RIDDLE STORY
RIDDLE STORY
1
「歩くん、鳴海歩くん」
呼び止められて振り向けば、校舎の屋上のそよ風に、その長い髪をしなやかに揺らす彼女の姿。
「名前一文字も合ってないじゃないですか、卓越した智恵と勇気で困難を打破していく主人公みたいに言わないでください真希那さん」
「ふふ、それで振り向く方もどうかと思うわ要くん。他人と距離を取るところが似ていて、つい」
ついて。メールで呼び出した僕に、そして屋上の柵から街並みを眺めていた僕に、背後から声を掛ければそりゃ振り向くでしょう。
それも僕が聞き間違えるはずもない、あなたの声で。
放課後のこの場所は、まず他の生徒とバッティングする事はない。それもあってこの場を選んだのだけれど、あまり人に聞かれたくない話とはいえ、空がよく見える屋上を待ち合わせ場所に選んだのは失敗だったかもしれないと、来て早々に感じた。
警戒してしまうのだ、空を。
拡がる青空、所々に浮かぶ、雲。
平和の象徴とさえ言えそうなこの風景に、ふとした折りに背筋に悪寒が走ってしまう。
見上げる空に、異物はない。異変はない。
それでも再び顔を上げると、その天空に居そうな気がしてしまうのだ。アレが。
音もなく視界いっぱいに、初めからそこにいたと言わんばかりに存在していても何ら不思議はないと、思えてしまう。
見慣れた風景の中で、見慣れた青空を背景に、余りにもミスマッチで巨大な図体を晒して、この惑星の異物が何喰わぬ顔をして、開き直ったようにいつの間にかそこにいたとしても何ら不思議ではないと、どうしても思えてしまう。
疑心暗鬼。
努めて意識を街並みへ向ける僕の心の中では、自らの心の中に巣食う得体の知れない恐怖を払拭しようとする葛藤が、まるで念仏を唱えるように存在している事を、自覚してしまう。
空に何かがいる気がする、巨大恐怖症。
そんな心中で彼女を待っていた僕にとって、真希那さんから掛けられた柔らかい声色は、まるでその呪縛を解き放つ魔法の一言のように響く。救われる。
僕の隣まで来ると、僕と同じように街並みに視線を向け、軽くなびく髪にその手を添える。
さて、何から話したものか。
探していた蛇はやっぱりいましたよ、てか正体はプラナリアで、更に言えばそれは元々人間でしたよ?
それとも、いやあ僕にも友達ができましたよ僕の別人格なんですけどね名前は奏といいます以後お見知りおきを?
或いは、このたびその友達(別人格)と悪の組織と戦う事になりました、テッポー片手にバンバン頑張ります?
「……不思議なものよね。この宇宙に私たち地球人がこの惑星にいるように、他の惑星系にもその星独自の生物がいて何ら不思議はないはずなのに、こうしていざ接近遭遇すると俄には信じられない衝撃を受けるのだから」
なんて切り出したらいいか考えあぐねているところへ、真希那さんからのそんな言葉が静かに響いた。
街並みへ向けた視線はそのままに語られたその声は、真希那さん自身の所感をリリシズムで吐露しているというよりは、広く一般的な、未知の存在に対する人類のリアクションへの所感のように感じられた。
「いやまあ、理屈はそうなんでしょうけどね。でも頭では解っていても、やっぱりいざ目の前に地球外生命がポンと現れれば、その衝撃たるや相当ですよそりゃ。尤も僕の場合は最初に遭遇したのがいきなりアレですから。地球以外の生物の存在に驚いたというよりも、アレそのものに度肝を抜かされたと言った方が正確です。あんなのマクロスレベルじゃないですか」
「あはは、まあね。レベル1で出撃したら相手がいきなりラスボス級だもんね」
口元に手の甲を当てて微笑む真希那さん、細めた目がなんだか色っぽいな。
というか真希那さんも見てるはずなんだけどね、アレを。その割にはなんだか随分余裕があるな。
