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第一章

 レイガーと書かれた表札の横の門を開け、敷地内にはいる。クロウ・レイガー。と言われも聞いたことはないので有名人ではなさそうだ。




 門をくぐり庭を通ってようやく玄関のドアが見えてきた。ドアは俺の家についているようなものではなく両開きのそれもずいぶんと重そうなものだった。開ければ専属の冥土や執事に迎えられそうだが、ドアの向こうにいたのは一人のきれいな女性だった。黒く背中まである髪の毛。赤く色づけされた唇は肌が白いせいでとても際立っている。



 女性は俺たちが入ってくるなり一人一人の名前を呼びながらおかえりと言った。この女性がクロウの兄妹だとすぐにわかった。性別が違うため一見すれば似ても似つかない他人に見えるが、よく見れば目元の部分や鼻の形などよく似ている。膝のあたりまであるワインレッドのスカートから伸びた足はすらりと伸びており、モデルだと言われても納得ができるほどの容姿だ。




「帰っていたのか、アン」

「ええ、でも着いたのはついさっきなの。荷物をとりにね」

 


 アンと呼ばれた女性は話しながら思い出したかのようにアゲハに近づき、祝福の言葉を述べ、その頬にキスをした。この女はアゲハの恋人なのか。目の前で起きたことを理解できていないのは俺だけで、周りの三人はとくに気にも留めずだまってその様子を見ている。




「今年アゲハが成人したってことは来年はあなたたちね。キリト、ヴィアラ、あなたたちが成人したら私を抱いてくれるかしら?」女は二人を見つめ、微笑んで見せる。

「俺たちがそんなことしたら消されますって!」キリトは顔は赤く染まっている。



 キリトたちの次に女が見たのは俺だった。今までの流れから考えて俺以外の四人とこの女は知り合いらしい。だから女は見たことのない男がいて不思議に思っているに違いない。

「この子は新しい子かしら?」





 新しい子の意味が理解できず聞き返そうとしたとき、アゲハが中学時代の友人ですと説明してくれた。女は舐めるように俺のつまさきから頭のてっぺんまで見ると再び微笑んだ。

「すてきな顔ね。今度私とデートしてくれるかしら?」

さきほどのやりとりを見ていたとしてもやはり自分に向かってそう言われると返事に困ってしまう。

俺が何も答えられずにいると、冗談よ、と女は微笑みながら大きなバッグを二つ持って外へと出て行った。本当に荷物をとりに来ただけだったらしい。




 女に気をとられていたせいで何も思わなかったが、改めて室内を見ると高そうな壺や絵画がいたるところに飾られており、電気はシーリングライトなどではなく、ホテルでしか見かけないような豪華なシャンデリアだった。玄関から廊下を渡り入った部屋は俺の家より広く感じた。何より天井が高いせいでよけいに広く感じたのかもしれない。




 ダイニングキッチで四人用のテーブルと椅子がある。主に食事はそこでとるのかもしれないが、それらから少し離れたところには大きな革張りの白いコーナーソファがあり、クロウたちはそちらに腰をかけた。ソファの前には黒いガラステーブルあり、今日はそこに料理や酒を並べるのだろうか。テレビは六十インチはあるだろうし、ソファの下に敷かれているカーペットはきっと本物のファーだろう。男が住んでいるとは思えないほど整頓された部屋は俺にとっては居心地がいいとはいえなかった。




「ちょっと早いけど、はじめようか」ユキは冷蔵庫から勝手に食材や飲み物を出す。

「あ、俺も手伝いますよ」ソファから立ち上がろうとしたアゲハをユキが制止させた。

「今日は君の祝いなんだからゆっくりしてて。代わりにヴィアラ、手伝ってくれる?」



 二人はキッチンへと向かい、なにやら作りはじめた。クロウはというといつの間にか部屋を出て行ったのか、姿が見えない。



「手伝うってお前料理できたか?」

「それぐらいできるって。あ、でもお前は苦手そうだな、料理」イタズラをした子供のように笑うアゲハにつられて笑う。



 実際、料理はまったくできない。前に炊飯器で米を焚いてみたが、なぜか米が硬く歯が折れそうになった。それ以来料理をしようと思ったことは一度もない。



「アゲハさんの飯うまいんスよねえ」

キリトの自慢げな口調に苛立ちつつも、アゲハがつくる料理には興味があった。少なくとも中学生のころのこいつは料理なんてまったくできなかった。まあ中学生でできなくても普通か。ミリアなんて女だけどいまだに料理なんてできないだろう。




 しばらく適当に話をしていると、アゲハがポケットからたばこを取り出した。変わった種類のものなのか一般的に見かける白いたばこではなく黒いものだった。アゲハがたばこを口にくわえるとすぐに横にいたキリトがジッポを取り出し火をつけた。その動作は今日はじめてしたことではなく、アゲハがたばこを出すとキリトが、あるいは後輩が火をつける暗黙のルールだとわかった。実際にキリトは自分で自分のたばこに火をつけていた。




 たばこなんて吸うやつだったか? 

