4話 小鳥
人が亡くなる事を表現する文が有ります。
お嫌いな方は回避して下さい。
仲は良かったと思う。思春期を迎え男女の仲がシビアになり始める中学の時代、噂にならない程度につき合っていた。と言っても友達と言う意味で。良く有るグループってヤツだった。メンバーは四人。いつも明るいナッツに、彼女の幼馴染の尚史。尚史の友人の泰史にナッツの友人のみのり。
尚史はナッツ同様弾けていて、それにつき合わされる泰史は
“ 泰史・尚史 (やすし・ひさし)”
などというお笑いコンビを組まされ、突っ込み役をやらされていた。その不器用さを笑いながら、みのりは
“ 彼の事が好きかもな。”
なんて思ったものだ。
彼は吹奏楽部。トランペット吹き。少し癖のある低音を聞きながら、彼女はいつも校庭を走っていた。
てってってってっ。大地を刻みながら、そのリズムが体の中に染み込む。タイトルは知らない、でもどこか懐かしいクラシックの音を聴きながら、熱と音で満たされる。
中学2年ともなると、特に女の子達は傾向が別れた。当然と言う顔で色恋にとけ込むか、反対に疎遠になるか。みのりはどちらかというと後者で素知らぬ顔を通し。でも本当は彼女だって興味津々だった。
「脇の手入れしなきゃっ。」
って騒ぐ同級生の話しに耳をそばだててみたり、何となく彼に臭いって思われたくなくて
“ 制汗剤 ”
ってのをこっそり買いに行ったりもした。長い時間どの香りにするか悩んだ挙げ句選んだ無香性のボトルは、机の一番上の引き出しに仕舞ってあり。
ごく普通に友達だから、そう言う展開って有り得ないよねって思いながら、どこかに淡い希望が残った。
ナッツも尚史も仲のいい友達は彼女を
“ みのりん ”
と呼んだ。ただの同級生は
“ 横山さん ”
だ。でも彼だけは
“ 横山 ”
で。その中途半端な響きが、彼女に期待を持たせた事も確か。
彼は優等生だった。かといって目立つ訳ではなく、もの静かで。短い黒髪に、いつでも真っ白いシャツを着て。何よりも清潔で。暑い朝の始まりに教室に入り鞄を置く彼から香る石けんの香りが、彼女をどうしようもなくいたたまれない気持ちにさせていた。
嫌だなって。自分だけが空回りしている気がした。
きっと彼にそんな気持ちなんか無いし、決め手も無く
“ 好きだ ”
と感じてしまう心が、何だか汚い様な気がした。
だから彼が思っている事には目を向けない事にした。二人は友達。彼女の身長は 158 cm 。それに体重51 kg は陸上をしている人間としてはあまりに太り過ぎで。色も浅黒く、髪も日焼けで傷み色が抜け、爪を磨き早熟で艶めいたほっそりとした足を持つ同級生達と比べるとあまりにも情けなく、そう言う目で見られた時、むしろ自分はアザラシだと思った。本物のアザラシだったら可愛いっていってもらえるかもしれない。でも、アザラシじゃぁ好きにはなってもらえないって。
そんな彼女だから
“ 恋愛 ”
なんてまだしたくないって思った。
やっちゃんの身長は彼女より少し高い。春に覗き込んだ
“身体測定結果”
の体重にいたっては2キロも彼女の方が重かった。
『見せたんだから見せろ。』
と言われ、必死になって逃げた。それは男の子同士のじゃれ合いの様なもので。でも、後から思い出す彼の笑い顔に、胸の辺りが
“ 本当に ”
痛くなった気がした。
そんな6月のある日の夕方、彼女は困った様に学校の玄関に佇む彼を見つけた。
「どうしたの?」
その曇った表情に何かが有るのは分かった。そして彼の掌にはふっくらとした小鳥。
「可愛い。」
彼女は思わず顔をほころばせた。
“ ちぃ ”
とだけその子は鳴いた。そして弱々しく羽をばたつかせ、それまでだった。
「どうしたの?」
変だって思った。
彼は校門の所で拾ったと答えた。
「どうすればいいかなぁ。怪我、してるみたいでさぁ。」
彼は小鳥をそっと撫でた。当時彼女は飼育委員をしていたから。
「すぐ見てもらおう。」
それ以外考えが浮かばず、無造作にやっちゃんの手を取って歩き出していた。目的地は用務員室。
「田中さん、いる?」
そのおじいちゃんは古株で、この学校の事だったら何でも知っていて、その上飼育係の先生よりももっと生き物に詳しかった。
「これは、キビタナだな、珍しい。」
おじいちゃんは首を傾げながら言った。
「どこで見つけたんだい。」
あまり見かけない野鳥だという。それから小鳥を返す返す見つめた。
「病気?」
彼の代わりに彼女が尋ねた。
「いや、これは。羽が折れているというか、う〜ん。」
おじいちゃんは少し間を置いた。
「怪我をして、それから食べれずに病気になったってとこか。」
「治るの?」
その小さな鳥が弱々しくも
“ 生きている ”
事に
“どうしてだろう”
ていう違和感が浮かんだ。
彼女は母親が病室でなくなる時に立ち会っていなかった。親戚一同がそれを止めたからだ。そして最後に会ったのがいつだったか忘れかけた時に、白い布を被った母親と対面した。その日の記憶はつい昨日の事の様だった。母親は少し痩せたものの、生前の姿そのもので。もともと色の白い人で、病弱で。綺麗な姿は亡くなってしまってからでも変わらず、死んだ事を悔しく思いつつも、死んでもなお美しい母親を誇らしく思った。その奇妙な感覚を覚えていた。
魂とか命って目に見えないから。でも、目の前の小鳥は確かに生きていて、そのくせ危うくその命を手放そうとしている様に見えた。
ふと、やっちゃんのおばあさんがこの春に亡くなっていた事を思い出し、みのりの中に沸き上がる想いが有った。命は、命だって。
「助けられない、か、なぁ。」
出来る事をしてあげたかった。でもその頃の二人は、獣医に小鳥を見せようと言う知恵も無く、お金もなく。
ただうなだれる二人を見て、用務員のおじいちゃんはこう提案した。
「良かったらここで面倒を見てあげようか。」
と。
「出来る限りの事はしてあげるから。」
その代わり、一日一回は様子を見に来て欲しい、と。
二人は目を輝かせ頷いていた。
つづく