「私たちのいる地球は太陽系に属していて、その太陽系は八個の惑星と五個の準惑星、それにいくつかの太陽系小天体で構成されているでしょ? でも今年、二〇一六年の時点でその外側に存在する惑星、つまり太陽系外惑星は三四一二個確認されているの。で、その太陽系外惑星たちがそれぞれ公転しているサークルの中心にある恒星、ちょうど私たちの太陽系で言えば太陽に該当する星は二五五四個あって、そのうち五七八個の恒星は複数の惑星を仲間に持つ太陽系外惑星系であることが分かっている。つまり私たちの太陽系と同じような構造で成り立っている星たちのコミュニティが、太陽系以外にも少なくとも五〇〇個以上あることが確定しているのね。それも飽くまで人間の観測でき得た範囲内の話でさえね。そして宇宙生物学上、液体としての水を有することが出来るハビタブルゾーンはその全ての惑星系にあるわけだから、そのエリアの中に惑星が有りさえすれば地球と似た環境になると言われているのよ」
……いかんいかん、スケールが大きすぎてハルバードの時のように意識がM78星雲に飛びそうだ。知ったかぶるんだ、街並みを遠い目をして眺めながら、爽やかに微笑んで頷いてみせる。
「ん? 太陽系の惑星は八個? 水・金・地・火・木・土・天・海・冥で九つじゃなかったでしたっけ?」
「冥王星は惑星の定義から外されちゃったのよ」
おうふ、一番最初の段階で無知を披露してしまったぞ。そしてハブでぼっちの冥王星にシンパシーなんて感じてないぞ。
「でね、宇宙と天体がそんな条件で成立している以上、地球に生命が発生したならば他の天体にもそれは充分起こり得る現象だわ。でも人は本然的にその可能性を否定的に、或いはその可能性を低く見積もって考えようとする心理が働いてしまう。これも一種、正常性バイアスが働いているからだと思うのだけれど、インフレーション期にビッグバン現象が引き起こされて宇宙が誕生してから一三七億年、唯一地球にのみ生命が発生したとするのは、自分達だけが唯一の出現例だとするのは、むしろそれこそラジカルで荒唐無稽なオカルトよね」
それは、確かにわかる。異星の生命体の存在は信じるとか信じないとか、本来その次元で語られる問題ではないのかもしれない。
異星の視点で見れば地球こそが異星となるわけで、そこにこうして僕らが存在していること自体が、逆説的に地球以外の星に生命が存在する事を証明する構図になっている、謂わば僕たちこそが生ける物的証拠の役割を果たしている。……そんな話なのだろうか。
真希那さんの話の着地点が未だ見えず、引き続き静聴する。
「尤も、それらの惑星に生命が誕生できる環境が揃ったとしても、その惑星の直径サイズから算出される引力の強さ、また恒星との距離によって決まってくるその惑星の平均的な表面温度や大気濃度などの条件によって、たとえその惑星に生物が生まれたとしても、その生物群は地球のそれとは全く違うフォルムとボディサイズを獲得していることになる。地球の生物図鑑が全く通用しない世界ね。地球の生物図鑑に記載されている生物種たちは、地球が発生してから四十六億年の間に、飽くまでも地球という環境条件に適応して生み出されてきた、謂わば地球産の生物モデルであり地球オリジナルのワンオフもの。地球とほんの少し条件が違うだけで、他の天体に生まれてくる命たちは、私たちの想像を絶する姿であっても、私たちにとって空想の産物のような姿であっても、なんら不思議ではないわ」
UMA。
飽くまで人間視点で未観測というだけで、まるでジョークのような姿形を持つそれらの命のモデルたちは、ヒトの目の届かない所で実在していてもなんら不思議ではない者たち。
いや、何もUMAとして語られる個性的な形を持った都市伝説たちが、必ずしも地球外の惑星由来のものだとは言わないけれど、「生物の形」に人間の常識なんて物差しは通用しないし意味を為さないのだろう。今まで見たことのないユニークな形だからといって、この宇宙という自然界に出現し得ないとは限らない。何しろこの地球の中でさえ、カンブリア爆発の時期に実際に生み出された生物たちは、現在UMAとして語り継がれる生物たちよりもむしろ破天荒な形を持って実在していた。
それはまるで、例えば命を生み出す造物主という存在がこの世にいるならば、彼が様々な命の形を試行錯誤の末に手当たり次第に生み出して、戯れに生存実験でも行っていたかのように。
〝想像出来ることは、全て現実なのだ〟との言葉は、確かパブロ・ピカソの言葉だったか。
