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弱気な私の弱気な恋  作者: 黒田 容子
5/11

二度とないかもしれないけど、言うのは自由だから

 休みの日だったけど…出勤になった。

 土曜日の個人面談が出来る先生が足りなくて…急遽出勤。

 今は、その帰り道。


 接骨院いいんちょうせんせいに向かう足取りは、6日目勤務とあって、恐ろしい程重たい。


 接骨院なのに、何で…3階なんだろう…

 足腰悪いお年寄りとか 大変だろうに…と お年寄りでもないはずの自分は 雑居ビルをよろよろと昇った。

 

 そんな途中だった、どこからか ピアノの音が聞こえてきた。

 しかも、私が好きなテレビ番組の挿入歌…


 月に1回しか放送されない番組なの。

 どんなにネットで調べても、サウンドトラックCDが発売されている気配はなく、いつも記憶を再生して歌っていた。


 …CD、売っていたんだ…

 階段を昇る脚が元気になる。もし、接骨院で流れてるなら 先生方に頼んで 売っている場所を聞こう…

 ドアを開けると、一段と音が大きく聞こえた…のも束の間、音は止んでしまった。


 奥から聞き慣れた足音…ゆったりとした歩幅のしっかりした音

「高見沢さん、こんにちわ」

 医院長先生が 奥から出てきた。

 あれ、他に先生…いないのかしら…?キョロキョロする私を見て先生がいう。

「皆、昼休憩に出したんですよ。

 今日は予約が少なかったから、皆、昼を長めに取ってきていいよと送り出してました。」


 あ…そういうことなんだ… 医院長先生って優しい。


 あ、そうそう。

「先生、さっきまで掛けてた音楽、テレビ番組の挿入歌に起用されてますよね、サントラCDってどこで買えましたか??」

「サントラ?CD?ああ、あれね。…ごめんなさい、僕が今 ピアノで弾いてただけです。」

 え?先生が?


「高見沢さんも、あの番組見てるんですね…

 誰も知らないと思ってました。」


 医院長先生は、医院の奥まで歩くと、私を手招きした。

 そこは、先生方しか入らないエリア…皆さんの私物が並ぶロッカーへの仕切りカーテンを僅かに上げて「ほら」と指を指してみせた。


 そこには、保育園でも使うような本格的な電子ピアノ。

 壁には 防音のヘッドフォンが掛けられていた。


「たまには、ベッドフォン無しで思いっきり弾きたかったけど、聞かれちゃったみたいで。」

 医院長先生が、開き直った笑い方をするから。

「予約時間、ずらしてもいいので、思いっきり弾いててもいいですよ??

 …出来たら、また…同じ曲聞きたいんですけど。」


 ちゃっかりリクエストとかしちゃってる自分がいる…

 そんな図々しい性格してなかったはずなんだけど、私。


 今の私、どこかで違う自分が顔を出してる。

 好きで苦しいはずなのに、ね?

 何故か可愛い声が出てたり、

 素直にオネダリする自分が存在しているなんて、初めて知った。


 医院長先生って、不思議な人… 私を自然体にしてくれる…

 

「あの…番組、知っているんですね。

 普段の日曜日は、違う番組なのに、最終日曜日だけあの番組やるんですよね」

 番組名を言うと、医院長先生は 嬉しそうに笑った。

「僕も、番組と曲が凄く気に入って、サントラCDとか探したんですよ…

 探してもなくて、結局 耳コピです。」


 先生が「他の…にはナイショね?」と言うと、おもむろに弾き始めた。


  LaLaLa、LaLa~LaLa、

  La~La LaLaLaLa、LaLa


 そうそう、この曲…!

 流れるような 弾むような。


 日本の古き良き山里に囲まれた、のどかで豊かな自然が 風にそよぐような曲。

 愉快で陽気で、底無しの穏やかさと元気を持つ尼さんたちのスローライフを綴ったドキュメンタリー番組が、脳裏を駆け巡る。


 医院長先生、このピアノの腕前…セミプロ級かも。

 普通、突然のリクエストには、こんなに指は自在に動かない。

 それに何年も子供の頃から弾き続けないと、耳だけでこんなに速い上に和音が続く曲は覚えられない。


「先生、凄いですね…!」

 きちんとしたピアノ教室に通って何年も練習した技量だと思う…保育園の先生方にも、上手な人はいるけど、先生のピアノは、きちんと基礎を積んだ上での弾き方だった。


 この人は一体… どんな育ちをして、接骨院の医院長先生にまでなったんだろう…

 てっきり、結構いい体格してるから、体育大とか卒業して何かの資格もって…とかだと思ってたのに。

 絵が上手かったり、ピアノが上手かったり。


「ありがとうございます。…思いっきり弾かせて頂いたのはこちらなので、お礼をいうのは僕の方なんですけど。」

 医院長先生が、不意に席をずらした。

「『ゆうこ先生』も、何か弾いて下さい」

 ニヤニヤっと笑う顔が、憎めない。

「医院長先生に比べたら、子供相手の童謡しか弾けないですよ?あ、そうだ…先生…」

 これを咄嗟に思い付いた自分を誉めてあげたい。そして、保育士としてピアノを練習しておいて良かったと思う。

「先生、何か連弾しませんか?『猫踏んじゃった』とか『ドレミの歌』とか」

 医院先生のあの腕前なら、きっと知ってる。

「いいですね、『ドレミの歌』やりましょうか。」

 言うなり、医院長先生は 「せーの」と小さく言うと、先に弾き始めた…そっち、難しい方のパートだけど…じゃあお言葉に甘えて…


 医院長先生が絶対的に上手なのは分かっている。

 なので、自分は主旋律を間違えないように慎重に弾き続けた。音さえ外さなければ…先生が上手にリードしてくれるはず。


 あの有名なサビを難なく過ぎ、繊細で重厚な和音が続く間奏を走り抜け、2番に何の危なげもなく曲は進んでいく。


 間違えたらどうしよう、横目を見る余裕なんて無かった。

 けど、先生は僅かに笑っているような気がした。そして…見守られてる気も。

 どきどきしちゃうじゃない、

 何だか感じてしまう…二人の一体感。


 私…先生と 連弾きょうどうさぎょうしてる

 確かに、ピッタリの息で。

 いや、本当は 上手にリードしてもらってるだけだけど、医院長先生が私を信じて引っ張ってくれてる。


 それが、たまらなく 心地いい。

 こんな頼もしい人に委ねられるなんて、凄く気分がいい。



曲がクライマックスを迎えた。

互いの指が同時に鍵盤を叩く。

電子ピアノに グランドピアノ程の余韻は出せないけど、私と医院長先生の間には、一緒に弾き切った達成感が漂った。


「久しぶりに、連弾やりました。…子供の頃以来ですよ。」

笑いながら先生が立ち上がって、手を差しのべられた。

楽しかったです。ありがとうございました。」

 心底、嬉しそうで…そして まっさらに素直な笑顔。眩しくて…好きな人が私をみて微笑んでくれるなんて ドキドキする。


「流石に遊び過ぎました…他のスタッフたちに言われますね。」

そんなこと言いながら、ちっとも悪びれた様子なんかない。


きっと…一緒に弾いてくれる事なんて二度とないかもしれないけど…言わずには居られなかった。


「また弾きたいって、思いました、私も。」


二度とないかもしれない。

けど…言うのは…きっと…自由だから…

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