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第一章

BLですがNLもあります。


 中学の同窓会の葉書が来たのはもう二カ月以上も前のことで、俺はポストから取り出したそれを本棚の上に置いたまま今日まで忘れていた。薄くほこりが乗っているそれには同窓会の日付が赤い太字で書かれている。





 一月二十日。壁にかかっているカレンダーを見ると、ちょうど今日は一月二十日。成人式のあとに行われる同窓会は、男はスーツを着ていかなければならないらしい。



慌ててクローゼットに眠っていたスーツを取り出し、しわや汚れがないか確認する。

幸いハンガーでつるされていたため、目だった汚れはなくこれならホテルに着て行っても恥ずかしくない

だろうと安心し、ハンガーを抜いて袖を通す。最後に深い青のネクタイを締める。





 昨日から充電したままの携帯には懐かしい友人の名前が画面いっぱいに並んでいる。マナーモードのまま寝てしまったのだと気づくよりさきに、携帯を開いてメールを確認する。



送信者は中学生のころ毎日のように遊んでいたミリアだ。オレンジ色のようやきれいな茶色い髪が特徴的で、目鼻立ちもはっきりとした可愛らしい女の子で、見た目とは違い、幼いころから自分たちと泥だらけになりながら遊ぶ活発な子だった。



内容は同窓会についての連絡と参加するかどうかの確認、返信の催促で、そういえば彼女が同窓会の幹事だと葉書に書いてあったことを思い出した。





 赤い布製のソファに腰をかけ、返信の内容を考える。まずは同窓会当日に返信することになってしまったことを詫びる文章を入力し、同窓会に参加する旨を伝えることにした。送り主のミリアからはすぐに返事が来た。まるで本人が話していような元気な文面に自然と笑みがこぼれる。




中学を卒業すると同時に隣町に引越し、高校の部活や遊びに夢中になっていくうちに、当時の友人とは少しずつ連絡をとらなくなっていった。



携帯のアドレスを順番に見ていくと後ろのほうに中学時代の友人の名前が並んでいる。イスター、ナーガ、ミリア。みんな中学生のころよく遊んだ仲だ。今日、成人式と同窓会に何人来るかはわからないが、一人でも多くの友人に会えることを願い、携帯を閉じた。





 俺が通っていた聖ドルトン学園は幼稚園から大学までエスカレーター式となっており、ほとんどの生徒が大学まで通い続ける。そのためほとんどの生徒が友人あるいは知り合いという状況で、外部からの生徒はなかなか友人を作ることが難しい。



自分も高校で引越すまで、幼稚舎のころからの友人と中学生になっても毎日一緒に遊んでいたし、学校に行けばみんながいて、何も考えずに無茶なことをしても誰かが必ずそばにいてくれた。永遠に続くかのように思われたその時間は俺の引越しにより、音をたてて崩れてしまった。



引越したばかりのころは新しい環境に馴染むことができず、毎日が必死だった。気がつけば地元の友人に連絡をとることもなくなり、新しくできた友人と遊んだり部活に夢中になっていた。俺にとっての世界はいつの間にか新しい街になっていた。幼稚舎のころから何年も一緒にいた友人たちよりも、出会って間もない友人たちのほうが頭の中を占めていた。




 午後十二時三十分。薄く伸びた雲が空全体を覆い、街は灰色に包まれている。ときどき冷たい風が髪をなで、灰色の世界の奥に吸い込まれるように過ぎ去っていく。あらかじめ呼んでいたタクシーに乗り込み、成人式の会場へと向かう。タクシーの中はちょうどいい温かさで、五分もしないうちに外の寒さを忘れてしまう。



会場に近づくにつれ、周りの車が、新成人が乗ったタクシーに変わっていく。思わず隣のタクシーに乗っているのが地元の友人ではないかと窓に顔を張り付けて見るが、中に乗っているのは見たこともない黒髪の男だった。高く筋の通った鼻に、黒い髪の毛。一瞬のことで顔はよく見えなかったが、頭の中にある友人の顔が思い浮かんだ。