「私たち人間だって生物進化の過程にあるだけで、このヒトというモデルが何も進化のゴールじゃない。命の正解の形という訳じゃない。この先ヒトという生物が大きくモデルチェンジしないという保証はどこにもない。何しろ霊長類がこの地球に誕生してから、まだほんの一億年しかたっていないのだものね。命はある意味に於いて、過渡期と安定期を永遠に繰り返していくものなのかもね」
正解の、形がない。
逆に言えば、その時その時の形が全て仮初めの形であると同時に、真実の姿でもある。
それはいつだったか、似たような話が星宮との会話にあったはずだ。
そう、胡蝶の夢。
蝶である自分、ヒトである、自分。
そこに拘泥しても意味はない、その時その時の形の自分を楽しむ、自在の境地。
鳳真綾の笑顔が浮かぶ。果たしてどちらが幸せなのか。僕が抱いた、疑念。
「少し話を戻すけれど、この宇宙の中で地球という座標ポイントに〝私たち〟という命が生まれたのは、何も私たちだけの幸運じゃない。地球人だけの専売特許じゃない。その可能性は条件さえ揃っていれば、普遍的にあまねく惑星にもあるわけで、中には私たち地球人の想像を絶する存在が生まれていても不思議じゃない。……そしてそれは、必ずしも私たちに友好的な存在とは限らないわよね」
そこで真希那さんは一拍置いて、そしてそれまでの声色とは明らかに違うトーンで、語る。
そこにこれまでのような柔らかな微笑みは、ない。
「この惑星が、ハッキングを受けている」
2
静かに放たれた言葉だったはずなのに、その言葉は僕を、凍らせた。
突き抜ける青空、点在して浮かぶ雲、穏やかな、陽光。
この長閑な風景は、何億年も繰り返されてきたこの地球独自の平和な風景は、そのたった一つの言葉で、一気に学芸会のハリボテによる作り物のように感じられてしまう。
平和な風景が、まるで人工的な箱庭の中だけの舞台装置のように。
しかし実はすぐそこまで危険な何かが迫っていて、取り敢えずここだけは形だけの平和を取り繕っている箱庭のように、感じられてしまう。
そう遠くないうちに、その脅威と向き合うことになる。
今、この平和な時は、つかの間の執行猶予であり、贖罪のためのモラトリアムのように。
フェイズは既に、カウントダウンに突入しているように。
ハッキング。
それは、アレによる地球の生態系の組み換え操作、の事を言っているのか……?
この惑星が、ハッキングを受けている。
この惑星の生態系が、蹂躙されている。
言伝真希那先輩。
あなたは、どこまで知っている……?
何を、知っている?
思えば、あなたこそが、最大のアンノウンだったのではないか……!!
「でも心に留意して欲しいのは、あの大きなUFOだって、この宇宙という現象世界に摂理の一部として生まれてきた存在であって、その点に於いて私たちとなんら変わらない。例えば異星の生命たちと私たちが星間戦争になったとしても、それは私たちが同じ地球人同士、国家間で行われる戦争と方程式はなんら変わらない。スケールは違っても方程式そのものは変わらない。蟻と人との間の生物学上のポテンシャルに天地の開きがあっても、共に現象世界に生み出された一つの存在である点に於いてそこに違いはないように、アレと私たちの間にも実は違いはないの。共にそれぞれがそれぞれの利権のために動いているだけだわ。サメがサーファーを襲うのもトラが集落を襲うのも、彼らにしてみれば食事の問題であってそれは善悪の問題じゃない。遺伝子にプログラミングされたコマンドを忠実に履行しているだけだわ」
あの極大のUFOを、天空に架かる狂ったサイズの異様を、地球上の生存競争と同列に語る、彼女は。
今にして思えば、初めて〝アレ〟を目撃した者のリアクションとしては、彼女のそれは、妥当なそれだったのか。
「この食物連鎖という摂理のシステムには当然人間だって含まれ組み込まれているわ。ただ地球上に住む私たちはこれまで天敵不在だったところへ、今回ヒエラルキーの上位者が現れた。それは人間視点で見ればその存続を脅かす脅威の出現であり大事件だけれど、客観的に見ればそれだけの事なの。彼らも私たちも現象世界に生み出された存在である以上、チェスの駒ではあっても、それを動かすプレイヤーじゃない」
チェスの、駒。
それを動かす、プレイヤー……?
