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弱気な私の弱気な恋  作者: 黒田 容子
9/11

片思いの終焉

「そろそろ、抑えるのが苦しくなってきた。」

俺の勘違いじゃないなら…もう素直になりたい。切なく呟く男の人の声に、胸がキリキリと絞られた。


「もっと早く言うべきでした…ずっと まえから好きです。」

先生のはっきりした声が広がった。


この空間の緊張が、私の喉の奥をひきつらせる。声を絞らせるけど、枯れるままなので、震える手で先生の胸板に手を伸ばした。ぶるぶると震え迷い、途中で躊躇し、何とか腕にしがみつく。

あったかい腕…と感じた頃、すぐに抱き寄せらせて、ぬくもりにくるまれた。


私の口許に先生の指が触れた。

「じん、が名前。俺の、ね。」

唇に痺れるような感覚が走った。

「じん、先生…」

先生が僅かに笑った。

「あ、あの。」

優しくて穏やかで、懐深い人だとは思ってたけど… いきなり男らしい色気が増してきて、言い掛けた言葉は フェードアウトしていく。

「さすがに、初めてのキスが、ここなのは俺は嫌だ。」

ふっ、と笑った先生の顔が、直視出来ないほど カッコよくて 緊張させられちゃって…慌てて下をむいた。


「もし連絡くれるなら」

先生が、不意に片腕を伸ばして、そばの棚から何かを取り出した。


渡されたのは、小さなカード…名刺?


医院の名前ともに「医院長 加藤かとう じん」と印刷された名刺が渡され、裏面を見るように促された。

そこには、男らしくも読みやすい綺麗な字でケータイの電話番号が手書きで足されている。


…先生、バランスの取れた男らしい字を書くんだ…見とれていたときだった。


「次、名前で呼んだら 手を出す。」


電話番号に気を取られていた頭上におりてきた…どきっとする声。さりげなく聞かせておいて、冗談とは思えない本気の声に、身体がピクッと固まった。

まるで、それは…遊びじゃないと暗に言われたような響きを含んでいて。


「その時は、頂く。」


なにを、とは聞けない圧が掛かった。きっと…キスだけでは済まないだろう…大人の誘い。


「は、はい。」

なんとか言葉が紡げてほっとしたのもつかの間。

「今週の金曜日、空いてるよ?」

「えっ、あ、よ、予約?」

それとも、先生個人が?と野暮すぎる一言をいいかけて言い掛けて引っ込める。…きっと、彼女とか 身内にはこんな表情するんだ… じっくり私をみる笑顔が、甘い。

「どちらでも?」

試すような顔もせず、ただただ甘い。

「じゃあ、20:00に…」

離れたところにある鉢植えの緑を見ながら息を飲んで、覚悟を決めた。

言っちゃえ、私!言ってしまうんだ!


「仁、先生。」


覚悟を決めたんだ。このまま 一息に続けるんだ。

「会って、くれませんか…?」

名前で呼んだ!名前で呼んだよ!それに、デート誘ったよ!

初めて意図して呼んだ先生の名前。

顔を上げるつもりが、すぐにまた抱きすくめられた。


「…分かった。楽しみに待っている…」

きゅっと背中に先生の体温が感じる。自分の心臓の音が煩すぎて、意識もなんだか分かんなくなってるけど、耳に先生の低くて柔らかく響く声が流れ込んできた時は、今度こそ身体全部どころか、脳までが痺れるような気がして。


「ゆ、ゆうこ?」

先生が苦笑し始めたのは…私の片思いの終焉。


…恋なんて ずっと苦くて くるしい…って思ってた。

でも、踏み出してみれば それはそれで 別な…新しい世界


そんなことを 頭の片隅で思った。


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