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第一章



 これだけ多くの人間が集った成人式はたったの三十分で終わった。市長のあいさつも新成人代表のあいさつもすべて用意されたセリフを言っているだけのようで、祝われている気持ちにもこれから新成人としてがんばっていこうという気にもなれなかった。




 たった三十分のためにミリアたち女性陣は朝早くから化粧やヘアセットをし、内蔵が口から出そうになるほどお腹の部分を締め付けられ、振袖を着せられているというのだからなんだかかわいそうな気持ちになる。どうやら本人たちはそれが楽しいらしく、もう二度と見ることのないであろう自分の振袖姿を気が済むまで写真に撮っている。ときどき俺も写真の撮影に参加し、あとで携帯に送ってもらうように頼んでおいた。

 



 式が終わっても新成人たちは家に帰ることなく、久しぶりに再会した友人たちとあっていなかった時間を埋めるように話している。




「あ、ミリア! ナーガ!」人ごみの中から聞こえた声は二人の名前しか呼ばなかった。



 声の主は白い振袖を着た見たことのない女性だった。彼女の横にはもう一人見たことのないスーツ姿の男性がおり、すぐに二人の高校か大学の友人なのだろうと思った。四人は久しぶりに再会したらしく、大きな声をあげて笑い合っている。横で話を聞いているとどうやら高校時代の友人らしい。俺は見たことがないので外部からの編入だろう。そのまま四人は高校二年生のあのときがどうのだの、振袖姿やスーツ姿がどうのと話している。一瞬で自分が蚊帳の外にいることに気がつき、二人に何も告げず人ごみに紛れていった。

 



 周りは同じような衣裳に身を包んだ新成人ばかりで一瞬自分の友人かと思えば、まったく知らない人だったり、名前を呼ばれたのかと思って振り返ればまったく別の人が呼ばれていただけだったり、いつの間にかまた知らない世界に来たような感覚になった。それでもまだ誰かに会えるような気がして歩くことにした。ナーガと同じように新成人はなぜか派手に髪の毛を染めた者が多い。




 俺もどちらかというと茶髪なのだが、これは生まれつきで、わざわざ染めたわけではない。小学生のころはよくこの髪色のせいで年上の生徒に呼び出されたりしており、そのときいつも一緒にいてくれたのはあいつだ。もう一度会いたい。その思いで歩いているうちに、黒い髪に目がいくようになっていた。あの美しくなやか髪を。だがこの人ごみの中にいる黒い髪の男性を見つけるたびに横目に顔を見るが、俺の会いたい人はなかなか現れない。もしかすると今日は来ていないのだろうか。




 彼の性格上、来ていそうな気もするが、これだけの人の中から見つけるのは難しいのかもしれない。次第に歩く足は早くなっていく。式が終わった以上帰る人も当たり前だが存在する。もしも来ているのだとすれば早く見つけなくてはならない。その思いがより歩く足を速めた。

 



 二人から離れて十五分ほど歩いたとき、その顔を見つけた。人と人との間に一瞬だけ見えた。見間違えるはずがない。昔何度も何度も見た顔だ。俺は歩いている彼を引き止めるため、その名前を五年ぶりに声に出した。




「アゲハ!」

 名前を呼ばれたことに気づいた彼は足を止め、こちらに振り返った。グレーのコートに黒いマフラーを巻いている。



「おー、久しぶりだな、レイト」

 振り返った彼の顔は相変わらずきれいで、息が止まりそうになる。男にしては白い肌、目は切れ長で鼻も高く本当に人形のようだ。アゲハは一人だったようで、二人して近くの建物の壁にもたれて話すことにした。



「五年ぶりか?」

「そうだな、もうそんなに経つのか」

 出会ってからはもう十年を超えている。時間が経つのは本当に早いなあと改めて感じる。

「お前、大学に行ってんのか?」アゲハの質問に俺は黙って頷いた。




 こいつも大学に通っているのだろうと思った。きれいな顔はずっと変わらないが、彼の見た目はずいぶんと変わっていた。黒くしなやかだった髪は色素を失い、薄いグレーになっており、両耳にはいくつもピアスが開いており、おまけに口元にも一つ開いている。少しだけアゲハが遠くに行ってしまったような気がした。五年という時間が俺とアゲハの間に横たわっていた。





