第117話 黒崎和己-10
「まったく……こんな時に、あの人達のことを密談って……すごく無駄だわ」
須賀川は拗ねるように言った。
「そうだね。せっかくの機会だから、黒崎君にアピールしないとね」
そう言って、渡波は小悪魔っぽい笑みを浮かべた。
「いや……こんな状況なら、アピールなんかしなくても充分だろ?」
俺が女子達を見回しながら言うと、女子達は不満そうな顔をする。
「黒崎君……アリスちゃんや天音ちゃんと仲良くしておいて、それはないよ」
「だが……俺は、早見や北上と、裸の付き合いなんてしたことはないぞ?」
「当然じゃない! そんなことがあったら、殴るだけじゃ済まさないわよ!」
「……」
須賀川は、本気で殴りそうな顔をしている。
ビキニで膝枕は、裸の付き合いではないよな……?
俺は、自分の迂闊な発言を悔やんだ。
「……黒崎君?」
一ノ関が、俺の反応を不審に思った様子だったので、内心で焦った。
「とにかく、お前らとの関係を拒まないのが、生徒会長との約束だ。その点については安心してくれ」
「それって、好きか嫌いかは関係なくて、ヤれと言われた女とはヤるから問題ないってこと?」
「お前は……俺に恨みでもあるのか?」
「雫は、昔から表現がキツいのよ。矢板みたいになりたくなければ、もう少し気を付けた方がいいわ」
「……ごめんなさい」
須賀川に注意されて、渡波は反省した様子だった。
少しの間、会話が途切れる。
「ねえ、黒崎君」
一ノ関が、突然、怖い顔をして言ってくる。
「……何だよ?」
「この家には……女性用の着替えがあるのかしら?」
「そんな物、あるわけが……」
俺は、事態の深刻さに気付いて、言葉を切った。
女子達は、無言のまま、こちらをじっと見ている。
宝積寺が俺の家の風呂を借りた時には、着替えを持参していた。
俺の家に、女子の服などあるはずがない。
つまり、濡れた服が乾くまで、女子達が着る服はないということだ。
「……俺の服を貸す。Tシャツとか、ワイシャツとか……」
「ブラジャーも、かなり濡れているわ。しばらくはノーブラになるわね。私……絶対に、ノーブラで服は着ないと決めているの」
「……」
規格外の巨乳である、一ノ関だからこそのこだわりだろう。
確かに、一ノ関がノーブラのままTシャツを着たりしたら、大変なことになりそうだ。
それに、俺が着ている服は、須賀川や大河原先生の物とは違って安物である。
透けることを気にするのは当然だろう。
「……今だけは仕方がないだろ」
「それに……私の胸が収まるか、不安だわ……」
そう言って、一ノ関は自分の胸を押さえた。
こいつらの服は、全てオーダーメイドであり、各々の体型に合わせて作られている。
俺の服が着られるのか、不安になるのは仕方がない。
とはいえ、俺と一ノ関は身長も違うので、こいつの胸であっても、収まらないということはないだろうが……。
「いっそのこと、裸のままでも問題ないんじゃないか?」
「黒崎君……その発言は最低だと思うわ」
「清楚な子が好きなのに、私達のことは、裸のままで放置するんだ……」
「廊下で脱ぐのはやめてほしいって言ったのに、家の中を裸で歩き回れだなんて……」
「誰かに覗かれたら、どう責任を取るつもりよ!」
「……仕方がないだろ! お前らだって、着替えがないことに気付かなかったじゃねえか!」
「それは……御倉沢の家には、ちゃんと着替えが用意してあるから……」
「でも……考えてみれば、4人分の着替えなんて、私達の家にだって用意していないわ……」
「……そうだよね。気付かなかった私達も悪いよね……」
「でも……私達が裸のままだったら、玲奈ちゃんに怒られるんじゃないかな……?」
