片思いの終焉
「そろそろ、抑えるのが苦しくなってきた。」
俺の勘違いじゃないなら…もう素直になりたい。切なく呟く男の人の声に、胸がキリキリと絞られた。
「もっと早く言うべきでした…ずっと まえから好きです。」
先生のはっきりした声が広がった。
この空間の緊張が、私の喉の奥をひきつらせる。声を絞らせるけど、枯れるままなので、震える手で先生の胸板に手を伸ばした。ぶるぶると震え迷い、途中で躊躇し、何とか腕にしがみつく。
あったかい腕…と感じた頃、すぐに抱き寄せらせて、ぬくもりにくるまれた。
私の口許に先生の指が触れた。
「じん、が名前。俺の、ね。」
唇に痺れるような感覚が走った。
「じん、先生…」
先生が僅かに笑った。
「あ、あの。」
優しくて穏やかで、懐深い人だとは思ってたけど… いきなり男らしい色気が増してきて、言い掛けた言葉は フェードアウトしていく。
「さすがに、初めてのキスが、ここなのは俺は嫌だ。」
ふっ、と笑った先生の顔が、直視出来ないほど カッコよくて 緊張させられちゃって…慌てて下をむいた。
「もし連絡くれるなら」
先生が、不意に片腕を伸ばして、そばの棚から何かを取り出した。
渡されたのは、小さなカード…名刺?
医院の名前ともに「医院長 加藤 仁」と印刷された名刺が渡され、裏面を見るように促された。
そこには、男らしくも読みやすい綺麗な字でケータイの電話番号が手書きで足されている。
…先生、バランスの取れた男らしい字を書くんだ…見とれていたときだった。
「次、名前で呼んだら 手を出す。」
電話番号に気を取られていた頭上におりてきた…どきっとする声。さりげなく聞かせておいて、冗談とは思えない本気の声に、身体がピクッと固まった。
まるで、それは…遊びじゃないと暗に言われたような響きを含んでいて。
「その時は、頂く。」
なにを、とは聞けない圧が掛かった。きっと…キスだけでは済まないだろう…大人の誘い。
「は、はい。」
なんとか言葉が紡げてほっとしたのもつかの間。
「今週の金曜日、空いてるよ?」
「えっ、あ、よ、予約?」
それとも、先生個人が?と野暮すぎる一言をいいかけて言い掛けて引っ込める。…きっと、彼女とか 身内にはこんな表情するんだ… じっくり私をみる笑顔が、甘い。
「どちらでも?」
試すような顔もせず、ただただ甘い。
「じゃあ、20:00に…」
離れたところにある鉢植えの緑を見ながら息を飲んで、覚悟を決めた。
言っちゃえ、私!言ってしまうんだ!
「仁、先生。」
覚悟を決めたんだ。このまま 一息に続けるんだ。
「会って、くれませんか…?」
名前で呼んだ!名前で呼んだよ!それに、デート誘ったよ!
初めて意図して呼んだ先生の名前。
顔を上げるつもりが、すぐにまた抱きすくめられた。
「…分かった。楽しみに待っている…」
きゅっと背中に先生の体温が感じる。自分の心臓の音が煩すぎて、意識もなんだか分かんなくなってるけど、耳に先生の低くて柔らかく響く声が流れ込んできた時は、今度こそ身体全部どころか、脳までが痺れるような気がして。
「ゆ、ゆうこ?」
先生が苦笑し始めたのは…私の片思いの終焉。
…恋なんて ずっと苦くて くるしい…って思ってた。
でも、踏み出してみれば それはそれで 別な…新しい世界
そんなことを 頭の片隅で思った。