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5話 レモンちゃん

 仲良し4人組はそれからも変わらず程よい距離で遊んでいた。でも、毎朝7:10からの20分間だけは少し違っていて。約束するでも無しに落ち合う誰もいない校舎の一番外れ、用務員室前。

「あいつらには言わないでおかない?」

それはやっちゃんから言い出した言葉だった。

「変に騒いで鳥が落ち着かなくなったら可哀相だから。」

と。

 さすがに中学ともなると友達と連れ立って登校する事も少なくなり、その事が二人には幸いし、誰にも勘ぐられる事無く部屋に入り込む。それから

「お早う。」

いつも話しかけるのは彼女の方からだった。

「今日は雨が降るらしいよ。」

一瞬の事とはいえ、彼と二人っきりだって言う状況にみのりは緊張し、毎回

“お天気”

の話しを振って様子を伺った。彼は笑って答える。その事にいつもほっと胸を撫で下ろしていた。ああ、今日もいつもと同じ彼だって。こんな風にひそひそしていて、どこかやましい気持ちが有って、何となくバランスを崩しそうで怖かったのだ。

 小鳥は少しずつ回復している様に見えた。その子が暮らすのは小さな段ボール箱。

「お早う、レモンちゃん」

しゃがみ込み覗くと、膨らんでいたタオルがもぞもぞと動き、

“ちぃっ”

可愛い声が挨拶を返した。彼女が手を差し出すと、その小さなくちばしであまあまと突つかれた。

「今日も元気だね。」

それから掌でそっと包み小鳥を持ち上げた。

「お顔もきれいですよ。良くなって来てるね。」

“ちぃっ”

まるで人間の言葉がわかるようだった。

 小鳥の名前は

“レモン”

とつけた。二人で決めたと言うのは正確ではなく、みのりが勝手にそう呼び始めただけだったのだが。

『名前つけてあげないと。』

そう言って彼に相談するでも無く、

『首の下が黄色くてレモンみたいな形してるからレモンちゃんでどお?』

なんて。やっちゃんは何も言わず笑っているだけだった。

 それでも小鳥が

“レモン”

と言う響きに反応する様になっている事を二人は僅かながら感じていた。

 最初の頃、朝にエサをあげるのは彼の役目だった。ささやかな小遣いで買って来ていた鳥のエサを取り出し、1つ1つを摘んでその口元で揺らす。パクリと喰い付き、レモンちゃんはさも嬉しそうにくちばしを揺らした。

 初めてそのエサを見た時、みのりはぞっとしたものだった。まるでミミズの様な形をしていたのだから。それでも

“気持ちが悪い”

なんて言っちゃいけないって、その気持ちをぐっと堪えていた。それを彼が見ていて、

「作り物だから大丈夫だよ。」

と笑った。それからしばらく経ったある日、彼はピンセットを用意して来てくれた。

「これでやってご覧よ。結構、いいもんだから。」

と。つまり、ピンセットでエサを摘んで与えてごらんと言う事だった。

恐る恐るエサを摘み、彼女は腕を伸ばしながら彼の手の中でちんまりと収まっている小鳥の口元までエサを運んだ。何だか怖くって指先が振るえ、それがレモンちゃんには魅力的に映ったのだろう。ぱくりとためらいも無く口にくわえ、頭を上下に揺らしながらきれいに平らげた。

「可愛いかも。」

「だろう。」

意外なほど、そのミミズの様なエサは気持ちの悪いものじゃないって彼女は思った。

 それからというもの、彼がエサを与え、その後にみのりがピンセットでエサをあげた。小さな鳥で、思いのほか食欲も無く、あっという間に満腹になってしまう事を少し残念に思いながら、時間は刻々と過ぎていくから。

「はいどうぞ、ママ。」

彼は何も考えていない様子で彼女にレモンちゃんを手渡す。

「ありがとう。」

みのりは受け取りながら、かっと赤くなった顔を見られたくなくてうつむき、その子を指先でそっと撫でた。段ボール箱に戻すのは彼女の役目だったから。

“ママ”

と呼ばれて恥ずかしかった。家では親を母さんと呼んでいる。それに

“レモンちゃんの育ての親”

と言う意味だって分かっていても、その響きは行き過ぎているって思った。だから

『はい、パパありがとう。』

なんて返す余裕はどこにも無く、ただ不思議そうに見ている彼の視線を避けるのが精一杯だった。


 用務員室を出るのはいつも二人バラバラ。

「先に行っててね。」

「おう。」

なんて。それは暗黙の了解で。お互い揃って歩いている所を見られ、後で不必要に騒がれるのが嫌だった。

 放課後はどうしてもお互いの部活とか委員会の方が優先になる。だからどちらかというと、飼育委員でもともとの付き合いのあるみのりの方が用務員室に向かう事が多かった。そこで仕入れた

“本日のレモンちゃん情報”

を次の日の朝に彼に聞かせながらエサをあげるのが日課になっていた。

 それからあっという間に時間が過ぎ、レモンちゃんは順調に回復し、7月に入る頃には学校管理の鳥小屋で生活しても問題ないと言う所まで元気になっていた。

 その話しを聞きながら、

「良かったね。」

と手を叩きながら、どこか寂しさを感じるみのりがいる事も確かだった。

 彼女はやっちゃんの前で

「本当に子供が離れちゃった親みたいな気分なんですけどぉ。」

なんてふざけてみせた。それ以来二人が用務員室でそろう事はもう二度と無く、静かに元の生活に戻った、そんな感じだった。

 それでもその短い期間、秘密の時間をひっそりと過ごせた事は彼女にとってとても大切な思い出になった。

 以降、時々鳥小屋の近くで見る彼の影にみのりは小さく手を振り、手を挙げるだけの挨拶に満足していた。




               つづく



書いていて、この頃が懐かしいです。

お盆の帰省シーズンになると、妙に思い出しちゃうんですよね、

中学の “ 青かったなぁっ ” て時代をね。

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