第2.5話 養子
空を飛び続けて1時間ほどで俺たちの家に着いた。
家、というには少し語弊があるかもしれない。
その証拠に、この少女はそれを見上げて呆然としている。
そこへ魔翔種である俺直属飛翔部隊に所属している、シーランスが飛んできた。
「お戻りになられましたか、ヒスギ様」
「ああ、今戻った。至急魔卿大元帥を全員集めてくれ」
「はっ!」
黒々とした城の中に入り、少女をエミシアに任せてさっさと大会議室へ向かう。
俺が着くとそこにはもう、魔卿大元帥が全員いた。
「待たせたな」
それほど待ってないだろうが、言っておく。
この9人を呼び出したのは他でもない。あの少女のいたダンジョンのことだ。
魔王であるヒスギ様が城へ帰ってこられた。
そして、ヒスギ様直属の飛翔部隊の伝令がやってきて、至急俺たち魔卿大元帥を呼び出しているという。
あのダンジョンで何かあったのだろうか?
「では、早速だがダンジョンについて報告する。がその前に。皆、行きたがっていたのに俺だけ行ってしまって本当に申し訳ない」
ヒスギ様は頭を下げられたが、そのようなこと気にする者は誰一人としていない。
「あのダンジョンは確かに、強かった。他のダンジョンと比べ、おそらく2級程度の強さだろう」
2級とはまた中途半端な……。
あのような辺鄙なところにあるのだからもっと高いのかと思っていたが、行かなくて良かったな。
「あれがどうしてこれまでクリアされていなかったのかは、まず発見が困難だったからに他ならない。それは皆もわかるな?」
その問いかけに俺たちは頷く。
「ふむ。で、だ。俺とエミシアが最奥に着いた時、そこに変な物体を見つけてな。それを解き解くと少女が出てきたわけだ」
一体どんなわけですか!?
少女がダンジョンの宝などと、その少女はどれだけの価値があると言うのか。
皆驚いているようだな。
俺も出てきた時は驚いたから仕方ないと言えよう。
だが、遅いぞエミシア。
そろそろここに来んか……まぁ良い。
「この後エミシアがその少女の身なりを整えて来ることになっている。それまで暫し待て」
「御意」
それから俺たちは30分近く待たされた。
私が久しぶりに見た魔王城は以前見た物と変わっていなかった。
見た目は変わっていなかったのに、大きさだけ変わっていて驚いた。
「じゃ、まずはお風呂に入ろっか」
風呂場に着くとエルフの女性がそう言って、服を脱ぎ始める。
「あぁ、そう言えば名前言ってなかったわね。私はエミシアよ」
柔らかな微笑みを浮かべるエミシア。
私も服を脱いで、エミシアの後に続き風呂に入った。
風呂から出てきたら、対話を望まれた。
ゆったりとした余裕のあるロングスカートに半袖のふんわりとした上着を着せられてから。
「じゃあ、まずはあなたの名前を聞きましょうか」
「私はサフィニアだ」
敬語……使えないんだよな。
あの4人が「魔王様が敬語など言語道断!失礼ながら呪いをかけさせて頂きまする!」とかなんとか言って、敬語を話せない呪いをかけられたことがある。
エミシアは私の名前を聞いた途端、ピシリと固まった。
「ちょ、ちょっと、その名前を口にするのはダメよ。サフィニア様は初代魔王様で最強の魔王様と呼ばれているのだから!」
えっ……初代ではないんだけど……?
確か私は4代目くらいだったか。
私の魔卿大元帥になる前、あの4人は魔王決定マルチバトルをしていたらしい。
私が旅をしている途中に出会ってしまったのだ。
乱入者である私を排除すべく4人は私を一撃必殺で殺そうとしてきた。実際殺された。
だが、突然攻撃されたことに怒った私が4人をあっという間に平伏せさせたことから、強制的に魔王にされたのだ。
「私の名はサフィニアで間違っていない。それから、初代ではなく4代目だ」
「……いいわ。あなたがもし仮にサフィニア様だとしましょう。でも、サフィニア様は初代よ」
「違うんだよなーそれが。っていうか私がいた頃からどれだけの時間が経ってるんだろ」
私の前の魔王たちは人魔大戦で死んでいる。
私の時は第4次人魔大戦が起こった時だ。
「今って何代目魔王?」
「ヒスギは、17代目よ」
17代目……?それって結構時間経ってるよね。
私たち魔種は基本的に寿命が長いから、下手をすれば1万年経過していても不思議ではない。
「今って界暦何年かわかる?」
私が聞くと、エミシアは首を傾げた。
界暦とは何のこと?
