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「これはこれはルージアお嬢様! 一星お嬢様もお揃いで。ようこそおいでくださいました」

 美術館の入場口にたどり着くや否や、待ち構えていた主催者の藤木が、揉み手をしながら近付いてきた。かと思えば、ルージアと一星の腕を取り、足早にスタッフ専用口へと連行した。

「おーっすフジッキー! 昨日ぶり! 景気はどうだい?」

「いやはや、絶好調ですとも」

 美術展の裏側、一般人には見えない通路を通っていく。三人はその先の、事務所のような雑多な一室に入った。

 周囲には、スタッフカードを首から下げた私服の従業員がまばらに見えた。いわゆる裏方人員だろう。忙しなく行き来したり、どこかへ電話をしていたり、あるいはげっそりとした顔でコンピュータと格闘していたり、部外者には居づらい雰囲気である。

 もちろん、そんな空気があったとしても、ルージアたちはまったく気にしない。兎角とかくルージアなどは、すれ違うスタッフに対しニコニコと手を振って、相手の反応を楽しんでいる始末であった。

「最終日を迎えずして、目標収益が達成できそうな勢いでござます。これもお二方がご助力を申し出てくださったからこそ。ええ、ええ、心より感謝しておりますとも!」

 事務所を抜けたさらに先の、奥まった一室に入る。中は応接室らしく、高級感のあるソファが向かい合っていた。パソコンの画面を映すのだろう大型ディスプレイが備え付けられ、その下の棚にはよく分からない機材が収まっていた。電話会議用の機械かな、とルージアはあたりを付けたが。その形状はどうしても、ボールを相手のゴールにシュートするような玩具にしか見えなかった。

 藤木の対面に、ルージアと一星が隣り合って座る。

 適度な反発で沈むソファは座り心地が良く、ルージアは飛び跳ねたい欲求を慌てて抑えた。

 ちらりと盗み見た一星は、やはり顔を引きつらせていたが。おおよそ予想通りの展開だったからか、口を挟む様子はなかった。

 これまでの掛け合いからして明らかだが、状況は一転している。要するにルージアは、この小柄な商人肌の男――藤木 禄郎を仲間に引き入れたのだ。

 昨日得た情報から、例の事件に藤木は直接加担していない。その見方が、一星との間で合致したからこその選択である。

「昨夜は済まなんだね、遅くにいきなり電話しちゃって」

「いえいえ構いませんとも。しかし驚きました。まさかあの(・・)二木家の縁者様から、あのようなご提案を頂戴できるとは。夢心地とはまさしくこのこと。私、いつの間に眠りについていたのかと思ったほどでございました」

 その話を持ち出した当初、一星はしきりに感心していたが。ルージアが何気なく受け取っていた藤木の名刺が、こんなところで役に立ったわけである。

 ルージアも「貰えるものは貰っておくモンですよ」などと教導者のように語っていたが。その活路に一番驚いたのが、ルージア本人だったことは内緒である。

「――二木を知っていたのか? 藤木」

 ようやく口を開いた一星が、いぶかしげに問いかけた。

「それはもう! いや、お恥ずかしながら私も若輩の身、最近詳しい噂を耳にした程度ではごさいますが。二木ブランドのアクセサリと言えば、例外なくケタ違いの値が付く幻の一品。数の少ない一点物ながら、一級の職人でさえ息を呑むほど精緻せいちな装飾。海外でも格別の人気を得ておりまして、芸術的価値は極めて高い。初めて実物を目にしたとき、私には、世界が塗り替わったようにさえ感じたものです」

 どこまでが本音なのか。役者のように身振り手振りで興奮を表す藤木は、確かに普段よりは高揚している風だった。

「最近は新作が出たという話もとんと聞かず、私どもの世界でも、一種の伝説と化しておりましたが。まったく、人生とは分からないものです」

 感慨深く語って、藤木は天井を見上げながら、深く長い息を吐いた。

 ああ、それは――

 ルージアは口を開きかけたが、そこから声が流れ出ることはなかった。

 ルージアが知る限りの聯は、そういった『普通の』仕事は受け付けていない。

 恐らく最後に手掛けたのは、聯の両親だったのだろう。

 だから(・・・)ここ数年の間、新作が出ることはなかったのだ。

 出るはずが、ないのだ。

「そういうことなら、まあいいが」

 一星が何を心配していたのか分からないが、どうやら杞憂きゆうに終わったらしい。

 一星は手にしていた竹刀袋をソファに立てかけてから、深く息を吐いた。

「ああ、一星お嬢様」

 藤木に突然名前を呼ばれ、一星は目を見開いていた。

 ルージアは気付いていたが。一星は今日これまで、藤木と顔を合わせようとしていなかったのだ。だからきっと、不意を打たれたように感じたのだろう。

「昨日、それから先日も、大変なご無礼をいたしました」

「な、にを。そうとも、何を今更に。貴様は――」

「誠に、申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる藤木を前に、一星は珍しく、狼狽うろたえたように表情を強張らせた。

「まあまあ、いいじゃないかねカズっちよぅ。そんな、謝ってる相手睨んでたって仕方ないゼ」

「……睨んでなどいない。ただ、私は」

 曲がりなりに、協力体制を敷くのだ。いつまでもいがみ合ったままでは話が続かない。それは、一星も分かっていることのはずだ。

 一星は、下唇を緩く噛む。

 武道のたしなみでもあるかのような、ぶれることのない藤木の頭部を見下ろして。

「私も、少し言葉が過ぎた。済まなかった」

 一星もまぶたを伏せ、ささやくように謝意を述べた。

 ルージアが思うに。躊躇ちゅうちょしているうちに先を越されたのが、一星は悔しかったのだ。

「ええ。ありがとうございます、一星お嬢様。今後はどうぞ、ご贔屓ひいきに」

 上体を戻して、藤木は言った。その顔面には、昨日と同じくわざとらしい笑顔を張り付いていた。

 確かに、藤木の言葉が本心かどうかは怪しいものだ。いや、十中八九リップサービスだろう。聞こえのいい世辞など、呼吸をするように言えなければ、商人としては三流だ。

 協調路線を取る相手との付き合い方は、彼の方も心得ているのだろう。本心を曲げて、下げたくない頭を下げて、仇敵と手を取り合うこともある。そんなことは、何も特別な話ではないのだ。

