プロローグ
学校から帰る途中で、金髪の女がうずくまっているところに遭遇した。
「……」
状況が理解できずに、俺は立ち止まる。
外国人や、金色の髪が珍しい、というわけではない。
だが、子供とは言えない年齢に見える女が、薄汚れた身なりで座り込み、泣いているのを見れば、誰だって戸惑うだろう。
まあ、旅行に来た外国でトラブルに巻き込まれれば、大人だったとしても泣きたくなるだろうが……その金髪の女は、旅行者とは思えない恰好をしていた。
ボロボロになった服と乱れた髪、全身が薄汚れた姿と栄養状態の悪そうな容姿からは、この女はスラムのような所から来たのではないか、という印象を受けた。
「……すいません。ここで少し待っていてください」
俺よりも少し後ろに立ち止まっていた宝積寺が、そう言ってから金髪の女の方に歩み寄る。
「……!」
金髪の女は、近付いてくる宝積寺に対して、怯えた様子を見せた。
その女に対して、宝積寺は、聞いたことのない言語で語りかける。
間違いなく日本語でも英語でもない言葉を聞いて、金髪の女は驚いた様子で何かを言った。
どうやら、宝積寺が使った言語は、金髪の女が使用しているものと同じであるらしい。
2人はその後も謎の言語で会話を交わし、その後で宝積寺はスマホを取り出して誰かに電話をかけた。
電話を切った宝積寺は、金髪の女に、申し訳なさそうに何かを告げた。
すると、金髪の女は、宝積寺に抗議するような声を出した。
宝積寺は相手を宥めようとしているようだったが、女は嫌そうに何度も首を振った。
しばらく経って、1台の車がやって来た。
静かに停まったその車からは、3人の若い女性が降りてくる。
その連中は、俺には一瞥もくれず、宝積寺と短く言葉を交わし、金髪の女に何かを語りかけた。
金髪の女は不安そうな顔をしたが、宝積寺に何かを言われると、渋々といった様子で頷いた。
女達の内の1人が、布を取り出して、金髪の女に目隠しをする。
さらに別の女が、金髪の女の両手を後ろ手の状態にして、手錠をかけた。
その状態のまま、金髪の女は、車に乗せられて連行されていった。
客観的に見れば、誘拐にしか見えない出来事である。
俺の近くに戻ってきた宝積寺が、俺のことを制するように袖を摘まんでいなければ、止めに入っていたかもしれない。
「……お待たせして申し訳ありません」
そう言って、宝積寺は俺から離れ、頭を下げた。
「いや、それはいいんだが……あの女は何だったんだ?」
「それは……」
宝積寺は、俺の質問に答えづらそうな様子だ。
何も知らない、ということはないだろう。
宝積寺は、得体の知れないはずの相手に対して、日本語でも英語でもない言語で話しかけたのだ。
相手の事情を察していると考えるべきだが、何か、俺には話しづらい事情があるのかもしれない。
「まあ、言いにくいなら、無理に話す必要はないが……」
「……すいません」
「謝る必要はねえよ」
「……すいません」
「……帰るぞ」
無限ループに陥ることを危惧して、俺は会話を打ち切った。
「……はい」
宝積寺は、先ほどまでと同じように、俺から少しだけ遅れて付いて来る。
「……あの、黒崎さん」
しばらく経ってから、宝積寺が意を決したように切り出した。
「何だ?」
「その……これから当分の間は、なるべく、1人で出歩かないようにしてください」
「それは、さっきの金髪の女と関係があるのか?」
「……はい」
「まあ、お前がそうしろって言うなら、なるべくそうするが……」
「ありがとうございます」
「だが、俺には、一緒に出歩けるような奴はいないからな……」
「御用がある時には、ご一緒させてください」
「それは……さすがに迷惑だろ?」
「いいえ」
「……そうか」
1人で外出するな、などと忠告してくるということは……やはり、先ほどの金髪の女には、犯罪が絡んだ事情があったのだろう。
どこの国の人間かは分からないが、まともな方法でこの町に来たわけではないことが推測できる。
人身売買、などという言葉が思い浮かんだ。
あの女は、まるで犯罪者のように連れて行かれたが……それは、薬物みたいなものを投与されていて、暴れる危険性があるからなのかもしれない……。
そんなことを考えてしまい、俺はため息を吐いた。
この、黄門町という町は、犯罪組織の拠点か何かなのだろうか?
引っ越して来てから、一ヶ月程度しか経っていないので、イマイチ実態が掴めないが……町の中心に、立ち入り禁止になっている広大な森が存在するのは、やはり胡散臭い。
何かを隠そうとしているかのような雰囲気が漂っているこの町ならば、危険な組織が潜んでいる可能性も、否定できないような気がした。