第119話 ファリア-1
階段を下りながら、家の鍵を開けた時に、違和感を覚えたことを思い出した。
……そうだ!
俺は、玄関の前で待っていた宝積寺に驚き、説得することに集中して、鍵をかけないまま学校に向かった。
なのに、俺は先ほど、鍵を開けて家に入ったのだ。
ということは、何者かが、家の中から鍵をかけたのだろう。
つまり……家の中に、誰かがいる……!
リビングに入ると、一ノ関たちが倒れていた。
渡波が、須賀川を抱き起こしながら、周囲を警戒するように見回す。
3人を襲った何者かの姿は見えない。
渡波がこちらを見た時に、その目が動揺するように動き、口が動き始めたように見えた。
その言葉が発せられる前に。
そして、俺が後ろを振り返る前に。
何者かに後頭部を触れられた。
……どれほど眠っていただろうか?
自分の近くで、複数の女が言い争う声を聞いて、俺は目を覚ました。
俺が寝かされている部屋の中で、金髪の女が4人、聞き慣れない言語で会話をしている。
その口調は、口論しているように感じられた。
どうやら、全員が異世界人らしい。
異世界人は美人揃いだな……。
我ながら呑気だが、そんなことを考えてしまった。
金髪の女や異世界人に、慣れてきたのかもしれない。
何故か、初めて見るはずの異世界人に、親近感のようなものを覚えてしまったのだ。
周囲の様子を確認する。
窓には黒いカーテンがかかっている。
家具は置いておらず、空き家のような印象を受けた。
見たことのない部屋だが……構造は、俺の家と大差ないように思える。
そして、俺が寝ているベッドは、本体の上に毛布が敷いてあるだけのようだ。
長時間寝かされていたらしく、身体が痛い。
「気が付いたのですね?」
険しい顔で何かを話していた異世界人の1人が、俺の様子に気付いてそう言った。
他の異世界人も、話すのをやめてこちらを見る。
「良かった。なかなか目を覚まさないから、心配したのよ」
異世界人の1人が、笑みを浮かべながら言った。
その顔立ちが、少しだけ早見に似ている印象を受けた。
最初に話した方の異世界人が、後に話した方の異世界人を睨んでから、他の2人に、異世界の言語で話しかけた。
すると、2人は頷いて、部屋の外に出て行った。
部屋を出た2人が、階段を下りて行くような音がする。
どうやら、この部屋は2階にあるらしい。
2人を見送ってから、場を仕切っている様子の異世界人は、こちらを見ながら言った。
「申し遅れました。私はカーラル。こちらはファリアさんです」
「気分はどう? 身体に問題はない?」
「いや、大丈夫だ。……そうだ、俺と一緒にいた4人は!?」
「……」
カーラルという異世界人は、何も言わずに、ファリアという異世界人の方を見る。
その目から、ファリアを非難する意図が感じられた。
「大丈夫よ。今頃、貴方と同じように目を覚ましていると思うわ」
ファリアが、俺を宥めるように言ってくる。
「……あんたが、俺達を襲ったのか?」
「貴方達を眠らせたのは私だけど、襲ったわけじゃないの。家の中で食料を探していたら、貴方達が入ってきて、様子を見ているうちに逃げられなくなったから、仕方がなかったのよ」
「様子を見てたって……俺達が風呂に入ってる間に、逃げれば良かったじゃねえか」
「そう言われても……。貴方達が、廊下で裸になって浴室の方に向かったから、これから何が起こるのか気になったのよ」
「……」
俺達は、こいつの下世話な好奇心のせいで襲われたのか……。
それにしても……まさか、見られていたとは。
俺は男だし、全裸になったのは脱衣所に入ってからだ。
だが、女子達は廊下で全裸になったのである。
こいつが男じゃなくて良かった、というべきか……?
そういえば……この町の男の中に、光を操れる奴がいたら、どうするんだろうか?
少なくとも、覗きはやり放題だろう。
つい、そんな余計なことを考えてしまってから首を振った。
「本当に、渡波や一ノ関たちに怪我をさせてないんだろうな?」
「信用してくれないの? あの子達を傷付けても、私に得はないでしょ?」
「……だが、俺と一緒にリビングに行った渡波は、あんたの顔を見たんじゃないか?」
俺は、異世界人の顔を窺いながら言った。
異世界人は、女優のような演技をするという。
騙されないようにするためにも、疑問に思うことは、きちんと確認しておかなければならない。
「貴方達は、向こうの世界から来た人間のことを、手厚く保護しているんでしょ? 気を失わせた程度のことであれば、口封じをする必要はないはずだわ」
「そんなことを、どうして、あんたが知ってるんだ?」
「カーラルさんに教えてもらったの」
「……?」
俺は、カーラルという異世界人の方を見た。
こいつは、この世界に来たばかりではないのか?
「この世界の話は、向こうの世界にいた時に聞いていました。貴方達は、3つの家に分かれて派閥争いをしていて、我々を仲間に引き入れることで、自分達の勢力を増そうとしているのでしょう?」
カーラルは、当然のことのように言った。
どうやら、この町の事情に、かなり詳しいようだ。
「そんなことを、あんたは誰から聞いたんだ?」
「この世界を出て、向こうの世界に行った人間からです」
「!?」
この世界から……異世界に行った人間!?
そんな人間が存在する、などという話を聞いたのは初めてだ。
「やはり、こちらの世界では、私達の世界との交流は伏せられているのですね? 3つの家の中で、花乃舞家に所属している方々だけが、私達の世界に派遣されるのですが……」
「……この世界の人間は、あんた達の世界に行って、何をしてるんだ?」
「こちらの世界から多くの人間が移住した際に、問題なく受け入れるように求めているようですね」
「……」
「しかし、私達の世界の指導者達は、受け入れに難色を示しています」
「……そうだろうな」
異世界の住人の立場になれば、こちらの世界の住人を受け入れるメリットは乏しいだろう。
こちらで最高レベルの天才とされている早見ですら、ようやく異世界人と渡り合える程度なのだ。
そんな提案をして、何故受け入れられると思ったのか、理解に苦しむレベルの話である。
「私は賛成よ? この世界の原住民には、男が女と同じだけ生まれるんでしょ? その血が入れば、男が増えるから、女が退屈しないで済むようになるじゃない」
「……どうして、貴方は、いつも自分の快楽を最優先にするのですか? この世界の人間は、魔力が乏しいのですよ?」
「魔力が劣っていても、男を増やすのは大事なことよ」
「簡単に言ってはいけません。違う世界の住人が共に暮らすのは、とても困難なことです。魔力が少なければ、なおさらです」
「でも、男がいない生活なんて退屈だわ。こっちの世界には、こんなに可愛い子がいるのに、もったいないわよ」
そう言って、ファリアは俺に手を伸ばし、頬を撫でた。
神無月先輩や早見で経験があるものの、異世界流のスキンシップには、なかなか慣れない。
特に、俺の顔に触れている女は、早見と同レベルの、華やかな美人である。
本当は、もっと危機感を覚えるべき状況なのかもしれないが……正直に言えば、悪い気がしなかった。




