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 どのような町でも例外はないが、ルージアたちが暮らすこの町において、最も栄えているのが駅周辺だ。

 一つしかない出口を抜ければ、郵便局と銀行の看板が目に入る。正面の交差点を抜け、しばらく行った先の川を渡れば、消防署なども建っている。さらに進めば総合病院だ。

 教育機関も集中している。駅から入り組んだ住宅地を南下していけば、公立の高校と中学校が並んでいる。小学校だけは離れていて、駅の北東方面にある。そちら側には博物館や動物園などもあり、課外学習に重宝されているらしい。

 都心部から離れている強みとして、各施設では敷地を広々と利用することができる。その最たるものとしては、野球ドーム二つ分以上の広さを誇る、北の運動公園だ。外周を回るサイクリングロードは美しい緑の景観が売りであるし、人工芝の広場ではドッグランなども設けられている。海はないが灯台じみた建物もそびえ立っており、これは周辺市街を見渡せる展望台だ。

 しかし、いずれにせよただっ広いだけで、専用施設としては小ぢんまりとしたものだ。主な利用者は地元民ばかりであり、わざわざこれらを目的として、県外から観光客がやってくることはあまりない。施設が集中しているだけあって駅周りは賑やかであるが、『比較的に』という表現に留まる程度である。駅から離れた田園地帯は閑散としたもので、特産のキャベツやトウモロコシなどが栽培されている。

 そんな穏やかな田舎町の中では、若者や女性がちょっとお茶に、と立ち寄れる場所も限られている。一応、点在するファミリーレストランがその役割を担っているのだが。どこかで見たことのあるチェーン店群では、需要が満たせているとは言いづらかった。

 何かといえば、おしゃれさが足りないのである。

 どこでもいいから自由に駄弁っていられる場所が欲しい、という利用者の大多数というのは、コーヒー一杯で一時間以上耐久可能な猛者たちばかりである。それはそれでなんら間違いはないのだが、賑やかであることと繁盛しているということはイコールではない。結果収益が伴わず、ありきたりで無難なサービスやメニューが居座ってしまう悪循環が発生している。

 そうではないのだ、とルージアは常々力説している。

 求められているのは、ついつい高価な甘味を頼んでしまうような雰囲気だ。そこにしかないという独自性があってこそ、ちょっと敷居が高くとも足を運んでしまう魅力に繋がるのだ。

 世間の流行を敏感に捉え、日々新鋭に挑むチャレンジ精神は、安定したチェーン店にはあり得ない特性だ。日進月歩の研究と創意工夫の果てに生まれる『初めての味』が、平穏の中に刺激を、停滞の中に推進力を与えてくれる。成長と発展を一時たりとも見逃せないという期待が、満たされない欲望を抱えた人々の渇きを癒すのである。

 ルージアと一星が訪れたカフェテリアも、そういった意欲的な店の一つだった。運動公園の駅寄り側の隣接地という、なかなか好条件の立地である。

 白を基調とした壁や調度品に、落ち着いた木目調タイル。シャビーシックという、使い込まれたようなエイジング加工が全体的に施され、静かな歓談にはもってこいの空気が流れている。

 席数はあまり多くはないが、椅子一つ一つのクッションにもこだわりが見られ、長時間座っていても苦はなさそうだ。とは言え、店の雰囲気からして品がいいからか、客側も同様に品性が高い。自分よりも長時間居座る客というものを、ルージアは見たことがない。

 壁際に置かれた棚には、マスターが実際に海外を渡り歩いて集めたという工芸品が並んでおり、特に多いのが、シックなドレスや民族衣装を身にまとった人形だった。

 不安定極まりない個人経営から始まり、知る人ぞ知る隠れ家という評価を経て、いよいよ第一線の人気店に名乗りを上げんとしているその店。それはルージア流に言えば(つまり周囲の同意は得られないのだが)、野球漫画みたいな喫茶店なのである。

「あかねちん、んちゃー! 席空いてる?」

「その呼び方はやめろって言ってんだろルージア、恥ずいんだから。こっち来な、ちょうど二席空いてるから」

 あかねと呼ばれたバイト風の少女が、カウンターから手招きをしてきた。

 やや赤みがかった癖の強い髪が、後頭部で緩く結わえられている。白目がちの瞳は、きりっとしたアイブロウと相まって勝気そうな印象だ。ノアールが真っ当に成長したらこうなるんだろうな、というのがルージアの評価で、つまるところ目つきが悪い。この人相を接客のバイトに採用するあたり、マスターの人の好さが見て取れる。

 背丈は女性にしては高い方で、同年代の男性さえ見下ろせそうだ。手足も長く、バレーボールの選手などによく見る体格である。筋肉もほどよくついていて気兼ねなさそうなので、いつか青空の下で肩車をしてもらいたい、というのがルージアの夢の一つだったりする。

 ラフな格好の上に黒いエプロン姿で、飲食店の店員らしく清潔な身なりだった。胸元には『月兎亭げっとてい』の店名と、黄色い月を背景に舌をちろりと出した白兎のマスコットキャラクターが描かれている。名前は『うさぺろちゃん』といって、ルージアも店頭でぬいぐるみを買うくらいにはお気に入りである。

