第116話 宝積寺春華-4
「すると……渡波はともかく、俺と他の3人が子供を作っても、魔力のボーダーラインは上回れないんだな……」
俺が、男女の魔力量の平均を考えながら言うと、渡波は首を振った。
「そうでもないよ? 同じ親から生まれても、魔力の量って、結構違うことがあるから。両親を上回る子もいれば、下回る子もいるんだよね……」
「そういえば、宝積寺も、春華さんとは……」
つい、そう言ってしまって、須賀川に嫌な顔をされた。
春華さんの魔力量は、俺と大差ないと聞いた。
一方で、宝積寺の魔力量は、早見に近いレベルらしい。
つまり、親が同じでも、魔力の量には差が出るということだ。
そう思っていたのだが、渡波は、思いもよらないことを言った。
「玲奈ちゃんと春華さんの場合は、少し違うかな。あの2人は父親が違うから……」
「……そうなのか?」
「そうなの。あの2人の母親は淫乱で……」
「ちょっと、雫……!」
須賀川が、渡波の口から出た不穏な言葉に反応した。
怒っているのではなく、焦っているように見える。
渡波も、口を滑らせたことに気付いた様子で、自分の口を覆うようにした。
「淫乱って……宝積寺や春華さんの母親が?」
「……ごめんね。他人の親を悪く言うのは問題だよね……」
渡波は、そう言って話を打ち切ろうとした。
確かに、これは、明らかに問題のある話題だ。
人には、他人に知られたくないことがあり、知らない方が良いこともある。
特に、他人の出自というのは、極めてデリケートな話題だ。
だが……俺は、あえて言った。
「宝積寺に何かあるなら、教えてくれ」
その言葉に、女子達は驚いた顔をした。
「黒崎君……これは、とてもデリケートな話よ。宝積寺玲奈と話す時に、余計なことを意識しないようにするためにも、聞かない方がいいわ」
「そうなんだろうな。それでも……俺は、宝積寺のことを、もっと知っておきたいんだ」
「宝積寺のことは、本人に尋ねてよ……。自分で質問できないようなことを、私達に話させるなんて……」
須賀川は不快そうに言った。
他の女子も、複雑な表情を浮かべている。
「お前らがそう言う理由はよく分かる。それでも教えてほしいんだ」
「そんな自分勝手な……」
「頼む」
俺が興味本位ではないことを理解したのか、女子達は困った様子で顔を見合わせた。
「黒崎君が知りたいなら、話してもいいけど……私から聞いたってことは、誰にも言わないでね?」
「ああ」
「元々、春華さんと玲奈ちゃんの家系は、新しい魔法を開発する役割を担ってきた、特殊な家系だったの。例えば、2人のお母さんは、反重力の魔法を開発したんだって」
「反重力……?」
「簡単に言うと、人や物を、空に向かって飛ばす魔法だよ」
「ああ……あれか……」
俺は、魔光に包まれながら、神無月の運動場の天井に向かって飛ばされたことを思い出した。
「……知ってるの? あの魔法は、今でも、アリスちゃん以外には使えないはずなんだけど?」
「ああ。早見に実演してもらったことがある」
「……そうなんだ。アリスちゃんは、あの魔法を子供の頃に教わって、すぐに習得したんだよね……。それ以来、アリスちゃんは天才少女として有名になったの」
「開発者の娘である春華さんや、宝積寺にも使えないのか?」
「そうなんだって」
「……」
俺は、極めてレアな魔法をかけられたらしい。
そのことについて、全くありがたいとは思わないが……。
「でも、反重力の魔法自体は、存在が予見されていたの。魔獣が巨体でも軽快に動き回れるのは、反重力の魔法のおかげだって言われてるから」
「そうか……」
そういえば、魔獣は、あまり足音を立てずに動き回っていた。
そのせいで、幻のように見えたこともあったのを思い出す。
死ぬ時に重量感が戻るのは、反重力の魔法が切れるからなのだろう。
「それでね。玲奈ちゃんと春華さんのお母さんには、幼い頃から仲が良かった、結婚の約束をした男性がいたの。でも……そろそろ子供を作ろうっていう頃から、2人のお母さんは、男を漁るようになったんだって。春華さんを授かった頃には、10人以上の男の人と、身体の関係だったらしくて……。そのせいで、春華さんの父親が誰なのか、当事者も含めて、誰にも分からないの」
「……」
「その噂が広がったせいで、春華さんも、幼い頃には、周囲から良く思われなかったんだって」
「……ん? 神無月は自由恋愛のはずだろ?」
「その代わりに、父親をはっきりさせることは重要視されているの。だって、近親相姦を防がないといけないでしょ?」
「……」
「これって、春華さんが異性関係に慎重だったこととか、イレギュラーの後に、町の外に行ったことにも影響してるって噂があってね……」
「……そうか」
「それくらい、問題視されることなんだけど……春華さんが小学生になる頃には、皆が春華さんのことを好きになってたから、そういうことは誰も気にしなくなったらしいの。皆の関心は、莫大な魔力があるわけでもない春華さんが、あんなに好かれた理由に変わったんだよね……。ちなみに、玲奈ちゃんの父親は、散々浮気された、幼馴染の男性で間違いないみたい」
「……他の男と、子供まで作られたのに……別れなかったのか?」
「他の男性と身体の関係になること自体は、神無月では珍しいことじゃないから」
「……」
「この話は、春華さんが神様みたいに崇められるようになって、公の場ではタブーになったの。だから……相手が玲奈ちゃんじゃなくても、秘密にしてね?」
「ああ」
結局、宝積寺玲奈という女のことを理解するために、有益な情報は得られなかった。
よく考えてみれば、母親がおかしいから娘もおかしい、などという単純な話はないだろう。
そのような因果関係が成立するなら、春華さんだって、かなり異常な人物になるはずだ。
一瞬だけ、父親が異なるのであれば、そちらの悪い影響を受けたのではないか……ということも検討したが、やめた。
問題の本質が、そこではないことを思い出したからだ。
この町で宝積寺が人を殺すことに、正当性があるか否か。
それこそが、考えるべきことであるはずだ。
正当性があるなら、宝積寺はこの町に適応しているだけで、異常でも何でもないのである。
俺は、改めて頭の中を整理した。