僕たち人類がポーンならば、アレは、間違いなくクイーンかもしれない。
……でも。
ならば、ならばプレイヤーとは、なんだ……!?
「……だからこそ、心の片隅に留意して欲しいのは、〝アレ〟の存在を知ってしまった一部の人にとっては、アレこそが人類にとって当面の天敵と映るでしょう。飽くまで人間の視点で見れば、自身の安全を脅かす外敵という意を込めて悪、のレッテルを貼られる存在かもしれない。でも、こうして表面に浮上する認識できやすいものは本体に附随する影のようなもので、悪そのものじゃない。アレは私たちから見ればより上位の捕食者かもしれないけれど、それは人間に搾取される動植物から見た私たちのようなもの。本来人類が目を向けるべきは、牙を向けるべきは、そこじゃない。真の悪とは、水面下に潜伏するものなのよ。それは決して表舞台に出てくる事はない」
なんだ、何を、言っている……?
何について、言っている?
真希那さんが言及しているものは、何だ…!?
「アレ」の向こうに、更に別の何かの存在を示唆しているのか……!?
そもそも、あなたは一体……!!
視界が揺れる。屋上を踏みしめる足が、ふらつく。
ジャメビュ。
目の前の彼女が、まるで初めて見る、見知らぬ誰かのように……!!
「真希那さん、それは」
「とは言え、まずは当面の問題よね! 目の前にあんな大きなUFOが現れて実害を出しているのに、それを通り越した向こう側に蜃気楼のように見え隠れする概念のような、観念のような存在について忖度しても本末転倒だし捕らぬ狸の皮算用だわ」
それは、僕の追及をかわすように、一転して柔らかい笑顔で語る真希那さん。
軽やかなフットワークで、いつもの雰囲気に戻っている。
「それにサメやトラが人を襲うのは食事の問題であって善悪の問題じゃないとは言っても、じゃあ大人しく食べられるのかと言われればそんな事はない。こっちだって嫌だから逃げるなり応戦するなりするわよね。お互い対等にエゴを張り合っているわけで、生きるためのエゴで他を押し退けてさえ居場所を確保しようとするその権利は、当然私たちにもあるわけだしね」
軽くウィンクさえしてみせて微笑む彼女は、間違いなくいつもの真希那さんだ。
僕の憧れた先輩だ。
でも明らかに話の焦点を、俯瞰しているものの焦点を、遠視眼的な全体視から近視眼的な当面の問題へとシフトした。
それはまだ、話す段階にはないと、謂わんばかりに。
さっきまでこの場を支配していた空気が、雰囲気が、跡形もなく消えている。
それはまるで目に見えない大きな何かが、この場から音もなく去ったかのように。
この場から何かが一つ、引き算された。
狐につままれたような感覚でいる僕だけが取り残される。毒気を抜かれてしまう。
なんの話をしていたんだったか。
そう、当面の問題か。
僕から見ればあのバケモノUFOだって当面どころか遥か彼方の異次元の存在だ。というかアレはもはや一個人がどうこうできるレベルの案件じゃないだろう、何しろ国家をバックボーンに持つ二つの組織でさえ、現状こうしてアンタッチャブル扱いに指定しているくらいなのだから。
目下、僕にとっての当面の問題。
真希那さんに視線を向けて、僕は語り始める。
ここ二日ほどの間に起こった、近況報告を。
あの夜の後日談を。
あの夜に出会した異能の能力者たちとの、交戦を。
その一件を切っ掛けとして発覚した、僕の中の別人格の存在を。
そしてそこから展開した、ハルバードとの連携を。
鳳真綾の現状を。
僕は語り始める。真希那さんにただ、聞いて欲しくて。
3
「事実は小説より奇なりとは言うけれど、要くんの人生はライトノベルの主人公みたいね」
「あっはっは、どの辺のレーベルですかね?」
僕の話が進むにつれ、驚き半分呆れ半分の表情だった真希那さんが一通り聞き終えた後、一拍の間を挟んでクスッと笑うように出てきた言葉に、つられて僕も破顔する。