 彼はきっと、これまでそうやって生きてきて。これからもずっと、そうやってのし上がっていくのだろう。

 ルージアには、それが分かる。本当によく分かるから。

 未だ複雑な表情の一星はさておいて。ただ素直に、この二人が和解できたことが、嬉しかったのだ。




「ま、これでひとまず仲直りですナ」

 弾むように笑って、ルージアは一星の肩をペシペシと叩いた。

「いや、だが勘違いはするなよ。私は、これまでの全てを許した訳では――」

「はいはいツンデレツンデレ」

「……言葉の意味は分からないが、とにかく侮られていることだけは確かだな?」

 ルージアはお茶請けに出された饅頭を上機嫌に頬張り、緑茶をすすった。どちらも地元の土産売り場に置いてあるお馴染みの品だが、だからこそ地元民のルージアは口に入れたことはなかった。

 案外いけるな、今度ノアールにも食わせてやろう、などとルージアは画策している。もちろん、ノアールが甘味を好まないことは承知の上である。

「さてフジッキー。カズっちの晴れ舞台はどこでになるのかね?」

 じっくりと菓子を堪能したのち、ルージアがようやく本題を切り出した。

「館内に講演会場がございまして、そこを貸切にしております。先日と同様のロケーションです」

三改木みぞろぎセンセの居合演舞かね?」

 左様でございます、と藤木。

「昨夜美術館側に掛け合いましたところ、この後であれば予定は空いているとのことでしたので。急遽きゅうきょお借りした次第です。いや、お二人ともなかなかの幸運をお持ちでいらっしゃる」

「いやあ、それほどでもあるよ!」

 一星が不安そうな顔で見つめてきたので、ルージアは更にテンションを上げた。

「でだよ、フジッキー。こちらのリクエストは受けてもらえるんだね?」

「勿論でございます。『先日の演舞とまったく同じ状況』で、一星お嬢様に居合の実演をしていただきます。準備は着々と進んでおりますので、もうしばらくお待ちいただけますと」

 その言葉を聞いて、ルージアはほくそ笑み、一星は真剣な眼差しで頷いた。

「しかし、急なスケジュールだったっしょ。あんだけのお客、どうやってかき集めたん?」

「そこはそれ、プロである私どもの手腕と、一星お嬢様の実績がコラボレーション! ――すれば容易たやすいこと。数々の剣道大会にて優勝を収めてきた天才剣術少女『八剣 一星』の演舞! いかがです、この広告! 我々スタッフが徹夜で作り上げた力作ですよ」

 藤木が鞄から取り出したノートパソコンには、道着姿の一星がデカデカと掲載されていた。それも一枚ではなく、アイドルもかくやというほどに様々な角度、シチュエーションで撮影された写真が二十点あまり。この美術展のホームページらしいが、とても一晩のクオリティではない豪華さである。

「専属モデルかよ」

 などと突っ込みつつ、ルージアはしげしげと画面を眺めている。

 道着の襟を緩めながら汗を拭く姿は、同性でもドキッとするほど扇情的だ。いや、髪を結わえ直しているところを後ろから捉え、うなじが露出した一枚も捨てがたい。ひと回り以上歳上の門下生たちにげきを飛ばす、映画のワンシーンじみたものもある。総じて、男顔負けの凛々しさを含む、一星の魅力という魅力が余すことなく写り込んでいた。

「いや、いや待て、なんだこの写真は。なぜこんなものを貴様が」

一臣かずおみ様にお願いしたところ、二つ返事でゆずっていただけました」

 一星は絶句して項垂うなだれた。

 さしもの一星も恥じらっているのか。それとも、実兄による素晴らしい後方支援に歓喜して打ち震えているのか。

 一応、この件は八剣本家にも連絡して許可を得ている。それ故の協力だと思われるが、それにしても絶妙な画像が存在したものである。

「いやあ、できるオトコは仕事が早いネ!」

 ルージアは、自分にはよく分からなかった、ということにしておいた。

「お膳立ぜんだては上々ですナ。あとは当然、観客の期待に応える技を披露するだけ。いけるかい? カズっち」

「当然だ!」

 吹っ切るように声を張り上げ、一星は自分の両膝を殴った。

「だが、一つ注文を付けさせろ、藤木」

「は、なんでございましょう、お嬢様」

 一星はピッと人差し指を立て、パソコンのディスプレイを示した。

「演舞――舞を演じるのではない。我ら界代八剣流が見せるは武道にあらず、武術の系譜。遥か神代、この国に刀という概念が生まれたその時より伝わる、剣術のすい。即ち『演武』、武を演じるのだ。正しく認識し、文字を改めろ」

 うけたまわりました、と藤木は大きく頷き、備え付けの内線電話に手を伸ばした。

「容姿や物珍しさなどに吊られてのこのこやってくる蒙昧もうまいどもに、剣道ならざる『真の剣術』を見せてくれる。応とも、史上最強の八剣ここにありと、この地に知らしめてやろうではないか!」

 半ばヤケクソになっている一星を見、ルージアと藤木はこっそりと、良からぬ笑みを交差させたのだった。

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