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弱気な私の弱気な恋  作者: 黒田 容子
2/11

たったそんな事でも、嬉しいの

 好きで苦しいのに、明らかに嫌われてないうちは…通っていたい。

 そんな事を思い始めたのは、いつ頃だったかな…




 医院長先生に助けて貰って以来、週1か2週に1回かのペースで 先生の元に通っている。


 好きで苦しいのに「今日もお疲れ様でした。」労るように話し掛けられると やっぱり嬉しい。

 穏やかな物腰、優しい話し方、温かい手のひら…施術ベッドへ促され、倒れ込むようにベッドへ身体を沈めると、医院長先生は、背筋を指で辿りながら見立てが始める。


「高見澤さん、今 お身体診させて頂きましたが、

 前回診させて頂いたまでの間で、何か…細かい作業されましたか?

 宜しければ、首と目の疲れ取る処置から始めますが…?」


 先生のマッサージは、ゆっくり話し掛けられるの、いつも。

 優しくて穏やかで、でも、男の人なんだなって思わせる強さもあって…とっても落ち着く。


 腕…いいんだと思う。

 今みたいに、触るだけで 分かってくれる見立ての凄さに加えて、

 激しく押したり、揉んだりしてないのに、途中から ぽかぽかと身体が温かくなっている。

 気が付くと汗をかいて、そのまま むくみが取れているのか、翌日は少し痩せてる、と思う。


 このまま…痩せたまま体型維持すればいいのにな、とか いつも思っちゃう。美人でも可愛いでもない私は 好きになっちゃっただけに、すごく苦しくて。


 どうすれば、自信…持てるんだろう。自分に。

 どうすれば、緊張しないで先生と話せるんだろう。

 どうすれば、いいんだろう…


「高見澤さん、こちらで以上になります。」

 ああ、終わった…ホッとする反面、でもまた次の予約までが遠いんだろうなと思うと苦しくなる。


 なにも知らない医院長先生は

「…ご無理なさらないで、って僕が言っても お仕事柄難しいと思います。

 痛めたと思ったら、遠慮なくまた来て下さい。空いてる隙間をご案内しますから。」

 私の背中を押して、日常生活へ戻していく。


 私なんか、患者の一人でしかなくて、きっと患者さん皆に言っている台詞なんだろうけど。

 その言葉にどんなに励まされ支えられて…でも、切なくさせているか。


 次は…いつ予約を取ろう…

 医院長先生が、好き…その感情をなんとか今回も抑えられたことにホッとしつつ、私はカウンターへ戻った。お会計と予約を取りに。




 そんなある日の事。

 受け持っているクラスの子供たちとお散歩で向かった公園で、園児の相手をしていた時だった。


「ねえねえ、せんせー!あれ 『どうぎょーしゃー』?」

 同じく散歩に来ていた他の保育園を指して言う。


 何で2歳の口から「同業者」なんて言葉が出るんだろう…親か!お母さま、変な言葉をお子さんに吹き込みましたね!


 2歳ともなると、段々と言葉が喋れるようになってくる。

 ご家庭で聞こえる会話をそっくり覚えて、我々 保育士に披露する子どもたちを見ていると、家の空気間が手に取るように判る反面…利口な子は、我々保育士の会話もしっかり覚えている。


 気が全く抜けない…


「ほ、ほかの園のお友達だね。こんにちわーって挨拶しようねー?」

「ふーん、そうなんだー。なるほどねー。そーいうことー?」


 うっ!!!

 何この!棒読みの返事!!!


 誰が犯人か、なんてもんじゃない。

 我々が、口やかましい彼ら彼女たちの会話を いつもこうやって、聞き流してきたか。

 全く隠せないまでの丸わかりだ。


 冷や汗をかきながら、でもやっぱり今回も聞き流す。

 はあ。

 どうすればいいんだろう

 …残念ながら、頭のいい子ほど、大人の言動を覚えてるんだよね…


 この前なんか、衝撃だった。

 先輩に怒られていたのを、私…みられたの。で、見ていた子が、後日、叱っていた時、今度は彼女自身が

「わたし、知りませんでしゅ。分からないでしゅ…」って切り返してきた。


 トドメは後日。

 その子の連絡帳におかあさまから

「『わたし、知りませでしゅ。分からないでしゅ…』ってパパに言ってました。

 ちなみに、パパがメロメロに折れてました。」

 しっかり悪用してる旨が書かれていた。


 はあ、どんな時も気を抜けない保育士…

 現実は…楽じゃない…


 ふと、現実逃避で眺めた視界の先に、子供たちが集まっている。

 …だんこむしの集団でも見付けた?それともアリの巣?

