第127話 宝積寺玲奈-14
「……とにかく、花乃舞には、我々と違うところがあります。親しい関係になるのは、慎重に相手のことを見極めてからにしてください」
宝積寺は、こちらをじっと見つめながら言った。
「分かった」
「黒崎さんは……女性に弱いので、心配です……」
「おい……」
「……自覚していないのですか?」
「……」
改めて質問されると、違うとは言いにくかった。
しかし、当然のことのように言われるとショックである。
「大河原先生は……危険な人です。お姉様が、あの人を生徒会長の候補者として指名したと聞いて、私は……生まれて初めて、お姉様のご意見に疑問を抱きました」
「そこまでの話なのか!?」
春華さんの言葉に間違いはない、というのが宝積寺の口癖である。
にもかかわらず、宝積寺が春華さんの言葉に疑問を抱いたということは、それほどあり得ない話だったということだ。
「お姉様は、幼い頃から、生まれ持った才能で人を区別してはならないと仰っていました。魔力の量のようなもので、人の価値は決められないと……。ですが、大河原先生は、魔力の乏しい人間に生きている価値はないと主張していました。お姉様とは、価値観が大きく乖離していたのです」
「春華さんは、自分とは違う意見も容認するべきだと思ってたんだろ?」
「先生は、学生時代に、魔力の乏しい方に対して、面と向かって『生きる権利がない』とまで言ったんですよ? あまりにも、度が過ぎると思いませんか?」
「……」
確かに、酷い発言だ。
そんなことを言って、相手が自殺したら、どうするつもりだったのだろうか……?
「……お姉様のお考えも、分からないわけではありません。お姉様が辞退して、あかりさんは、怪我の影響で体調が悪かったので……他の人を指命したら、余計な反発を受けることは間違いありませんでした。要するに、私の責任です……」
「……」
「ですが、どうしても納得できないんです。大河原先生は……お姉様のことを嫌っていたと思いますので……」
「そうだったのか?」
「はい。魔力の量に恵まれなくても、お姉様は誰よりも強く、誰よりも好かれていましたから。先生の主張を崩壊させかねない存在だったと思います。さすがに、お姉様のことを、直接罵倒するようなことはありませんでしたが……」
「……」
「もしも、そんなことをしたら……たとえお姉様が許しても、私がこの手で、あの人の身体を八つ裂きにしていたと思います」
「……」
この女なら、間違いなく実行しただろう。
目の前にいる非力そうにしか見えない女が、先生の身体を魔法で切り刻んでいるところを想像してしまい、ファリアが惨殺された際の感情が蘇ってきてしまった。
改めて、この女の恐ろしさを認識する。
こいつは、人を殺すという最悪の手段を、ほとんど抵抗なく検討して、それを実行する力も保有しているのだ。
しかも、それを検討するタイミングは、他人には計り知れないのである。
今にして思う。
俺と宝積寺が学校に通い始めた頃、周囲の人間が、俺達に対して何も言わなかったのは当然のことだったのだと。
もしも、宝積寺にとって、俺の存在が春華さんと同格だったなら、迂闊なことを言うと殺されかねなかったからだ。
御三家の連中は、時間をかけて、そうでないことを確認していたのだろう。
「……黒崎さん?」
考え込む俺に対して、宝積寺は不安そうな顔をした。
自分が、言いすぎたと思ったのかもしれない。
「気にしないでくれ。注意してくれてありがとな」
「いえ……」
「……ところで、お前、髪型を変えるのは戦う時だけか?」
「……!」
気分を変えようとして、俺が何気なく発した問いに、宝積寺は大袈裟に思えるような反応をした。
「髪型は……変えません!」
「……そうか」
「……変えてほしいんですか?」
「いや……」
決して、宝積寺の黒髪ストレートに不満があるわけではない。
ただ、たまには気分を変えるのも良いと思っただけだ。
「髪は……お姉様に、褒めていただきましたので……」
「……そうか」
「戦う時は、痛んでしまったら嫌なので纏めました」
「あの時のお前は、凄かったな……」
「……申し訳ありません」
「謝らないでくれ。助けてもらったことについては、感謝してるんだ」
「ですが……止めていただいたというのに、無視してしまって……。最後には、殴ってしまったので……」
「俺は、御倉沢の女子が、あの異世界人に殺されかけたことを知らなかったんだ。知ってたら、止めなかったかもな……」
「……」
「ところで、ずっと気になってたんだが……俺達が2階にいることが、どうして分かったんだ?」
「美樹さんが、男性の声と、複数の異世界人によるものだと思われる魔素の流れを感じ取ったんです。あの方は、この町で一番敏感ですから……」
「……」
つまり……館腰美樹という人は、スパイ活動に向いているのだろう。
だとすると、花乃舞が諜報活動をしているという話の信憑性が増す。
その一員である館腰美樹さんが神無月の居住地をうろついていたのも、偶然ではなかったのかもしれない。
「……何か?」
「いや。それよりも……驚いたぜ。お前が、あんなに大胆なことをするなんて」
「大胆、ですか……?」
「ああ。まさか、スカートのままで、2階の窓から飛び込んでくるとはな」
「……!」
宝積寺は、顔を真っ赤にして、自分のスカートを押さえた。
「それは……その……」
「下から見たら、丸見えだったんじゃないか?」
「あ、あの時は……異世界人を排除することしか、頭になかったので……」
「……そうか」
「それに……あの時、あの場所には、黒崎さん以外の男性はいませんでした」
「それは良かった」
「あの……私が戦っている時に……見えませんでしたか?」
宝積寺は、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
そういえば、足を振り上げたりしていたので、角度によっては中が見えたかもしれない。
「白だろ?」
「……!」
「冗談だ」
「……」
「あの状況じゃ、気にする余裕はなかったからな。まあ、俺達が出会った時のことを考えれば、中が見えても、別に……」
そう言って軽く流そうとしたが、宝積寺は俺の首筋に触れた。
「ほ、宝積寺……!?」
「……殺します」
「ま、待て……落ち着け!」
「冗談です」
「おい……」
「……黒崎さんだから、冗談なんです。他の男性だったら、無事では済ませません」
そう言って、宝積寺は俺から離れた。
「……悪かった」
この程度の話でも駄目なら、本当に、この女には何もできないな……。
そういう女であることは、理解しているつもりだったが……多少は打ち解けたと思っていたので、かなりショックだった。




