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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第9話 一ノ関水守-5

「……私の髪は? 変だと思う?」


 一ノ関は、恐る恐る、といった口調で尋ねてきた。


「まあ、珍しい色だとは思うが……地毛なんだろ? だったら、特に悪いとは思わないな」

「そう……」

「これで気が済んだか?」

「……他にも、尋ねておきたいことがあるの。貴方は……胸の大きな子が好きなの?」

「……お前なあ。男にそういうことを尋ねるか、普通?」

「答えて。大事なことなの」


 一ノ関は顔を上げて、真剣な顔で俺を見つめてくる。

 どうやら、からかおうとしているわけではないようだ。

 戸惑いつつも、正直に答えることにする。


「まあ……どちらかといえば、大きい方が嬉しいが……」

「そう。良かった」

「……何が良かったんだよ?」

「きちんとお詫びがしたいから、付いて来てほしい」

「……今度はどこに行くんだ?」

「……私の寝室」

「……」


 あまりの答えに、俺は言葉を失った。

 一ノ関は、こちらから目を逸らして告げてくる。


「……私、初めてだから。乱暴にだけはしないでほしい」

「お前……気は確かか?」

「だって、私には、交渉材料がそれしかないもの」

「……交渉材料?」

「貴方は……宝積寺玲奈だけでは、満足していないように見えるから。誘ってみる価値はあると思ったの」

「……お前、俺と何を交渉するつもりだ?」

「宝積寺玲奈に対して、私達のことを黙っていて」

「……」

「鈴も香奈も、私の大切な友達なの。もちろん、私だって、まだ死にたくない。なら、貴方が欲しているものを差し出して、助けてもらうしかないでしょう?」

「……悪い。お前が何を言っているのか、全く理解できない」

「単純な話よ。貴方には宝積寺玲奈がいるんだもの。あの子に告げ口をされたら、私達は殺される程度では済まないと思う。暴力的な方法で、貴方の口を封じることも考えたけど……それは、やっぱり許されないことだから。貴方は、悪い人じゃなさそうだし……」

「……」


 何だか、俺がヤクザの子分だった、とでもいうような話の展開である。

 それでも、いきなり身体を委ねる、などと言いだすのは信じられないが……。


「俺がちょっと悪口を言われたくらいで、宝積寺がそこまでするとは思えないけどな……」

「……貴方は知らないのね」

「何をだ?」

「宝積寺玲奈は、小学生だった時に、自分のリボンをからかった男子の全身の骨を、10本以上も叩き折ったことがある」

「……!?」

「それ以来、あの子に接する際には、極めて慎重に振る舞う必要ができた。だから、麻理恵さんは、宝積寺玲奈を刺激するリスクのある言動を、私達に対して禁じている。その中には、貴方に対して不必要な接触をすることも含まれているの」

「……」

「それなのに、鈴は怒りに任せて、貴方を罵ってしまった。それを知られたら、宝積寺玲奈が何をするか分からない。香奈も、貴方への嫌悪感を隠せていなかったし……。こうなったら、貴方と取引をして、黙っていてもらうしかないでしょう?」


 宝積寺が本当はヤバい奴だ、ということは知っていたが……まさか、そこまでとは思わなかった。

 それにしても、どこからツッコミを入れればいいのか、分からない話ではある。


「言いたいことは色々とあるんだが……お前がやってることは、宝積寺を刺激しないのか?」

「……バレたら、大変なことになることは分かってる。でも、1回で満足させることが出来れば、貴方は私を守ろうとしてくれるでしょう?」

「計画が杜撰すぎるだろ……」

「……私、知ってるのよ? 貴方が、飢えた獣のような目で、クラスの女子の身体を眺めていたことを……」

「……!」

「私だって、勝算がなければ、こんな手段は選ばないわ」


 どうやら、まずいところを見られたようだ。

 伊原の意図を探ろうとして、クラスの女子のことを観察していたのを目撃されたらしい。

 もしも、あのことを言い触らされたら、俺は周囲から軽蔑され、嫌われてしまうだろう。


「もちろん、貴方だって、私と寝たら、宝積寺玲奈に浮気がバレるリスクを抱えることになるわ。でも……それで諦められるなら、浮気をする男の人は、この世にいないはずでしょう?」

「……」


 一瞬だけ、この誘いに乗って全てを黙っていれば、万事丸く収まるのではないか、などと考えてしまった。

 しかし……やはり無理がある。それが答えだった。


「……悪い。それは、さすがに無理だ」


 俺がそう言うと、一ノ関は、あからさまに失望した顔をした。


「貴方って……驚くほど度胸がないのね」

「そう言われてもな……。俺はまだ、女とキスをした経験だってないんだぞ? いきなりベッドインしろとか言われても、ハードルが高すぎるだろ」

「……貴方、まさか……宝積寺玲奈と、まだ何もしてないの!? あんなに親しそうにしているのに!?」

「いくら何でも驚きすぎだろ……。どうしてお前らは、高校生の男女が仲良くなったら、すぐに身体の関係になると思ってるんだよ?」

「信じられない……」

「それはこっちのセリフだ」

「……だったら、まずはキスをする関係からでも構わない」

「おいおい……」

「お願い。私達を見捨てないで」


 一ノ関が、俺に縋りつくようにしてきたので、内心ではかなり動揺した。

 勢いで何かをしてしまいそうになって、ギリギリのところで自制する。


 俺は、一ノ関の両肩に手を置いて、向き合ってから言った。


「要するに、俺が宝積寺に何も言わなければいいだけだろ? 安心しろ。告げ口なんかしないから」

「……」


 俺は、泣きそうな顔の一ノ関から離れると、自分の気が変わってしまう前に外へと飛び出した。

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