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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第102話 大河原桜子-6

「黒崎君は、不思議な子ですね」


 一ノ関の家に泊まった翌日、授業中に、大河原先生がそう言った。


「……どこがですか?」

「色々と打ち明けて、隠さなくても良くなったというのに……私を見ることについて、罪悪感を抱いているようですね?」

「いえ……」

「ひょっとして、他の女性と、深い関係になりましたか?」

「……」

「あっ、誤解しないでください。責めているわけではありませんから」

「……はい」


 女というのは、やはり、勘がいいのかもしれない。

 いや……俺の態度が、露骨すぎただけかもしれないが……。


 そういえば、今朝登校した時にも、教室の中に漂う雰囲気が、いつもと違った気がする。

 一ノ関と登校したために、普段と反応が違ったのかと思ったが……ひょっとして、何があったのかを察していたのだろうか?


「でも……お相手は、やっぱり若い子かしら? だとしたら、ちょっとだけ残念だわ」

「若い子って……。先生だって、まだ19歳なんですから……」

「黒崎君……女性の年齢を、あまり口に出しては駄目よ?」

「……すいません」


 この町の女にとっては、高校を卒業した年齢であることは深刻な問題なのである。

 本人が気にしているのなら、口に出すべきでないことは確かだろう。


「でも……水沢さんは先生より年上ですけど、幸せそうに見えましたよ? 先生だって、まだ諦めるような年齢じゃないと思いますけど?」

「由佳さんは、3歳も年上の男性と結婚したのよ。あの人にとっては、初恋の相手だったらしいわ。ロマンティックだって、皆は騒いでいたけど……私は、年上の男性と結婚するのは嫌なの」

「そうなんですか?」

「ええ……。あかりさんの相手も、同じ学年の幼馴染だったけど……私には、そういう意中の相手はいないわ。それに、花乃舞と他の家とでは、文化が違うのよ。花乃舞では、ほんの20年ほど前まで、姉妹がいる場合には、その中で結婚してもいいのは1人だけだとされていたり……」

「そんな規制があったんですか?」

「ええ。その時代の名残で、姉妹がいる女性は結婚に積極的ではないの。美樹さんなんて、あらゆる男に好意を寄せられたとまで言われるほどの人気があったのに、片っ端から交際の申し込みを断って、今も独身のままなのよ……」

「それって、妹の館腰雅に遠慮したんですか?」

「そうかもしれないわ。……あら? 黒崎君は、雅を知っているの?」

「はい。昨日、先生の妹と一緒にいたので」

「えっ!?」


 先生は目を見開いた。

 その反応に、俺の方が面食らってしまう。


「黒崎君、貴方……まさか、桃花に会ったの!?」

「会いましたけど……」

「……そう」

「ひょっとして、聞いてなかったんですか?」

「ええ……」

「先生と先生の妹って……仲がいいんですよね?」

「そうよ。同じ家に住んでいるし、毎日会話をしているわ。時々、一緒にお風呂にも入るのよ?」

「……」


 そこまで仲がいいのに、先生の妹は、俺と会ったことを話さなかったのか……。

 まあ……報告するほどの出来事ではなかったと言われれば、そのとおりなのだが。


「俺が先生の妹と会ったら、何かまずいんですか?」

「まずいわけではないけど……桃花は、複数の女性と親しくなる男性のことを、良く思っていないから……」

「そうだったんですか? 先生の妹の態度は、親しげで、好意的だと感じましたよ?」

「だったらいいんだけど……」


 腑に落ちない様子で、先生は言った。

 自分の妹が俺と会ったら、敵対するに違いないと思っていたようである。


「まあ……先生の妹は花乃舞の人間ですから、複数の女と付き合っていたら、良く思われなかったとしても仕方がないですよね……」

「あの子には、潔癖なところがあって……。あの子を見ていると、以前の自分を思い出して、時々不安になるのよね……」


 先生は、深刻な顔をしながら言った。


 この先生は、生徒会長になる前に、差別的な暴言を吐くことで知られていた人だ。

 妹が、その頃の自分と似たような言動をしていたら、不安になるのは当然である。

 須賀川の話では、妹の方の場合、自分に言い寄ろうとした男を罵るということだったが……要するに、軽い男の存在が許せないのだろう。


「姉妹の仲がいいなら、腹を割って話し合ったらどうですか? 下心があったとしても、自分に好意を示した男を罵倒するなんて、やりすぎだと思いますよ?」

「あら? 黒崎君は、私が桃花の考えを変えるべきだと思っているの? いけないわ、そんなことをしたら」

「えっ?」

「だって、桃花には桃花の考えがあって、ああいう言動をしているのよ? それは、尊重されるべきだと思うわ」

「でも、自分に惚れた男を罵倒するなんて、酷いじゃないですか」

「桃花は、純情な男性に対して、暴言を吐くような子ではないわ。下心ばかりの男性が、女性から拒絶されるのは、相手が桃花でなくても当然のことよ」

「男なら、それなりに、期待するものだと思いますけど……」

「そういうことは、結婚してから考えればいいのよ。お付き合いを始める前から考えるようなことじゃないわ」

「……」


 やはり……この人も、花乃舞の人間なのだ。

 態度は柔らかくなり、ほんわかした雰囲気に変わっても、根本的な部分が変わったわけではないらしい。


 そんなことを考えていると、先生が、後ろから俺を抱き締めてきた。


「……先生?」

「心配しなくてもいいわ。貴方を責めているわけではないの。黒崎君がそういう子でも、私は嫌じゃないから」

「……はい」


 俺は動揺してしまった。

 先生の基準だと、俺はアウトらしい……。


「あら? ひょっとして、余計なことを言ったかしら?」

「いえ……」

「桃花みたいな子は、今の時期だと、特に大変だと思うの。身体の変化もあるし……」

「……そうなのかもしれませんね」

「花乃舞の男はともかく、神無月の男は、いつでも女の隙を狙っている、飢えた獣みたいな連中よ。御倉沢の男だって、上の意向に従うことへの反発があるから、時々暴走して、暴発するの。私も、嫌な思いはたくさんしたわ」

「……色々と、すいません」

「貴方が謝る必要はないのよ?」

「でも……俺も、女のことばっかり考えてるような男なんで……」

「黒崎君のことは、そういうところも含めて、可愛いと思うわ」

「……先生。男にとって、可愛いは誉め言葉じゃありませんよ」

「そうかしら?」


 そう言いながら、先生は、俺の頬を指先でなぞるようにしてきた。

 その指の動かし方から、性的な意図のようなものを感じて、理性が飛びそうになってしまう。


「……それ、やめてください」

「あら、嫌なの?」

「はい」

「そう……残念だわ」

「いきなり抱き付いたり、指先で顔を触ったりするのは、男に対するセクハラだと思います」

「まあ! 私は、ただ、貴方と仲良くしていたいだけよ? こうしていると、弟ができたみたいで、幸せな気分になるの」

「……」


 普通なら、弟みたい、というのは、異性として意識していないことを表す言葉だと思うのだが……。

 年下好きな先生にとっては、それとは違う意味が含まれているようだ。


「ねえ、黒崎君……。私が教師じゃなくなったら、私と結婚してもいいと思う?」

「……その質問は、教師としてアウトですよ」

「ここは、隙を狙うべき場面じゃないかしら?」

「俺は、神無月の人間じゃないので……」

「暴発してもいいのよ?」

「俺は……御倉沢の人間ですけど、外から来た人間ですから」

「……」


 先生は、それ以上は何も言わずに、俺から離れた。

 しかし……授業の間に、時々、こちらの様子を伺うような目で見てきた。

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