6話 女の子
レモンちゃんは飛ぶ事はまだ苦手そうには見えるものの、自然に鳥小屋の一員としてとけ込んでいるようだった。それを見て二人とも胸を撫で下ろしながら夏休みを迎えた。
9月に入れば世代交代が有り、新人戦もやって来る。それに向けてそれぞれが部活で忙しく、そこでの友達がいて、毎日を忙しく過ごしていた。
だから彼の事は音楽室の方向から流れて来る音色だけでしか、気配を感じる事が出来なかった。
そんなお盆も近づいたある日の夕方、みのりの家の電話が鳴った。
『明後日、暇?』
ナッツの慌ただしい声。
「うん、暇だけど。」
家の掃除に余念の無い義理の母親を見ながらそう答えていた。
『じゃぁお昼、1時に市営プールで。水着と帽子、忘れないでよ。』
つまり、プールへのお誘いだ。
「あっちょっと待ってよ。」
みのりはスクール水着しか持っていないのだ。それも胸元には大きな白い布で
“ 横山 ”
なんて書いてある代物だった。市営プールとはいえ、さすがにこの歳でそれは恥ずかしい。
「あたし、スク水しか無いよう。」
そんな彼女に
『じゃぁ、あたしの水着で良かったら貸したげる。昔スイミングスクールで使ってた競泳用だけど、どう?』
なんて言われ、きちんとした競泳用だったらいいかもなって思えて。
「借りても良いの?汚くない?」
『大丈夫よ。私いつも下にスイミングショーツはいてるから。』
その笑い声に、軽い気持ちで乗っていた。
「助かる〜。じゃあ、行くね。」
市営プールなんて、小学校以来の事だった。
「そうこなくっちゃぁ。そうそう、お手入れ、忘れちゃ駄目だぞ〜。」
そう言われ、彼女はそうだってはっと気がついた。部活ではTシャツだし、これまであまり気にしていなかったのだけれど、生理が順調になり始めてから、自分の体がぐっと女に近づいて来たって言う自覚は有った。
「忘れてた・・・・。」
みのりはうろたえ、電話口を手で覆った。
「ねぇ、どうすればいい?」
だいたいの見当はついて入るものの、何だかよくは分からなくって。カミソリを使うって事は聞くけれど、自分がするのはかなり怖かった。
『あたしはカミソリ使ってるよ。』
ナッツも小声で返事をした。
「あたし、初めてなんだけど、怖くないの?」
『大丈夫。T字カミソリってのが有ってね、石けんつけて、それで撫でる様にやれば怖くないから。』
「T字かみそり、ね?」
『そう、T字。』
「でも、本当に大丈夫?」
『大丈夫だって。あたしも初めて時は怖かったけど、慣れると気持ち良いよ。反対に病み付きになって、他のとこまでやっちゃう事あるぐらいだし。』
二人は奇妙な話しで盛り上がった。何しろ、思春期。分からない事ばかりで、でも知りたい事ばかりだったから。
その夕方、みのりはドキドキしながらいつも行くスーパーより1つ向こうの店まで足を運んだ。もちろん買うのはシェイバーだ。
「種類、有り過ぎ。」
そこには10種類近い
“女性用”
が列んでいて、何だかくらくらした。紙のパッケージにはスタイルのいいお姉さんがビキニを着て笑っていたり、バレリーナみたいな足がきれいに組まれ椅子に座っていたりした。何だか
“こういう人がする事で、中学生の自分には早いんじゃない?”
そんな錯覚を覚えた。それでも明後日。やっぱりお手入れをしていなくって、プールサイドで恥をかくのは嫌だったから。二番目に安いカミソリを、先にかごに入れていたレモンと生クリームとポテチの間に押し込んだ。
次の日、彼女はレモンパイを焼いた。お盆が近い所為かもしれない。時々どうしても作りたくなるときが有るのだ。
父親には作っている事を知られて欲しくなかった。それに、もしかしたら新しい母さんには嫌みかもしれない、そう思って滅多に作る事はなく、でも作らないでいると忘れそうで不安もあり。かといってこういうものを一人で食べる事ほど虚しい事は無く。だからせっかく
“食べてくれる人”
がいる明日と言う日は、みのりにとってはラッキーな日だった。
季節が季節だったので、パイ生地は冷凍で済ませた。その代わり、レモン入りのカスタードクリームとメレンゲには気を使い、木目を整え、これ以上無いって位丁寧に仕上げた。
「いいにおいがするわね。」
義理の母は彼女の手元を覗いた。
「お裾分け、もらえるのかしら。」
「駄目です〜。」
二人の中は以外と良いのだった。
「でも、美味く出来そう。」
みのりは残っていたカスタードクリームを彼女に差し出した。
「うん、美味しいわ。」
その人は指先をオッケーの印に丸めた。
「これだったらパティシエにもなれるから。」
「まっさかぁ。」
そう言われ、まんざらでもないみのりだった。
つづく