ヒメイ
今日,この日のために『鏡 怖い話』と検索した人は何人くらいいるのだろう。まあ,そんなことは関係ない。霊や死後の世界など所詮子供だましのつくり話と思っていた私がそれらを信じるきっかけとなった話をしよう。
あれは中学二年生,某県のスキー場での宿泊学習のことだ。クラスごとにペンションに泊まる。
気が強くいざとなれば頼りになるがすぐに調子に乗ってしまうのが玉に瑕なミナミ。
ミナミとは反対に怖がりで真面目だけど少し頑固なカナ。
そして私ミキ。
私達三人は小さい頃からずっと一緒にいる簡単な言葉では大親友だ。今回も無事に同室となった。
その部屋の壁には全身が映るくらいの大きな鏡が掛かっていた。
「お前は誰だ」
ふざけたミナミが鏡に言う。
『お前は誰だ』
その話を知っているだろうか。念のため話しておこう。
それはナチスが行ったとされている人体実験だ。鏡に向かって「お前は誰だ」と言い続ける。すると自分自身を認識できなくなり発狂してしまう。つまりゲシュタルト崩壊を起こすのだ。そしてそうなってしまった人間は当たり前だが正常な生活は出来なくなる。
話を戻そう。
「お前は誰だ」
ふざけたミナミが鏡に言う。
「やめなよー」
「いやー,だってさここ雰囲気あるじゃん」
「やめてよ。マジで怖いって」
鏡に背を向けコンパクトで髪を整えていたカナも言う。
「ごめん,ごめんって。カナの怖がりー」
笑いながら鏡に視線を戻したミナミから表情が消える。
「あんた誰」
いつものふざけているのとは明らかに声のトーンが違う。異常を感じた私とカナもつられて鏡を見る,と同時に
「きゃー」
カナが叫んで部屋を飛び出す。私もカナの後を追って部屋を出る。私は,私達は見てしまった。鏡に中でニタニタ笑っている女を。その女が鏡から出てこようとしているところを。
「いやー」
部屋の方から叫び声がした。ミナミの声だ。逃げていた足を止め部屋へと走る。
そこで私達が見たのはあの女がミナミを鏡の中へ引き摺り込もうとしているところだ。私とカナ,そして私達の悲鳴を聞いて駆けつけた担任の三人でミナミを引っ張る。しかし女の力は強くミナミは完全に鏡に入ってしまった。ミナミは必死に鏡の中からこちらを叩きながら何かを叫んでいる。しかしこちらには何も聞こえない。ミナミの後ろでは女が相変わらず気味の悪い笑みを浮かべている。
次の瞬間,合わせ鏡となっていたカナのコンパクトから複数の笑い声がした。反射的にコンパクトを閉じる,と同時に電気が消えて真っ暗になる。
「いやー」
誰のか分からない悲鳴が響く,が二秒もしないうちに再び明かりはついた。目の前の鏡には青い顔をした二人の少女が映っているだけでほんの一瞬でミナミもあの女もいなくなってしまった。
担任は自分の部屋に私とカナを入れ,このことは誰にも話さないように言った後,どこかに電話をしていた。
この後,宿泊学習は中止。ミナミは雪山で遭難した,ということになった。
当然警察にも届けたが見つかっていない。
あの日から三カ月。私たちは三年生となっていた。あの日以来私は鏡を避けて生活するようになった。カナとも疎遠になった。
ただカナは最近明らかに変わってしまった。持ち物や髪形がカナも趣味とは明らかに違う。流石に変なので話しかける。カナが言うには
『鏡に一瞬だけ映った自分がとても可愛く見えた。意識している時ではなく目の端で見た時だけ。最初は見間違えかと思ったけどそんなことはなかった。確かに自分なんだけど細かい所が少し違うんだ。鏡が私に教えてくれているんだ。今日,完成しそうなんだ』
と。そう話してくれたカナの言葉は滅茶苦茶でその目は虚ろだった。
何か嫌な予感がしてカナについて帰った。
「これで最後」
そう言いながら口紅を塗って鏡にその姿を映す,と同時にカナは倒れた。
「カナ!」
私は駆け寄ろうとしたが体が動かない。そこに倒れているのはカナの姿をしているが別の何かな気がして…
「カワレタ・カワレタ・ヤットカワレタ」
カナの方から無機質な声がし,部屋に気味の悪い声が響く。鏡を見るとカナが,私の知っているカナが必死にこちらを何かを叫びながら叩いている。ミナミの時と同じだ。
「わー」
もう怖くて,怖くて声にならない声をあげ逃げた。
この短期間で私は大切な親友を二人も失った。もう私は鏡を見ていない。鏡を見た時には私もそちらの世界に引き摺られそうで…
最近では窓ガラスや水面に私が映るのを見ることでさえ怖い。明日,そこから迎えが来るかもしれない。あるいはもっと先かもしれないが確実に私はこちら側の世界では死ねない。そんな気がする。
ところで,キミコ,私だよな。私ってあたしですよね。
あれからさらに数カ月。あたしはずっとひとりぼっち。うっかり窓ガラスを見てしまう。そこに映ったあたしはあたしだけど私じゃない。あたしのふりをしている何かから目が離せない。ずっと見ていると気が狂いそうだ。でも背けられない。あたしでない私から。
彼女の口が動く。聞こえないが何かを言いニタッと笑う。こちらに手を伸ばしてくる。その手を払おうとあたしも手を上げる。
気が付けば私は空の上。下には血まみれのあたしがいる。そこにガラスはなく転落死。
彼女の最後の言葉が頭に流れる。カナーいや,カナのふりをした何かの声で
「バイバイミキ。永遠に」
そっか私はミキだった。