いやあアハハとでも言わんばかりに右手を頭の後ろでかきながら、いや笑い事じゃないんだろうけど何ていうかね、事が大きすぎると取り敢えず笑いが出ちゃう心理みたいなものかなコレは。たぶん真希那さんも同じような心境だと思われる。おかしいな、シリアスに話し始めたはずなのに。
「そう、つまり真綾ちゃんの場合は真相を隠蔽されて、要くんの場合は一つの真相に直面した、って事になるのね」
「真相?」
「自分には別の人格が存在した、って事実を知らされた結果になったわけでしょ? でももっと言えば、真相にたどり着いたことによって、要くん自身にもいまだ伏せられたカードがある疑惑が出てきた以上、真綾ちゃんと大差ない状況にあるともいえるわけよね」
そうか、そういう事になるのか。
僕は今の今まで自分の本来の形を知らずにいたわけで、そして更には奏や星宮と推測した通り僕たちの過去には齟齬があり、未だ僕には知らない自分があるらしい、伏せられたカードがあるらしい事が解ったわけだ。
自分について知らない点がある事を今回知る事となった、これはある意味、無知の知を自覚した事になるのかもしれないなんて言えばソクラテスに怒られそうだけど、一往の意味では鳳のそれとは逆に、僕のケースでは真相に一つ近づいた事になるわけで、しかし再往の意味では鳳と大して変わらない状況にあるとも言えるわけだ。
自分の知らない自分がある、そこに気付いているかいないかの違いがあるだけで、実は鳳と状況はそう変わらない。
「……どちらが幸せなんですかね」
鳳にしても、僕のケースにしても。
自分が幸せかどうかを他人に聞くというのも、甚だ滑稽である事に言葉を放ってから気づいたけれど、そんな僕に真希那さんは。
「神は天に在り、世は全てこともなし」
「あ、それ知ってます、God's in his heaven, all's right with the world.ネルフマークの下に書いてあるヤツですよね!」
「うん、十九世紀の詩人・ロバート・ブラウニングの、春の朝という詩の一節ね」
くっ……! これはちょっと恥ずかしい、同じ言葉なのにそこから連想される見識の違い。元ネタの方だったのか。ていうか元ネタ知らんけど!
「時は春、日は朝、朝は七時、片岡に露みちて、揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し。……あらゆるものがあるがままに平穏に存在し、世界は整っているというような意味だけど、詩句だからある程度自由に解釈できるのよね。〝人間の世界では色々と不幸があるようだけれど、天の視点から見ればそれは大したことじゃない。人がどんなに喜怒哀楽の坩堝に身をすりつぶされていようと、空をはじめ自然はそんなことには頓着せず悠々と広がっているではないか〟って感じになるんじゃないかしら。換言すれば、〝この世のことは全て神の摂理のもとにある、神のお導きのままに〟」
それはつまり、現状をあるがままに受け入れるということかな。
……いや、違うぞ。
違うぞこれは。
危うく見落とすところだった、これは微妙に似て決定的に非なるものだ。
何故ならば、サメやトラがそのエゴで襲い掛かってくるのに対し、披捕食者側もエゴを張り合って抗う事に於いて対等とする真希那さんが、この言葉を〝この世の現象は全て摂理であり、神の導くままに進め〟と訳すのなら、少なくとも真希那さんの謂わんとしている所詮は楽観論的なそれとはまるで逆だ。
あるがままに受け止めるという言葉が帯びる、一種受動的なニュアンスのそれではない。それはもはや厳しさを通り越して、壮絶といっていいスタンスの生き様じゃないか。
何故ならば、例えどれほど残酷な真相だろうと、在るがままの形へ、ポジションへ、それが本来在るべき姿ならば、目を逸らさずそこへ至れと言っているのであり、そこに保身が入り込む余地はないのたから。