「麻理恵さんに電話をして、代わりの服を持ってきてもらうべきかしら……?」
「……麻理恵ちゃんだって、怒ると思うよ? 男の子の家に4人も押しかけて、裸になって、シャワーを浴びて……」
「確かに、こんなことを知られたら……最悪の場合、お仕置きとして、お尻を叩かれるかもしれないわ……」
「あいつは……お前らの母親か?」
怯えた顔をする4人を見て、俺は呆れてしまった。
「……他人事みたいに言わないで。私達のお尻が真っ赤に腫れ上がるまで叩かれたら、貴方の責任よ」
「あいつ……そんなに叩くのか!?」
「麻理恵さんは……どんな時にも、手加減ができない人なのよ……」
そういえば、平沢は、訓練で腕を折るような女なのだ。
ましてや、悪いことをしたお仕置きとなれば、手加減などしないだろう。
「腫れても、回復魔法で治せないのか?」
「私達に、あんなに高度な魔法は使えないわよ」
「そうなのか……。それにしても、俺達に重婚を命じておいて、男女がエロいことをしたら罰するって……理不尽だな……」
「子作りを推奨しているから、性の乱れに厳しいのよ。快楽に溺れたら、堕落する一方になってしまうわ」
「……」
この町に限らず、外でも、エロいことに熱中するのを戒める風潮はある。
だが、それは、正常な環境だから通用する理屈だ。
エロいことを楽しむ習慣がないのに、何人もの女を抱く男なんて、存在するのだろうか……?
「……ずっと裸のままでいるのは、さすがに嫌だな……。せめて、下着は着けてないと……」
渡波は不安そうに言った。
「最低でも、下だけは履くべきね。あとは……身体にタオルを巻いて……」
「……」
それは、全裸よりもエロい気がする……。
だが、当人達がその方が良いと言うなら、肌はなるべく隠すべきだろう。
「でも……洗濯してあるバスタオルが4枚もあるかしら?」
「それについては大丈夫だ。たしか、10枚くらいは用意してある」
「そうなの?」
「バスタオルは乾きにくいから、枚数がないと大変だろ?」
「……そういう理由なのね」
俺達は、揃って風呂場から出た。
そして、女子達はショーツを身に着けてから、身体にタオルを巻いた。
俺は、いつも用意してある着替え一式を身に着けた。
「……随分と用意がいいのね?」
「ああ。これは、いつも宝積寺が……」
そこまで言ったタイミングで、女子達から、俺のことを非難するような視線が集まった。
「……やっぱり。タオルの折り目も、きちんとしていたから、洗濯したのも宝積寺玲奈だと思ったわ」
「黒崎君って……何でも玲奈ちゃんにやらせるんだね……」
「ひょっとして、黒崎君……宝積寺さんのことを、使用人扱いしてるんじゃ……」
「私……段々、宝積寺が可哀想だと思えてきたわ……」
「いや、これは、あいつが自分から……!」
「あんたは、そう言って、家事を女に全部押し付けて、何とも思わないタイプよね」
「いや、そんなことは……!」
「ないの?」
「……」
ある。ありすぎる。
女子達は、揃ってため息を吐いた。
「黒崎。あんたは、水守が作った料理でも、感謝の気持ちを込めて、泣きながら食べるべきだわ」
「ちょっと、鈴……」
「……そうだよね。黒崎君には、その責任があると思うな……」
「自分で作らないなら、どんな料理でも、文句は言えないよね……」
「お前ら……俺に死ねっていうのか!?」
「ちょっとジャムがかけてあるだけでしょ?」
「そんなことを言うなら、お前が食えよ!」
「嫌よ! 水守の料理は、人間の食べ物じゃないのよ!?」
「自分が食えない物を、他人に食わせようとするんじゃねえ!」
「私……この格好のまま、隣の家に行くわよ?」
「……」
一ノ関の目が本気だったので、皆が沈黙した。




