し問題があります。それと……かなりの恐怖を覚えたらしく、精神的な動揺が大きいため、麻理恵さんがずっと付き添っています」

「……蓮田は?」

「……いまだに、意識が戻りません……」

「!」


 一瞬、息が止まった。

 全員が殺されかけたことは聞いていたが……まさか、1日経っても意識が戻らないとは……。


 ……このまま、死んでしまうかもしれない。

 そう考えてしまい、全身の血の気が引いていく。


「……蓮田さんの状態は安定しています。決して、瀕死の状態というわけではありませんので、思い詰めないようにしてください」


 北上にそう言われても、無言のまま頷くしかなかった。

 落ち着くために、俺は大きく息を吐く。


「蓮田も心配だが……渡波は大丈夫なのか? かなり、ダメージが大きいようだが……」

「渡波さんは……異世界人から殺意を直接向けられたことが、とても怖かったそうです……」

「あいつの手足には……障害が残るのか?」

「……まだ分かりません。渡波さんは、特に、手が動かないことがショックのようです。手に障害が残れば、魔法を使うこともできなくなりますので……。それは、魔法を使うことができるのが当然の状況で生きてきた私達にとって、非常に重大なことです」

「……」


 肉体のダメージに加えて、精神的なダメージも甚大だということだ。

 一体、何と言って慰めればいいんだろうか……?


「あの……須賀川さんと一ノ関さんは、黒崎さんに会いたいと仰っているのですが……お会いになりますか?」

「……ああ」


 会っても、何と言って慰めれば良いのかは分からないが、さすがに、会いたがっている女子を放置するわけにはいかないだろう。

 とにかく、俺は落ち着いて、励まさなければならない。


「……あまり、気負いすぎないでください」

「ああ……」

「……リラックスするために、何かできることはありますか?」

「いや。だが……できれば、疑問を解消させてほしい」

「何でしょう?」

「……その衣装は、いつ用意したんだよ? まさか、いつも、そんな恰好をして治療するのか?」


 今の北上の姿を見ても、喜ぶのは男だけだろう。

 こんな格好をして治療したら、女からは反感を買いそうである。


 そう思って尋ねると、北上は顔を真っ赤にした。


「こ、これは……アリス様が、何があるか分からないから作っておいた方が良いと、前もって……」

「何があるか分からないって……どんな事態を想定したら、コスプレ衣装を用意するってことになるんだ?」

「……黒崎さんに、見せる機会があるかもしれないと……」

「最初から、俺に見せようと考えて用意したってことは……それを作ったのは、俺とお前が会った後の話か?」

「……!」


 北上は、怯えたような表情でこちらを見た。

 その様子から、俺が記憶の一部を取り戻したことは、北上にも伝わっていることが分かった。


「……あの、黒崎さん……それは……」

「お前も、早見から口止めされたのか?」

「……はい」

「だったら、これだけは、どうしても教えてほしいんだ。お前が俺に惚れたのは……俺と宝積寺が知り合う前だったのか?」

「……仰るとおりです」

「……」


 つまり、北上が宝積寺の家を訪れて、俺に挨拶した時には、既に、北上は俺のことが好きだったのだ。

 俺が記憶を失う前に、この女に惚れられてもおかしくない馴れ初めがあったのだろう。


「なあ、北上……」

「あの、これ以上は、アリス様から……」

「……お前に、黒い下着は似合わないという話の件だが……」

「!」


 北上の反応は、悪い予感が当たったことを裏付けていた、

 あの話を聞いた時の早見の様子を思い返して、そうじゃないかと薄々感じていたが……。


「……やっぱり、それを言ったのは俺か?」

「……はい……」


 北上の答えを聞いて、俺は頭を抱えたくなった。

 俺は……女に何てことを……!


「どんな文脈で言ったのか、覚えてないんだが……申し訳なかった」

「……お気になさらないでください。黒崎さんが、そのように仰った理由は分かります。私には、赤や黒のような刺激の強い色の下着は似合わないと、アリス様も仰っていましたので……」

「……」


 確かに、清楚な雰囲気のある北上の下着が赤や黒だと、ギャップが大きすぎる。

 例えば、今、何かのはずみで北上の下着が見えたとして、それが赤や黒だったら、嬉しいと感じるよりも戸惑うだろう。


 ピンクとか水色とか、可愛らしい下着なら歓迎だが……。


「……申し訳ございません。これ以上の話は、明日、アリス様から伺ってください」

「分かった」

「では、最初に、一ノ関さんの部屋にご案内します」


 そう言った北上は、俺を一ノ関の部屋の前まで連れて行った。

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