例のUFO然り、サメやトラ然り、スケールの違いこそあれ、それらはそれぞれエゴを押し付けて生存競争を展開しているのであり、僕たちにもその権利はあるのだから譲る必要はない、そのデッドヒートにエントリーしろ、その上でどんな結末(真相)だろうとそこから目を逸らすな、受け入れろと言っているのだ。
戦え、と言っているのだ。
もちろん、個人の力でどうにかなるものではないあんなUFO相手に、テッポー一つ持って立ち向かえだとかそんな玉砕精神ではないのだろうけれど、ただ、搾取される立場で甘んじる事はない、絶対的な上位者に対して恐れ続けなければならない道理もない、捕食者が披捕食者に襲い掛かるのも神の摂理ならば、逆にそこで抗うのもまた神の摂理。その結果がたとえ望む結末ではなかったとしても、突き付けられた絶望に対して否定してもいいのだと。
それは明日華さんを初め、ハルバードが鳳真綾に示した道とは、まるで逆。
優しい嘘より、苛烈な真相を示す道。
もちろん鳳のケースでも真希那さんの言葉が代入できるかは別問題だろう。でも僕の直感が正しければ、真希那さんは僕に向けて、語りかけている。
言葉が示す意味とは裏腹に柔らかい笑顔のまま、真希那さんは言葉を紡ぐ。
「そしてそれはそのまま〝主よ御手もて引かせ給え〟この言葉にも通じる概念よね」
「?」
「カール・マリア・フォン・ウェーバーの有名なオペラ・魔弾の射手の中でも、特に有名な序曲。その冒頭部分として知られる讃美歌ね。旧教団讃美歌二八五番、マルコの福音書十四章三六節」
真希那さんは詠う。この青空のもと、この惑星に、歌い聴かせるように。
「主よ御手もて 引かせ給え
ただ わが主の 道を歩まん
いかに暗く 険しくとも
御旨ならば われいとわじ
能力頼み 知恵に任せ
われと道を 選びとらじ
行く手はただ 主のまにまに
委ねまつり 正しく行かん」
「……如何に暗く険しくとも、御旨ならば我いとわじ……」
何とはなしに口をついて出た言葉。鸚鵡返しに呟いたフレーズ。
「ふふっ、似たような言葉に〝アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように〟なんてのもあるわね。主よ御手もて引かせ給え、これは決して他人任せな他力本願じゃなくて、どちらかと言えばニュアンスは〝人事を尽くして天命を待つ〟に近いんじゃないかな。……飽くまで私に言わせれば、〝神は天に在り、世は全てこともなし〟これは導く者の言葉で、〝主よ御手もて引かせ給え〟これは導かれる者の立場、向かう者の言葉、と捉えているの」
導く者と、向かう者。
以前星宮と話した会話の中で出てきた、胡蝶の夢。
その自由な境地という言葉に真希那さんの姿が重なったけれど、真希那さんの在り方は自在の境地それだけでは実は片手落ちで、この前提あって初めて成立するものだったのだと、今、思い知った。
神は天に在り、世は全てこともなし。
この前提こそが、真希那さんのスタンスなのだ。
真相に、在るべき姿に、至ること。そのためにはリスクすら度外視であり、損得勘定の介入する余地もない。
どうなるか、ではなく、どうするか。どうしたいのか。
僕は、どうしたいのか。
ぶっちゃけCLASSIXは兎も角、あんな空一面を覆い尽くすようなUFOだとか明日華さんの話にあった外来種だとかは僕にとってはキャパシティオーバーだ、僕なんかが介入したところでどうにかなるものじゃないだろう。次元違いすぎて、どう考えても対応する相手は僕じゃない。
でも兼ねてからこの心に燻っていた、人間関係を築いてもやがて破綻する事がイメージできてしまう、焦燥感にも似たこの気持ち。他者の気配、そして何かのツケを払う時が必ずやって来ると思えてならない、贖罪のような観念。
僕にこれらの念を抱かせるものの正体が、これらの念を起因させるものの正体が、それが僕と奏の素性にあるのなら、それを突き止めてみたい。己れを知ってみたい。