でも、暦であることに間違いはないはず。
そう思い、今の暦と年代を教えることにした。
「今は翔暦274年。ヒスギが即位してから274年が経ってる」
教えると、彼女は「それじゃあ何年経ったかわからないよ」と呟いた。
もし彼女が本当にサフィニア様なのだとしたら、その界暦と言うのは、サフィニア様がいた頃の話ということだろう。
「暦ってちょくちょく変わる?」
「魔王が代替わりする度に変わるようになっているのよ」
そう言うと、彼女は少しの間に思考にハマっていた。
「そっか。まぁ、話は戻るけど、今の私にはこれのせいで人種と同じくらいの力しか出せないから、サフィニアだと思わなくてもいいよ。ただ、私は本物だけどね」
奴隷の首輪を巻かれているのに楽しそうに笑う。
あっ……そろそろ大会議室に向かわないと。すっかり忘れていた。
「そろそろ移動するわよ」
彼女の手を引いて、ヒスギや魔卿大元帥がいる大会議室へ向かう。
ようやく来たか。
エミシアと少女がやってきたことに人知れず安堵の溜息を吐く。
「皆様、遅れましたことお詫びします」
女性は何かと準備が必要だからな。
魔卿大元帥たちもそのことを妻でよく理解しているからか、突っかかったりする奴はいない。
「まず、お前の名は?」
俺が名前を聞くと、少女は嫌そうに表情を歪めた。
おそらくエミシアが先に聞いたのだろうが、俺は聞いていないしこいつらにも、本人の口から言ってもらったほうがいい。
「……私はサフィニア。4代目元魔王」
瞬間、大会議室の中に沈黙が降りた。
というか、なんだそれは!
サフィニア様と言えば歴代の中でも最強と言われている魔王だ。
しかもそのサフィニア様は勇者に倒されたと伝わっている!
……いや、待て。
サフィニア様は確か不死身だそうだ。
ならば、それを証明すればいいのでは?
俺は瞬時に爪を伸ばし、その柔首を斬り裂いた。
これで死ぬのであればサフィニア様のことを騙った罰となる。
少女の生首が落ちる。
全員の視線が俺に突き刺さるが、これは必要なことだ。
「鎮まれ。この少女が本当にサフィニア様ならば、不死身だから死ぬことはない。もし死ぬのであれば、罰だと思ってもらうしかない」
そう言うと、魔卿大元帥やエミシアが落ち着きを取り戻す。
あぁ、痛い。痛いよ。
幾ら不老不死でも痛いものは痛いんだ。少しは手加減頼むよ。
しかも、また首を斬られた。傷が残ったらどうしてくれるんだ。
私はふんぬぅ!力を込めた。
私の視界が床が消え、そこにいる人たちをおさめる。
相当驚いているようで、エミシアに至っては「嘘……」と呆然と呟いている。
血が体内に戻り、頭と体が接着された。
「あ〜痛かった。いきなり何してんの?君。私が力を持ってたら即殺してるところだったよ」
仕返しをできないことだけが不便だな。
私を斬ったヒスギを睨みつけると、背筋を震わせて跪いた。
誰かに傅かれるのは昨日のことのように思い出せるけど、その実何千年も経っているのか。
不思議な気分だな、と。
「申し訳ありませんでした。サフィニア様。ですが、こうすることで本当にサフィニア様であるかを確認したかったのです」
あぁ、なるほど。そういうことだったのか。
「それなら、仕方ないね。でもヒスギは魔王なんだろ?そう軽々しく頭を下げてはいけないよ」
力を持っていなくて良かった。ただ確認しただけなのに殺されたら目も当てられないことになっていた。
ヒスギ様とエミシア様が連れ帰ってきたのはサフィニア様だったらしい。
首は確かに飛んだはずだ。
それが、今では元どおりになっている。
儂はサフィニア様に畏怖を覚えた。