 アゲハと一緒にいたのは中学までだから、当時吸っていないのは当たり前だし、そのあとから吸うやつなんていくらでもいる。だが、なんとなくこいつはたばこを吸ったりピアスを開けるタイプではないだろうと決め付けていた。アクセサリーで自分を着飾ることを嫌っていると思っていた。しかし彼の身につけているアクセサリーは買ったばかりではなさそうだし、たばこも吸い慣れているようだ。たばこの煙は天井近くまでのぼっていき、キッチンの換気扇に吸い寄せられるように漂い、消えていく。





 レイトさんは吸わないんスか。キリトの言葉に吸わないと返事をする。正直匂いですら苦手だった。なんというかずっとたばこの匂いに包まれていると頭が痛くなる。おそらく俺以外の全員が吸うこの場で言うことはできないが、できれば吸わないでほしいというのが本音だ。




 たばこの匂いを我慢しているうちに料理ができた。テーブルには大皿が三つ運ばれ、それぞれに違う料理がのっている。用意された飲み物はすべて酒で、缶ビールから高そうなワインまでさまざまなものがあった。どれでも好きなものを飲んでいいと言われ俺は真っ先に缶ビールを手にした。準備が整ったところでクロウも戻ってきた。






 全員で乾杯をし、一気に酒を飲む。料理はどれも驚くほどおいしく、夢中で食べていた。アゲハもこれくらいおいしいものをつくれるのだろうか。



「そういえばレイトさんってアゲハさんの中学時代の友達なんスよね?」

「そうなんだ。いいね、中学生か。僕もそのときのアゲハに会ってみたいね」

「俺も気になるッス」




 こいつらの知らないアゲハを知っているというのは優越感があった。

「なんだよ、今の俺じゃあ不満かよ」アゲハはワインをすでに三杯も飲んでいた。



 しばらく食べて飲んでを繰り返しているうちに料理はなくなり、途中からはテレビを見ながらずっと酒を飲んでいた。頭の中は半分近く白いもやに包まれおり、まぶたは重たくなってきていた。テーブルの上にある二つの灰皿は吸い終わったたばこで溢れ、みんな眠りかけている部屋ではテレビに映る人の声と換気扇の音だけが支配していた。




「アゲハ、クロウが呼んでるよ」ソファの上で眠りかけていたアゲハをユキが揺すり起こそうとする。

 ずいぶん飲んでいたから、アゲハはネクタイをとりジャケットも脱いでいた。気ない間にまたクロウは別の部屋に移動していた。クロウの名前に反応したアゲハは、だるそうに体を起こし、大きくあくびをする。そのとき、少しだけ見えてしまった。一瞬だったので気のせいかとも考えたが、そんなはずないだろともう一度見ようとしたが、アゲハはあくびをしたあとすぐに部屋から出て行ってしまった。



「ああー、俺もアゲハさんとヤりてえな」半分寝ぼけた様子のキリトがいきなり大きな声をあげた。

 お前がヤる? アゲハと? どうしてそうなるんだ。

「だめだよ。それこそクロウに消されるって。ぼくとのときに一緒きなよ。そういうの挙げはは好きだしね」ユキとキリトの言葉が理解できなかった。




「なあ、そういえばアゲハとお前らってどういう関係?」酒を飲んでいたのもあって、ずっと聞きたかったことをためらうことなく聞くことができた。

「俺たちとアゲハさんは同じクラブで働いてて、あ、俺たちデリホスなんスけど。俺たちはアゲハさんの一年後輩なんス」




 まだ言っている意味がわからなかった。クラブといことは会社に務めているのとは違うのか。そもそもデリホスってなんだよ。

「デリホスっていうのはデリバリーホスト、つまり出張ホストだよ。お客さんにこっちから会いに行ってデートしたり、セックスしたりするの。ちなみに僕は普通のホストだけどね」

クロウさんがいくつもクラブを経営しいて、アンさんは高級クラブのママです、とヴィアラが付け加えた。





 ホスト? アゲハが? 寝言は寝て言え。あいつは女と付き合うとかデートするとかそういうのとはかけ離れたタイプだ。俺と同じで、仲よくなった女は女としてではなく友人としてしかみることができない。そうであってほしいという勝手な願いも含まれているかもしれないが、少なくとも好きでもないやつに好きだと言ったりデートしたりするのは苦手なはずだ。ましてやセックスなど考えられない。




「まあ、本人は客のことなんてなんとも思ってないだろうけどね。彼の本命は別だし」

 本命って誰だ、そうすぐに聞き返そうとしたが、この男が教えてくれるとは思えなかったし、それを聞いて俺の気持ちを見透かされるものいやだった。何より好きでもない女とデートやセックスができるというアゲハのことが信じられなかった。




 この五年間で遠くへ行ってしまったよう、ではなく本当に遠くに行ってしまったのか。デリホスという仕事を否定するつもりはないし、あいつのことだから何の思いもなくやっているとは考えにくいが、俺の知っているアゲハはもういなかった。





 人は変わる。当たり前のことだ。悪いことでもなんでもない。それでもあいつは変わっていないと思っていた。何年経っても昔と変わらずにいれると思っていた。でも変わってほしくなかっただけかもしれない。俺の知っているアゲハから。





「レイトもホストになれそうだよね。結構いい顔してるし」


 もう何杯目かもわからない酒を飲んでいるユキにトイレの場所を聞いて部屋を出た。ひりになりなかった。これ以上あそこにいれば何か自分でも抑えられないものに支配される気がした。


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