第99話 大河原桃花-1
「……こっちよ!」
須賀川が叫んで駆け出した。
俺達も、須賀川に続いて走り出す。
全員が、驚くべき加速力を発揮した。
足元が悪いというのに、プロの陸上選手も顔負けの走りだ。
早見ほどではないとしても、こいつらは、全員が異世界人の才能を引き継いでいるのである。
俺は、一瞬で引き離されてしまった。
魔法を使って加速するしかない。
すぐにそう判断して、早見から教わった、走りを補助する魔法を使った。
俺の走りは、他のメンバーと同じ速度に達して、そのペースを保つことができた。
一ノ関が、驚いた様子でこちらを見た。
「黒崎君……貴方、いつの間に……?」
「……俺も驚いた」
これは、早見の特訓の成果なのか……?
まあ、一定のペースで走るだけなら、簡単なことなのだろうが……。
俺達は、一目散に走り続け、獣の声が聞こえた場所に向かった。
だが、突然、近くで地響きが起こる。
顔を見合わせてから、俺達はその方向に走った。
やがて、少し開けた場所に出た。
そこには、魔獣の巨体が転がっており、2人の女子がいた。
「あっ……!」
渡波は、その場にいた2人を見て、驚きの声を上げた。
「げっ……!」
須賀川は、会いたくない人物に会った、といった様子で呻いた。
「桃花ちゃん!」
「あ、蓮田先輩!」
名前を呼んだ蓮田を見て、中学の制服に身を包んだ金髪の女子が、嬉しそうな顔をしながら駆け寄って来た。
「お久し振りです!」
「久し振りだね、桃花ちゃん……。あの魔獣は……桃花ちゃん達が仕留めてくれたの?」
「はい! たまたま、通りがかったものですから」
「そうなんだ……」
「須賀川先輩と一ノ関先輩も、お久し振りです!」
「……ええ」
「……」
一ノ関と須賀川は、気後れしたような反応をした。
この金髪の後輩が、苦手な様子である。
「あと……渡波先輩と、本宮先輩ですよね? パトロール、お疲れ様です!」
「……うん」
「魔獣を駆除していただいたこと、感謝します」
「いえ。いつもは、皆さんに頼りっきりですから!」
そう言ってから、金髪の後輩は、俺のことを見た。
それから、何かを考えている様子で、少し首を傾げた。
……誰かに似ているような気がする仕草である。
「蓮田先輩たちと一緒にいる、ということは……ひょっとして、貴方が黒崎先輩でしょうか?」
「そうだが……」
「やっぱり! はじめまして、大河原桃花と申します」
「……大河原?」
「はい! 姉がお世話になっています」
「……」
改めて、その金髪の女子を見た。
これが、大河原先生の妹か……。
先生の妹だけあって、美人ではある。
だが、顔はあまり似ていないように見える。
さらに、先生と違って、子供っぽい雰囲気の持ち主だ。
胸も、小さくはないが、それほど大きいわけでもなさそうである。
「先輩の話は、よく聞いています。姉は、先輩のことが、とても気に入っている様子ですから」
「そうなのか?」
「はい。姉が、先輩の授業を担当し始めた頃から、家で、よく先輩の話をしていました」
「……そうか」
俺が先生のことを異性として意識していることは、今日、初めて伝えたことだ。
その前から、先生は、俺に好意的だったのか……?
まあ……教師は新入生に愛情を注ぐものだろうし、マンツーマンで授業をすることなど滅多にないだろうから、深い意味は無いのかもしれない。
「桃花」
少し離れた位置に立っている、黒髪を短めに切りそろえた女子が、大河原のことを呼んだ。
表情からも声からも、その女子が、どういうつもりで大河原のことを呼んだのかは分からなかった。
「あっ、先輩、紹介します。この子は、館腰雅ちゃん。私の親友です」
「……館腰?」
俺は、改めてその女子を見た。
北上から、館腰美樹という人の話を聞いたことを思い出す。
その人も大河原姉妹も花乃舞の人間なのだから、この女子も無関係ではないだろう。
館腰雅の様子からは、何を考えているのか、全く窺えなかった。
まるで、人形のような人物である。
ある意味では、超然としている、と言えなくもないが……。
「すいません、皆さん。私達が、あの魔物の死体を片付けておきますから、パトロールを続けてください」
「いいえ。パトロールは、もう終わらせる時間です。死体は私達が片付けます」
本宮がそう言った。
大河原は、気を悪くした様子もなく微笑んだ。
「そうですか? でしたら、後は皆さんにお任せします。では、私達は失礼します」
「ええ。ありがとうございました」
大河原と館腰は、頭を下げてから立ち去った。
最後まで、大河原は無邪気な様子で、館腰は無表情だった。
「死体を処分します。離れていてください」
本宮がそう言ったので、俺達は後ろに下がった。
魔物に対して手を伸ばした本宮が、大量の光を放った。
その光が地面に広がり、魔物の死体が沈んでいく。
表情を窺うと、自分よりも遥かに強力な魔法を見せつけられた蓮田は、複雑な表情をしていた。
魔物の死体は、短時間で片付いた。
それを見届けてから、俺達は解散することになった。
「黒崎。あんた、今日は水守の家に泊まりなさい」
須賀川が、一方的にそんなことを言ってくる。
「……ちょっと待ってくれ。どうしたんだ、いきなり?」
「あんたが水守を不安にさせたんでしょ? 責任を取りなさいよ」
「そんなことを言われてもな……。責任を取るって、具体的に、何をすればいいんだ?」
「そんなこと、あんたが自分で考えなさい」
「……」
俺は、一ノ関のことを見た。
一ノ関は、こちらのことを直視できない様子で、チラチラと窺ってくる。
驚いているわけではないので、こいつも、事前に了承していたのだろう。
「うわっ。水守ちゃん、いよいよなんだね……!」
渡波が、顔を両手で覆うようにしながら言った。
「おめでとうございます」
本宮は、両手を合わせながら、俺達のことを祝う。
「お前らなあ……」
結局、俺は押し切られる形で、一ノ関の家に行くことになった。
「蓮田は、大河原先生の妹と親しいのか?」
一ノ関の家に送ってもらう途中で、俺は蓮田に尋ねた。
ちなみに、渡波と本宮の家は離れた場所にあるらしいので、途中で別れている。
「うん……。桃花ちゃんは、中学の時に手芸部の後輩だったの」
「そうか」
「ねえ、黒崎。あの子のこと、可愛いと思ったでしょ?」
須賀川が、こちらを白い目で見てくる。
「お前なあ……。いくら何でも、担任教師の妹に対して、変な感情は持たねえよ」
「嘘ばっかり」
「……いい加減にしてくれ」
「これは、相手があんただから言うわけじゃないの。あの子のことが好きになって、痛い目に遭った男が、何十人もいるんだから」
「……そうなのか?」
「そうよ。あの子って、魔力がいっぱいあるのに、男に媚びるような言動をするから、皆が勘違いしちゃうのよね。それで、その気になった男が交際を申し込むと……」
「……申し込むと?」
「態度が一変して、罵詈雑言を浴びせるのよ」
「それは……酷いな……」
「最低の悪女よ、あの子は」
「……」
先ほどの、大河原の無邪気な態度を思い出す。
悪い女には見えなかったが……やはり、あいつも、花乃舞の人間なのだ。
姉である大河原先生だって、以前は暴言を吐きまくっていた人物だったのである。
人は見かけによらない。つくづくそう思った。