目を背けずに、自分に至ってみたい。
ハルバードからの帰り道、星宮や奏と三の丸のベンチで話したとき、仮にハルバードと提携するにしても、その理由はCLASSIXにタゲられたときのパッシヴセーフティみたいなものだったけれど、消去法で選ぶそれではない、能動的な理由を手に入れた気がした。
不思議だ、自分の素性を知りたいとは思うけれど、戦争紛いの事をしてまで知りたいとは思わないとして、その選択肢は真っ先に却下していた筈なのに。
それが今では、危機(CLASSIX)から身を守るためという受動的なそれから、自分の真相を知りたいがためという能動的なそれへと、シフトしている。
真希那さんの言葉に力があるのか、それとも真希那さんに特別な感情を抱く僕の方にこそ、その因子があるのか。
主よ御手もて引かせ給え。
彼女に手を引かれるように。
今どき自分探しの旅(笑)、それも旅の携帯品にテッポーというのも一般的な自分探しの旅のそれとは明らかに何かが違うけれど、これまで靄がかかったように漠然とした証明命題だったものに指標が示された、確かな手応えがあった。
「この惑星の青い空が好き。青い海が好き。もちろんこれも地球という独自の環境条件で成立しているものであって、このカラーリングが何も正解というわけじゃないけれど」
「聞いたことがありますそれ。空が青く見えるのは、地球の大気が太陽の光を散乱させるからだとか」
「うん、レイリー散乱ね。太陽の光には本来、虹と同じ七色のカラーがあるんだけど、青と緑の短い波長の光が地球の大気成分に散乱させられて、それらが混合されて水色に見える。同様に夕焼けが赤いのは、太陽の光からその水色が抜けた色だから。というのも光の三原色のうち緑と青が大気によって散乱してしまうのだけれど、夕焼けの時は太陽と地表との距離が遠いから波長の短いそれらの色は地表まで届かず、波長の長い赤だけが残るから、結果的に太陽光がオレンジ色に見えるのね」
隣の真希那さんを盗み見る。話の内容は僕にとって難しすぎるけど、そのたおやかな声音で紡がれるコロラトゥーラ・ソプラノに、酔いながら。
そんな僕の視線に気付かず、彼女は言葉を紡ぐ。
「一方で地球の大気中の塵が多いと空は白や赤くなったり、雲(水)が多くても空はやっぱり白くなる。これらの現象はミー散乱の影響ね。実際、エアロゾルのほとんど無い成層圏から上空を見ると空は真っ青に見えるわ。とは言え〝波長の長短で色が変わる〟というのは少し語弊があって、地球の大気が青の波長に作用するっていう方が正しいかな。だってこの理屈だと他の星でも空は地球と同じ色にならなければならない道理だけど、実際にはそうじゃなくて、例えば火星の大気は赤の波長に作用するから空は赤っぽく見えるし、火星の夕焼けは青いわよね」
既にイデオロギーを獲得した僕にとって、真希那さんの声は子守唄のように優しく、心地よく響く。
風に揺れるその栗色の長い髪は、アングルによってはエメラルドグリーンに見えるその瞳は、光のどんな作用によるものか。
「そして海が青いのは水の分子(H2O)に赤い波長をさえぎる効果と、青い波長を散乱させる効果があるからね。だからこそ海は上から見ると散乱効果によって真っ青に見えるし、逆に海の底から見上げると太陽光から赤と青が抜けてエメラルドグリーンに見えるわ。空が青いのは海の青を反射しているからじゃないし、海が青いのも空の青を反射しているからじゃない。彼らはそれ自体で青である理由を持っている。全てに意味がある。この誰が作ったわけでもない森羅万象(自然)のメカニズム、摂理、理。神様が作ったこの世界とも言えるけれど、この〝神様〟の部分に摂理や理、法則性という言葉を代入してもいいかもしれない。いわゆる理神論という考え方での神の定義だけれど、まるでオーケストラのアンサンブルのような調和で廻るこの世界の、在るべき姿が私は好き。でも私たちから見て、その調和を破壊する驚異となる存在でさえ、確かにその調和の中の一つのピースだわ。この調和を乱すものさえ調和の中の存在であり予定調和。理屈は確かにその通りなんだけれど、でもそういった存在に私たちが抗うのもまた調和の中のアクションに過ぎないわけであり、その権利はあるわけよね。私の好きな調和のためにエゴを通す、その権利は」