「勉強嫌いのお前がまさか大学とはな」笑いながらアゲハは自分の赤いネクタイを緩めた。

「そういうお前はどこの大学に行ってんだよ」

「大学は行ってねえよ。今は働いている」

 その見た目で? と聞こうとしたとき、別の声が彼の名前を呼んだ。

「ヴィアラにキリトじゃねえか!」アゲハは現れた二人の男に嬉しそうに近づく。




  二人ともアゲハがつるむような男には見えない。二人とも金色の髪をワックスでがちがちに固めており、スーツを着ているが腕や指にはじゃらじゃらとシルバーのアクセサリーをつけているいかにもチャラそうな男たちだ。




「成人おめでとうございます、アゲハさん。これ、俺たちから」そう言って背の高いほうの金髪男が後ろ手に持っていた大きな花束を手渡した。

この二人はアゲハの後輩ということだろう。大学に行っていない以上会社の後輩か。花束をもらったアゲハは嬉しそうに受け取り、お礼を言った。




「ってか、あんた誰?」背の低いほうの金髪が俺を睨んでいる。

まるで邪魔者を見るよう目だ。邪魔なのはお前らだって、睨み返す。

「おいキリト、初対面のやつには敬語を使えって言ってんだろ。こいつはレイト。俺の友達」

キリトという背が低いほうの金髪男はわざと拗ねたような声を出し、苛立ちが増す。




「アゲハさんの友達か。俺はヴィアラでこっちがキリトです」ヴィアラのほうは見た目とは違い、礼儀正しくお辞儀をしたのでつられて俺もお辞儀をしてしまった。

「見つけた、アゲハ」次にその名前を呼んだのは、黒い髪の男だった。




 この男も金髪の二人と同様派手な格好をしており笑顔も作っている感じがして、一言で表すとうさんくさいという印象だった。ユキという名前のその男もアゲハに祝福の花束を渡した。

「まさかユキさんまで来てくれるとは思いませんでした」 

「可愛い後輩のためだからね。ああ、それと彼が探していたよ」

 もらった花束を紙袋にいれたあと、アゲハは思い出したかのようにジャケットの内ポケットから携帯を取り出した。横目に彼の携帯の画面を見ると、同じ番号から何件も着信がきている。俺はこいつに何度も電話するやつの顔を見てみたくなった。アゲハが慌ててその番号にかけ直そうとしたとき、また一人派手な見た目の男がこちらに近づいてきた。

 




 同じ金髪だがヴィアラやキリトたちとは何かが違う。ただチャラいというよりは他人に怖いという印象を与える外見だった。体格もよく身長もかなり高い。百八十センチは超えているだろう。年齢も五つ以上は上だと思う。手首にはやたらとぎらぎらしている時計がつけられている。何より、スーツの下から首に向かって這い出ているような龍のタトゥーが彼のいる世界を表している気がした。

 




 アゲハのことを探していたというその男は、花束を渡すわけでも祝福の言葉を述べるわけでもなく、俺に探させるんじゃねえと言うだけだった。当のアゲハは軽く謝りながらもふうにすぐに視線を三人に戻した。



「そこに車を停めてある。行くぞ」


 行くとはどこに行くのだろう。今日の夜七時からは同窓会があるのにこいつは参加しないつもりなのだろうか。黙ってヴィアラたちがその男についていくのを見ていると、とつぜんアゲハに腕をつかまれた。

「お前も来ないか? クロウの家」

 クロウとはおそらくあの大男のことだろう。そこにいったい何をしに行くというのか、目で訴えているとせっかくだしぱあっと飲もうぜと言われ再び腕を引かれた。




「同窓会は、行かねえのか」

「ああ、まあな。今日はあいつが家で祝ってくれるって言ってたし」

 こいつとあの男はどういう関係なのか知りたいのにはっきりと聞くことができない。いつから思ったことを言葉にできなくなっただろうか。昔は良いことも悪いことも思ったことは何でも口にしていたし、そのせいで怒られたこともあったけど、言いたいことが言えないよりはマシだと思っていた。



 

 アゲハに腕を引かれ、そのまま停まっていたリムジンに乗り込んだ。こんな高そうな車に乗るのははじめてだ。見た目も座り心地も来るときに乗ったタクシーとは大違いだ。俺以外の四人は乗りなれているのか、足を組んだり体を椅子にもたれさせたりとそれぞれ好きな体勢で座っている。目立ちたいのか成人式にこういう高級車をレンタルするやつがいることは知っていたが、まさか自分が乗ることになると思いもしなかった。




 リムジンに乗って十五分ほど経ったところで車は停車し、クロウから順番に降りていく。最後に車を降りると、目の前に一度では視界におさまりきらない大きな家があった。家は高い塀に囲まれており、どこまで続いているのかまったくわからない。ここがアゲハの言うクロウの家ならば、あのリムジンはレンタルではないだろうし、手首の時計も相当高いものだろうと思った。


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