 お願いだから 泥んこだけは勘弁してね… 保護者への謝罪と下洗いの手間を想像して、思わず身震い。


 物思いにふける暇も与えてくれない、今の保育士の生活。

 忙殺される通常業務の中で、ただただ 負の感情だけが山積みになっていく毎日。

 いつか…いつか…押し潰されそう。


 でも、子どもたちは 待ってくれなくて。

「急がないと!」見えない保護者の苛立ち、先輩たちの非難が透けてみえたから…慌てて子供達の輪に駆け寄った。うっ、立ち眩み!前が見えない!


「じょうずー!

 歓声が上がった。


 段々戻る視野に、今度こそ急いで駆け寄ると子供の輪の中心には「医院長先生?」

 知っている顔がいた。


 …ん?と顔を上げる顔が無防備で可愛い…とか思ったりして。

 そして、ちゃっかり 女の子二人が医院長先生の膝に乗っていた。

 なんとも、ほのぼのした風景に「降りようね?」と言うべきが「お膝、良いね」とつい言ってしまった。


 子供たちに囲まれて、ほのぼのしてる姿は 森の動物に囲まれて集うメルヘンの主人公か宗教画のワンシーンみたい。


「医院長先生、こんにちは」

 改めて挨拶した。

 休みの日なのか、ジーンズにTシャツ姿。草の上で、手もとのスケッチブックへ、アニメのキャラクターや乗り物、動物を描いていた。


 あら…なかなかのクオリティ。

 現役保育士だけど、習いたいくらい。お便りで使えそうなイラストが沢山かいてある。


 それは、普段から書き慣れているのがすぐに分かる出来映え。

 リアルな描写もあれば、

 ほんわかしたタッチの描写もあって。

 そして、子供たちからのリクエストにもはやい。


「ああ、高見澤…先生。こんにちわ」

 笑顔を見せる先生にドキっとする。相変わらず、子供番組の体操のお兄さんに見えなくもない爽やかさ。


 …あれ?いま、「先生」って言った?

 私の仕事、「保育士」って…覚えててくれてる…?


 私に漂う雰囲気を変に察したのか。

「かれしー?」「いけめんー」

 女の子たちが、キャッキャしている。

「どーぎょーしゃー?」

 かたや 聞こえてくる声もあったけど、今は全部無視。


 医院長先生が ごくごく極めて自然に答えた。

「ゆうこ先生のお友達だよ」


 …ゆうこって言った!私の名前…ちゃんと知ってるんだ!!!

 嬉しくて でも 子供たちの前だから恥ずかしくて。一気に体温が上がっている。


 私…医院長先生の記憶に存在出来ていたんですね。

 嬉しい、すごく…嬉しい…


 子供たちが素直に反応する。

「なーんだー」

「ふーん、そうなんだー。なるほどねー。そーいうことー?」

 約1名 知った風にいうのがいるけど、今は無視。


 医院長先生が動じることなく受け流して切り出した。

「みんな、お散歩は何時で終わるの? あと一人なら 描いてあげる時間ぐらいはあるのかな?」

 返事をする前に、男の子が手を上げた。

「なりかたえくれーぷす、描いて!」

「なりかた…、えくれーぷ?」

 怪訝な顔をする医院長先生に助け船を出した。

「あ、多分、成田エキスプレスです。」

 成田空港に行く専用電車だよね

「ああ、成田エキスプレスね。白と赤と黒だった気がする。

 兄の子供が電車好きなので…この前見た記憶だと…」

 医院長先生は、口では考えてるふりをしながら、手元は あっという間に それっぽい電車が描き始め、色鉛筆で仕上げ始めた。


 …凄い上手。

 すぐに

「なりかたえくれーぷす、だよ!先生、これ、なりかたえくれーぷす!」

 小さな依頼主が嬉しそうに歓声を上げた。

 すかさず 次、ぼく!次、わたし! 声が上がったけど、医院長先生は

「はい、おしまい。また、会ったらね」

 と優しく、でも毅然とスケッチブックを閉じた。


 慣れてる…子供の扱いに慣れてる…

 一瞬、咄嗟に 左手薬指をみて「(指輪は付けてない…)」確認している私がいる。純粋に子供好きな人なんだ…

 

「さあ、皆 お散歩終わりの時間みたいだ。

 ゆうこ先生を困らせる人は誰かな??」

 

 また聞こえた『ゆうこ先生』にドキッとする。

 お願い…子供たち、気が付かないで… ますます好きになっちゃう瞬間に居合わせてる子供たちだけれど。

 うまい具合に気付かれていないのか、一斉に顔を見合せ始めた時だった。


「きおく ございましぇん!いかんのい!!!」

 叫んだ男の子が一人…


 またお前かーっ!!

 遠くで、違う保育園の散歩中の保育士まで笑っている。


 ちなみに、後日、「きおく、ございましぇん!」は2才児クラスで大流行し… 保護者から「都合が悪くなると、連呼するようになりました。」「何か咎めると、反論してきます。どこで覚えたんでしょうか?園ですよね?」


 連絡帳へ書き込む返事に困ったのは言うまでもない。

 もーいやっ!!!


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