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1話 同窓会のハガキ

それが届いたのは7月も終わりに近づいてからの暑い日の事だった。

「同窓会かぁ。」

実家から送られて来た茶封筒。その中に入っていた往復ハガキ。2通。1つは全学年の同窓会で、1つはクラスの同窓会。

「なつかしいなぁ。」

みのりはその言葉を飲み込んだ。

 全学年のハガキには

“タイムカプセルを開けます。”

の文字。

「10年かぁ。」

今度は言葉になった。それは遠い昔の暑い日で、300 人ちょっとの人数が校庭に集まって、クラス代表が庭に手作業で埋めていった大きな水瓶。確か蓋には油紙を巻いたのだ。それから土を被せて。その様子を何となくわくわくした気持ちで見ていた事を覚えていた。

 15歳の彼女は10年未来の自分がいるなんて思ってもいなかった。ただ何となく

“音楽で生活したい”

そんな夢だけを抱えていた。

 予定では8月15日の午前中に

“瓶開け”

をして、それからお昼ご飯、つまりは宴会に流れ込むという。そして夕方からはクラスの同窓会だ。

 クラスのハガキには

“どこに住んでいるか分からなくって、とりあえず実家に送ります。”

の丸文字。幹事は当時クラスの中心的存在だった女の子と男の子。実りは苦笑した。どうやら自分は

“行方不明者リスト”

に載っているらしいって。でもそれは仕方の無い事だった。もともと地味な存在で。高校を卒業してからは、親の反対を押し切って上京し。当時仲の良かった友達とも疎遠になってしまった今日この頃だ。連絡をさぼった訳じゃない。ただがむしゃらで、東京での生活に必死だった。ここに来れば、何でも叶うって信じて、頑張れば報われるって本気で思っていたはずだった。だから新しい人間関係に力を入れた。

 通っていた音楽の専門学校には皆勤賞で通った。おかげで本採用就職ができたって、彼女は本気で思っていた。

 友達から誘われたコンパには基本出た。だから男女関係なく、友達はいるって思える。

 バイトもした。同期で入った子がサボりがちで、その分代わりにシフトに入った事もしょっちゅうだった。お店のマスターが

「内緒ね。」

ってまかないの食事に彼女の大好きなデザートをおまけしてくれたものだった。

 世の中良い人ばっかりだって信じてた。このまま人生が進むって事を疑わなかった。

 それなのに。彼女はがらんとした部屋を見渡した。

 積み上げられた段ボール。フワフワと浮いている埃のかたまり。それから分別されたゴミの大きな袋達。行き場が無くなった景品のぬいぐるみ。

 2LDK の部屋に一人は寂しかった。

 故郷の夏は涼しい。ここから電車で3時間少しの距離だと言うのに、そこには緑が茂り蝉の無く森が有った。

 彼女が故郷を思い出すのは、いつだって夏だ。中学の頃、走っていた。ただひたすらに炎天下の校庭を走っていた。彼女は陸上部。長距離の選手。直射日光の照り返しの中、真っ黒に日焼けしながら走り続けた。何も考えず、真っ白になりながら、それでいて自分の中に息づく不思議なリズムを求め、足を動かした。その場所だけが暑かった。

 高校になると生活が一変した。陸上部では結果が求められる様になり

“走るのが好き”

なだけの彼女には行き場が無くなってしまった。記録が全てだった。そして彼女の陸上生活は中学でピリオドを打ち、もう1つの可能性だけがみのりの支えになる。

 彼女の中で目覚めたのは音楽。家の近くのジャズ喫茶で教えてもらったバスの響きに酔った。帰宅部に入り、あしげもなくそこへと通う。必然周りは大人ばかり。いつしか同級生とは遊ばなくなり、彼女の高校生活は学校と言うより、実質夜の方が長くなった。東京に近いとはいえ、田舎。彼女は変わり者の烙印を押され、それでも良いって開き直り。それから自分の

“可能性”

目指して上京する事になる。

「それも来月まで、か。」

ぬるくなったアイスコーヒーを飲み干し、

「はい、出席、っと。」

鉛筆で大きな丸を書いた。

 来月からは地元で暮らす。その為にも少しぐらい情報を仕入れておかなきゃって思った。なにより、懐かしい顔に会って今の自分を慰めたかったのだ。

 


              つづく



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