ずっと、違和感を持っていた。
漫画やアニメの主人公が、出会って間もない誰それを守るために容易く命を懸けてしまえる、そのモチベーションに。
一見してそれは確かに正しく、美しい。
正しすぎて、まるで同じ人間とは思えないくらいに。
なぜ、他人のためにそこまで命を賭すことが出来てしまうのか。
人の為と書いて偽と読めてしまうように、それはまるで視聴者というオーディエンス在りきで作られた、ショウナイズされた人格のように思えてならなかった。
そのキャラクターと生き様は見て貰うためだけにあるような、共感を得るためだけにあるような、外へ向けた記号のようなものに見えてならなかった。
尤も漫画やアニメはそれこそ見て貰うためにある以上、登場人物たちは全て見てもらうための舞台装置であり、主人公のその在り方もエンターテイメントとしてはある意味正解なんだろうけれど、そこに全くリアリティを感じられなかった。
等身大どころか、同じ生身の人間とさえ思えない。
そこに最も激しい感情の一つ、エゴがまるっきり欠落していたからだ。
生きている生身の人間は、誰かに採点してもらうために在るわけじゃない。
誰かのシンパシーを得るために、その人生はあるわけじゃない。
戦うその理由がわがままだっていいじゃないか、誰かのためになっていなくたっていいじゃないか、主人公は必ずしも大それた大義名分を持たねばならない必要はなく、少年漫画のヒロインは読者の好感度を獲得するために、必ずしも処女である必要もない。
自分(主人公)に都合よく御膳立て(チユーニング)されてこの世界は廻っているわけではなく、それぞれが貪欲に自分の人生を生きているのだ、自分を採点するのは自分でいい。
そんな、簡単な理由でいいのだと。
むしろ感情まず在りきで理由付けはなんとでも、後出しジャンケンでもいいのだと。
僕の憧れた先輩は、示してくれた。
「ん? それで相談って結局なんだったのかな、要くん……でいいのよね?」
「……もう、充分です」
そう、充分だ。
真相を知らされず鳥籠の中で生きるのと、鳥籠から抜け出して保険のない世界へ飛び込むこと。
どちらが幸せかを知りたくて。
あなたの言葉を知りたくて。
その解答ばかりか、自分が動き出すその理由まで示してもらったのだから。
気付かせてもらったのだから。
足元の鞄を肩に掛けて、真希那さんと共に下校の途につく。
自分を知ってみよう。
真希那さんの愛する、この天地万物・森羅万象の中の一つの存在として。
本来の自分の姿を知りたいと望む、エゴのために。
自分のクロニクルの中の、ミッシング・リンクを埋める為に。
鬼が出るか蛇が出るか、蛇なら既に極大サイズが場に出ているわけで、更に鬼どころか一足飛びで他惑星の存在さえ場に出ているのだ。宇宙人と超能力者も揃ってるなら次に来るのは未来人か異世界人か、今更カードを引くことに躊躇う必要もないだろう。 オープンカードで何が出てくるか、見届けてやろう。
未知を既知にするためには無知なままではいられない。
取り敢えずは帰り道、彼女を遊びにでも誘ってみようかな。
僕にとって女の子はどこまでいっても未知の存在、とりわけ真希那さんは僕にとってその筆頭だ。
超能力者やらUFOやらは明日華さんからある程度説明は受けたけど、思えば真希那さんに関しては全くのアンノウンのままなのだ。
でもそんな事は僕にとってもはやどうでもいい、解らないものを解らないままに、謎のままでいい。
なに、行き先は後出しジャンケン、アドリヴで考えればいいだろう。
彼女なら、なんて応えるだろうか。




