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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第122話 宝積寺玲奈-12

 皆の意識が、部屋に入ってきた異世界人と下の階に集中していたために、反応が遅れた。

 その隙を突いて、窓から飛び込んできた制服姿の女子は、部屋の中全体に魔光を放った。


 髪を結っている姿を見たのは、今日が初めてだ。

 だが、窓から飛び込んできた人物は、間違いなく宝積寺玲奈である。

 黒髪に結ばれた赤いリボンが、その証拠だ。


 どうやら、下の階に突入したのは、宝積寺ではなかったらしい。

 そして、この魔光は……魔素を操る魔法……!


 咄嗟にそう思ったが、違った。


 俺の全身が、ベッドに押し付けられる。

 そのベッドがきしみ、床にめり込むような音がした。


「……!?」


 これは……重力の魔法!?

 反重力の魔法は使えなくても、通常の重力の魔法は使えたのか……!



 そういえば、宝積寺が魔法を放ったところを見たのは初めてだ。

 こいつが戦っている場面についても、今まで、ほとんど見ていないようなものである。


 俺は、宝積寺玲奈という女のことを、大して知らないのではないか。

 現実逃避するように、そんなことを考えてしまった。



 魔法を浴びた3人の異世界人は、俺と同様に圧されて、床に手や膝をついていた。

 とはいえ、これほど強力な魔法を浴びても倒れ伏さないのは、さすがだと言うべきだろう。


 中でも、立ち上がりやすい姿勢を維持していたカーラルは、宝積寺に反撃しようとした。

 だが、その前に、宝積寺は足を真横に振り抜き、カーラルの側頭部を蹴った。


 この町の住人の身体能力は、プロスポーツ選手以上だ。

 しかも、宝積寺が2階の窓から飛び込んできたのは、魔法で身体能力を向上させている証拠である。

 そんな人間に頭を蹴られたら、異世界人であっても無事で済むはずがない。

 たまらず、カーラルは倒れ伏した。


 そして、倒れたカーラルの頭に、宝積寺は棒状にした魔光を突き刺した。


 カーラルの頭が貫かれ、破壊された。

 異世界人であっても、脳を破壊されて、生きていられるはずがない。

 俺の目の前で……宝積寺玲奈が、異世界人を殺した。


 そして、異世界人の頭部を破壊した宝積寺は、とても楽しそうな顔をしていた。

 決して短い付き合いではないが、この女の楽しそうな表情を、俺は今まで見たことがなかった。


 どうして……今、そんな顔をするんだ?



 目の前でカーラルを殺されて、ファリアが絶叫する。

 そして、恐怖に塗り潰された顔で、両手を突き出し、魔法を放った。


 俺の全身から、血の気が引いていくのが分かる。


 ファリアには、明らかに、手加減した様子がない。

 ここが部屋の中だということを、意識しているようには見えなかった。


 宝積寺は、魔素を操ることができるという。

 だが、魔光を操ることはできないらしい。

 そして、宝積寺の魔力量は、早見よりも少ないはずだ。

 既に放たれてしまった異世界人の魔法を防ぐことは不可能だろう。


 ファリアが、どんな魔法を使ったのかは分からない。

 だが、屋内でも俺達に影響がないように、という配慮をしてくれたようには思えなかった。


 部屋の中の全員が死ぬかもしれない。

 俺は、そう覚悟した。


 ところが、宝積寺は無造作に片手を突き出して魔法を放ち、ファリアが放った魔法を完全に相殺した。


 自分が全力で放った魔法が、この世界の住人に防がれるとは思っていなかったらしく、ファリアは目を見開き、何かを呟いた。

 おそらく、「嘘でしょ……?」とでも言ったのだろう。


 そのファリアの両腕を、宝積寺が放った、糸状の魔法が斬り飛ばした。


 先ほどから棒状になったり、糸状になったりしているものの正体に、俺はようやく気付いた。

 あれは水だ。だから、自由自在に形を変えることができるのだろう。

 単純な使い方しかできない須賀川と比べたら、遥かに器用に操っている。

 この女は、魔素を操ることができるから強いのだと言われていたが、その魔法を使わなくても、とてつもなく強いことが分かった。


 その魔法で斬られてから、一瞬遅れてファリアが絶叫した。

 直後に、宝積寺はファリアの後ろに回り込んでいた。


 思わず、俺は叫んだ。


「やめろ!」


 もはや、完全に決着はついている。

 両腕を斬られても何らかの反撃ができる人間など、異世界にだって存在するとは思えない。


 だが、宝積寺はやめなかった。


 ファリアの身体が、金色の光に包まれる。

 折りたたまれるように床に押し付けられ、ファリアの身体は、そのまま圧し潰された。


 人体が発してはいけないような音を発する。

 床が音を立てながら陥没して、血溜まりを作った。


 そして、ファリアを圧死させた宝積寺は、とても嬉しそうな顔をしている。

 まるで、手作りのケーキが綺麗に焼き上がった時のような、満足そうな表情だ。


 吐き気がした。

 相手が異世界人だとしても、こんな凄惨な殺し方をして、どうして幸せそうな顔をしているのか?



 俺は、初めて、本当の意味で理解できた気がした。


 平沢や渡波が、この女を恐れる理由を。

 長町あきらが、神無月先輩の話を聞いて、この女を殺すべきだと思った理由を。

 そして、妹を守り続け、最後には町から去った、春華さんの苦悩を……。


 一方で、イレギュラーの時に、宝積寺が異世界人を殺すところを見たはずの人達は、宝積寺のことを拒絶していなかった。


 水沢さんは、宝積寺のことを、悪人か分からないと言った。

 あかりさんは、大怪我をさせられたのに、宝積寺のことを恨んでいないと言った。

 大河原先生は、毎年欠かさず、自身の誕生パーティーに宝積寺のことを招待しているという。


 あの人達は、こんな光景を見せられたのに、どうして親身になれるのだろうか?

 ましてや、「感動した」とまで言った早見の感性は、完全に理解不能である。

 そして……口先だけで、俺が宝積寺に対して発した言葉は、あまりにも重大な言葉だったことを思い知った。



 下の階から上がってきて、部屋の入り口で座り込んだまま固まっていた異世界人は、糸が切れたように倒れた。

 目の前の惨劇に、精神が耐えられなかったのだろう。


 宝積寺は、そちらに目を向けた。


 放っておけば、この女は、失神した異世界人のことも、間違いなく殺す。

 こいつは、相手の両腕を折っても、斬り飛ばしても、トドメを刺さなければ気が済まない女なのだ。


 異世界人は、気を失ったフリをしているかもしれない。

 意識が戻ったら、こちらを攻撃するかもしれない。

 だから、確実に仕留めなければならない。

 言語化するなら、そんなことを考えているはずである。



 俺は宝積寺に飛び付いた。


 リスクはある。

 最悪の場合、邪魔をした俺の方が、殺されてしまうかもしれない。

 客観的に見れば、会話すらしたことがない異世界人を助けるために、命をかけるなんて馬鹿げている。


 だが、理屈ではなく、俺は宝積寺を止めたかった。

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