 いつもと変わりないあかねに安心しつつ、ルージアは店内を進み始める。戸惑っている様子の一星の手を引いて、ずんずんとカウンター席へと向かっていく。

 一星の方はいつもの覇気がなく、ここまでの道中でも、口数は少なかった。刀剣展での出来事が、相当に堪えているらしかった。

「今度は妹ちゃんじゃないのね」

「いえす! お友達の一星ちゃんです!」

 ルージアに肩を叩かれると、一星は明らかに気乗りしなさそうな顔で、それでも礼儀正しく挨拶をした。

 一星の一礼は剣道家らしくきびきびとしたもので、あかねは引きつったような笑みを返した。見た目に反して帰宅部勢なので、体育会系のノリが合わないのだろう。

「えっと、柴村しむら あかねです。どうも」

 おずおずと会釈しながらも、あかねは慣れた手つきで、二つのガラスコップに水を注いだ。

「高校二年で、同年代の顔役で、今どき珍しくスケバンやってるんだって」

「やってないわよ! 顔役でもない! やってないからね!」

 えー、とルージアは楽しげに抗議の声を上げる。そして、その顔と性格で非ヤンキーは無理があるだろ、などと平然と言い放つ。

「姉さん姉さんってめっちゃ慕われてたじゃん。えっと、まなみちゃんとくるみちゃん?」

「そんなの、あの子たちが勝手に言ってるだけだって。ちょ、あんま変なこと言わないでくんない? ここ追い出されちゃったら、あたしもうバイトできる場所ないんだから」

 冗談ではないとあかねは訴えた。血色の良かった顔がぐんぐん青くなっていく。

 ごめんごめんと謝りながら、ルージアはメニューを受け取り、一星の前で開いて置いた。

「まったく。で、注文は? いつものやつ?」

「そ、ホットミルクで。あと、今日のケーキはなあに?」

「ミルクレープ。フルーツと新作ミックスクリームの六層サンド」

「それ! カズセっちもそれにしなな。ほっぺ落っこちるくらい美味しいよ!」

 ルージアに促され、ほとんど気圧されるような形で一星も注文した。コーヒーの類は飲めないのか、ルージアとまったく同じメニューである。

「マスター! うんと美味しいの、よろしくねぃ!」

 ルージアがぶんぶんと手を振った先で、厨房に立つマスターがにこりと笑った。あかねよりさらに上背の、非常に恰幅かっぷくの良い初老の男性だ。くるんとカールした髭とコック帽が異様に似合っている。

 パティシエになるために海外留学したり、バックパッカー経験もあったりと、かなりアクティブな人物らしい。それもノアールに掛かれば『謎の言語で話しかけてきたおっさん』という評価に落ちてしまうのだが。

「落ち込んだ時はさ、歯が溶けるくらい甘ぁいものを食べるのが一番さね」

 別の客に呼ばれてあかねが離れていくと、ルージアは囁くように、隣の一星に話しかけた。

「いいお店でショウ! 私のお気に入りなんだよ。お昼には少し早いから、今は空き気味だけどサ。ピークには人が並ぶくらいに人気あるんだから」

 一星が応えあぐねているのを見るなり、ルージアはさらに続けた。オーバーなくらいに陽気に、無邪気であどけない笑顔で。

 ビルに阻まれた日陰をも、照らしてしまおうとするかのように。

「ノアールの奴は前に連れてきたんだけど。甘すぎるのもイヤ苦いのもイヤだって、ようやっとカツサンド口に突っ込んでやったのな。そしたら黙っちゃって、よっぽど美味しかったんだろさ。相当なもんだよ、アイツが認める料理ってのは」

 私の料理には、いつも文句つけながら食べるんだから。

 そんな風に言って、ルージアは目を細めた。

「聯様も誘ってるんだけどさぁ、ぜーんぜんダメ。いつも『今度ね』って言って、いや今度っていつだよってハナシよ。ほんっとあの人ってば、余裕なくってイカンよな」

 余裕がない、と。

 昨日の今日である。その言葉に含まれた意図には、一星も気付いたことだろう。

「――ルージア」

 言いづらそうだ、とルージアは思って。だから「うん」とだけ返した。

 いつまででも待つつもりで。それこそ、一星の寿命が尽きるまででも。

 一星は、長く黒い睫毛まつげを落として、しばらくコップの中を見つめていた。

「すまなかった」

 五分ほどの沈黙を抜けて。一星は視線を上げないまま、小さくそう言った。

「酷いことを、言ってしまった」

「あー、うん、まあ」

 うるさいやら黙れやらなど、ルージアとしては言われ慣れた言葉だ。それを承知であの素行なのだから、謝られても困るというものである。

 いや、それを言うならば、むしろ。

 本心では疎ましく思っているのに、言葉にしないという方が、ルージアには堪えるのだ。

 喉元を掻きむしりたくなるほどに、心を乱してしまうのだ。

「気にしなんでよ。割と自覚はあったりするので」

「だが、私は――」

「辛かったんだろ」

 そんなときもあるさ。

 人間だもの。

 口ずさむように言って。ルージアは、一星の頭を優しく抱いた。

 さめざめと泣き沈む少女の顔は、ルージアの記憶の中にだけ――そっと、残された。

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