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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第104話 早見アリス-16

 俺は空中に浮かび上がっていた。


 最初は、早見に放り出されたのかと思った。

 だが、違った。

 俺の身体は、金色の光に包まれており、運動場の天井に向かって、加速しながら上昇して行った。


「……!?」


 何が起こっているのか分からないまま、手足を意味もなくバタバタと動かしたが、加速は止まらなかった。


 だが、天井に衝突する寸前のタイミングで。

 俺を包んでいた光が消えると、身体の上昇は止まった。

 そして、今度は、まっ逆さまに落ちる。


 またしても、手足をバタつかせたが、何の効果もなかった。

 いくら下が砂であっても、この勢いで叩き付けられたら、首の骨が折れるかもしれない。

 そんなことを考えている間に、地面が迫っていた。


 再び、金色の光に包まれる。

 早見が、俺に魔法をかけたのだ。

 すると、落下の勢いが止まり、俺はゆっくりと砂の上に倒れた。

 ……うつ伏せの状態で、だが。


 顔が砂に沈んでいて、息ができなかったが、身体を動かすこともできなかった。

 苦しい……窒息する……!


 限界の寸前で、俺の身体は横から押されて回転した。

 早見が、仰向けになった俺の顔に付いた砂を払い落としてくれる。


「いけませんわ、黒崎さん。ルールを悪用して、私の胸を露わにしようとするなんて」


 早見は、まるで、小さな子供を叱るような口調で言った。

 その口調で、ふと、先生のことを思い浮かべてしまう。


「ルール違反ではなかったので、お助けしましたが……そうでなければ、あのまま死んでいただいたところですわ」

「……」

「ですが、許します。外の男性が、勝利への執念をお持ちであることは、決して悪いことではありませんから」


 そう言って、早見は、唐突に俺の頭を持ち上げ、正座した自分の脚に乗せた。


「……!?」

「あら。天音さんで慣れたかと思いましたが、そうでもないご様子ですわね?」


 そう言って、早見は楽しそうに笑った。


 この女……あまりにも気まぐれで、全く理解できない。

 からかっているだけなら、これはやりすぎだ。


 俺に、性的な対象として見られたいのか……?

 そういう目で見られるのが嫌なら、どうしてこういうことをするのか?


「黒崎さんは、危機を感じると、魔力を過剰に放出して、体力を使い果たしてしまうのですわね。危険に晒されても、必要な時以外は落ち着いて、消耗しないようにしてください」


 早見は、そう言いながら、俺の頬を人差し指でなぞるようにしてくる。


 駄目だ……非常に大切なことを指摘されているのに、頭がぼんやりする……。

 こいつは、俺のことを誘惑する気なのだろうか?


「ところで、黒崎さんも、大河原先生の誕生パーティーに呼ばれたそうですね?」

「!」


 いきなり話題を変えられて、俺は焦った。

 どうして、神無月の人間である早見が、花乃舞のイベントである、先生の誕生パーティーのことを知ってるんだ……!?

 何だか、知られてはならないことを知られてしまった気分である。


「まあ! 分かりやすく動揺なさっていますわね?」

「俺が、先生に呼ばれたら……悪いのか?」

「悪くはありませんわ。黒崎さんに下心がなければ、ですが」

「……邪推するな」

「あら? 黒崎さんは、いつも、先生の身体をじっと見ていらっしゃるでしょう?」

「……ご、誤解だ……」

「ひょっとして……気付かれていないと思っていらっしゃったのですか? クラスの皆さんは、全員ご存知ですわよ?」

「!?」


 衝撃的な言葉だった。

 全員に……知られている!?


 だとしたら……一ノ関も、平沢も……本宮や渡波も……矢板も……?

 いや……本当に、それだけのメンバーに知られているなら……宝積寺や北上、須賀川や蓮田、生徒会長や神無月先輩といった面々はもちろん、この学校にいる生徒の多くにも、既に知れ渡っているのではないだろうか?


「……黒崎さん。あんなに、先生の胸の谷間とスカートの裾ばかりを見て、気付かれないはずがないでしょう? 皆さんは、外の男性が、胸の大きさを最も重視していると聞いているので、仕方のないことだと思っていますが……内心では、かなり気持ち悪いと思われていますわよ?」


 早見は、俺を諭すような口調で言った。


 1つの、大きな疑問が解けた。

 外の世界では、女の価値は胸の大きさで決まる……そんな誤解がやたらと広まったのは、俺が先生のことを凝視していたからだったのだ!


「意外に思われるかもしれませんが……私は、先生の件については、少しだけ黒崎さんに同情しております。この町の男性にとって、年上の女性は性的な対象ではありませんから……。あれだけ大胆な格好をされると、黒崎さんにとっては、刺激の強い環境だったかもしれませんわね」

「……先生は、俺に見られていることに、気付いてなかったんだが……」

「黒崎さん……貴方は、つくづくお人好しですわ。あんなに凝視されて、気付かない女性などいませんわよ」

「!?」

「特に、先生は、生徒会長になる前には、胸が目立つことを気にして、さらしを巻いていたような方ですのよ? 魔力を大量に保有している女性であることを前提とすれば、この町の男性の性的嗜好は、外の男性と大して変わりませんから」

「だ、だが……どうして、先生は気付いてないフリなんかしたんだ!?」

「決まっているではないですか。黒崎さんから、何かされるのを待っていたのですわ」

「……!?」

「イレギュラーの頃、私は、先生のことを桜子さんとお呼びしておりました。桜子さんは、自分が卒業した後で、年下の男性からプロポーズされることが夢だと仰っていましたわ。黒崎さんが欲情していることを知っていて、衝動的に触ってしまうようなことが起こるのを待ち望んでいたのでしょう」

「……」


 早見は、慰めるように、俺の頬を指先で撫でた。

 だが、俺の動揺は収まらなかった。


 先生は、こちらからの痴漢行為を待っていた……?

 エロい格好も、無防備な言動も……本当に、俺を誘惑するためのものだったのか!?


 先生のことを、女として意識していると伝えた時の、満面の笑みを思い出す。

 やはり、あれは、勘違いではなかったのだ……!


「ショックでしたか?」

「……ああ」

「そうですか。ですが、先生が露出していらっしゃるおかげで良い思いができたのですから、桜子さんには感謝するべきですわね」

「良い思いって……俺は、先生に何もしてないぞ?」

「ご自宅の寝室でも、何もしていませんか?」

「……生理現象なんだよ! 仕方がないだろ!?」

「まあ! 本日は、とても正直ですわね?」

「……」


 完全に失言だった。

 相手は早見だというのに……。

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