ミリアと同じく幼稚園のころから一緒に遊んでいた友人。気が合うようで彼とは毎日遊んでも飽きることはなかった。いつも考えなしに突っ走っていた俺を止める役でもあり、頼れる存在だった。彼もミリアたちと同様、もう何年も連絡をとっていない。今どこで何をしているのか、この成人式に参加するのかさえ知らない。彼は来るだろうか、そうミリアに聞いてみようとも思い携帯を開いてみたが、途中までメールを作成してすぐに閉じた。





 このあたりでいいですか、とタクシーの運転手が車を停めたのは会場からかなり遠い場所だった。どうやら多くの新成人がタクシーや親の車に乗せてもらって来ており、あまり会場に近づける状況ではないらしい。歩いて行ったほうがはやいだろうと運転手に言われ、お金を払いそのままタクシーを降りた。会場の近くには多くの新成人やその友人がおり、写真をとったりコンビニのパンを食べたりしている。こんなにも多く自分と同い年の人間がいることに驚きながらも、会場に向かって歩き出した。





幼いころから友人や知り合いは多いほうだと思っていたが、見渡す限り地元の友人はおろか顔だけなら知っているという者すらいない。右を見ても左を見ても見たことのない人ばかりで、新しい街に引越したばかりのころを思い出した。





「あれ、もしかしてレイトじゃない?」人ごみの中から聞こえてきた声は確かに聞き覚えのあるものだった。

 


声のしたほうに目を向けると、きれいな茶色の長い髪をいくつのものピンやかんざしで飾り、薄いピンク色の振袖を着た女性が立っていた。白い頬にふにゃりとしわを寄せ、大きな目でこちらを見つめている。自分の友人にこんな美人はいただろうか。すぐに反応ができず、黙って見つめ返すことしかできなかった。何も返事をしないことに気を悪くしたのか、女性は眉間にしわを寄せながら彼の元に歩いてきた。




「ちょっと、返事くらいしなさいよ。まさかたった五年で忘れたとか言わないでしょうね?」

 その怒った顔はたしかに昔何度も見た顔だった。大人びてはいるものの、当時の面影はまだ残っている。




「忘れてねえって、ミリア」

 メールで連絡をとっていたとき、頭の中には中学生のころの彼女の顔が浮かんでいた。しかし実際は思っていたよりも美人で相応の顔つきになっていた。そのときようやく時間の重みを感じると同時に自分の中で止まっていた時間が音をたてて動き出した。彼の中にいたミリアは中学生のままだった。まだ幼さの残る顔に、発育しきっていない体、それはすべて俺の知らない間に確実に変化していた。




「変わらないな、レイト」紫色というずいぶんと奇抜な髪色の男に名前を呼ばれたかと思うと、見たことのある顔がそこにあった。



「ナーガ! ってお前も変わったのは髪色だけだな」

「実を言うと染めたのは昨日なんだ。俺だけ何も変わってねえとか思われたくなくて」

 みんなに再会する前日に髪を染めることも、結局それをすぐに自らバラすところもやはり昔のままだ。何も変わっていない。変わったのは見た目だけで、それ以外は昔のままだ。五年もの間、彼らと会わなかった俺にとってはそれが一番嬉しかった。




「レイト、お前ほかに誰か会ったか?」

ナーガいわくミリアとは同じ大学の学部で同じコースで、今日ここに来るのもわざわざ待ち合わせをして来たらしい。どうせこんな大勢の中で一人になることがいやなナーガの提案だろう。まさか二人が同じ学部に通っているとは思いもしなかった。式が始まるまで時間はあった。




まだ中に入る気にもなれず、だからといってこの人ごみの中、わざわざ友人を探す気にもなれず、三人で近くのコンビニの壁にもたれかかりながら一緒にいることのなかった五年間について話した。


読んでくださり、ありがとうございます。

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