だが、サフィニア様は確か竜種。儂と同じだ。
同じ種に対してこのような感情、抱いたことがない。まぁ、それぞれよ種の最強が魔卿大元帥になるから当然といえば当然ではあるが。
ただ、ヒスギ様とエミシア様も予想外だったらしく、跪いている。
儂も例に漏れない。
「では、何故あのようなところに?」
ヒスギ様がサフィニア様に質問する。
質問なんておこがましい。
そう思うのは儂だけではないだろう。
サフィニア様はたった3年しか即位していなかったが、その強さは、強いなんて言葉では表せなかったそうだ。
「勇者に、殺せないならと封印されてしまってね。完全に油断していたよ」
ははは、と快活に笑いながら言う様に思わず鳥肌が立つ。
今のサフィニア様からは何の力も感じないというのに、先ほどの不死身の劇がそうさせる。
「で、では人種に報復をすると?」
ヒスギ様の声は震えていた。
それはそうだろう。
サフィニア様は当時の魔卿大元帥以外の魔種に嫌われていたらしく、サフィニア様の後に即位したラルギッツ様が人と魔の平和を成し遂げたのだから。
「そんなことしないよ、面倒臭い。だいたい魔王になったのもただの成り行きだっていうのに……私はゆっくり世界を歩きたいだけなんだ」
はぁ……と深いため息を吐きながら言われる姿は、その容姿も相まって非常に幻想的に見える。
腰まで伸びる赤毛の混じる黒髪に真紅の瞳。肌はそれらが嘘のように白い。
胸は多少残念ではあるが、その他は完璧と言っていい容姿だ。
サフィニア様が報復するなどと言われずにホッとした。
今でも人と魔は共存していて、共に成長していく良き友人だからだ。
「ヒスギ。私は他の奴らにも皆と同じような反応をして欲しくはないんだが。もっと穏便に過ごす手はないか?」
サフィニア様が穏便に過ごす……む、無理だろう。
サフィニア様は残虐だ。
魔種にもその刃を向けるとして、嫌われていたのだから。
それがあるから俺たちはこうしてビビっている。
だが……サフィニア様がそれを望むなら用意せねばならない。
「カルロス」
「……はっ!」
「お前がサフィニア様を養子に迎えろ」
「はっ!……え?いや、今何と?」
「お前がサフィニア様を養子とし、後見をし、穏便に過ごすための手伝いをしろ。お前の妻にはサフィニア様のことを話していいが、息子たちには話すなよ。それから皆もだ。この少女がサフィニア様だということは、ここにいる者だけの秘密とする」
俺の指示にそれぞれ従う。
ただ一人、サフィニア様と同じ竜種のカルロスだけが歯切れの悪い返事だったが。
こういうことは部下に丸投げするのが一番楽なのだから、お前には俺の犠牲になってもらうか。
いや……待てよ?
「カルロス。お前、魔卿大元帥を降りろ」
そう言うと、カルロスが泣きそうな顔をした。
「勘違いするな。お前はこれからサフィニア様のことで手一杯になる。こちらの仕事を疎かにされては困るから、さっさと息子と変われ、ということだ。お前のことは信頼も信用もしている。だからこそ、サフィニア様を預けたい。……頼めるか?」
「はっ!!お任せください!!」
ふっ、老人にしては中々良い返事ではないか。
「ということはあいつが私の父になるのか?」
サフィニア様……そこは祖父と言うべきでしょう。
「サフィニア様。儂のことはカルロスとお呼びください。……では、そろそろ行きましょうか。養子とするなら手続きも必要となりますし、儂も別館に移らなければ。ではヒスギ様、後は頼みます。息子には言っておきますので」
カルロスはサフィニア様を連れ立って大会議室から出て行った。
「って!ちょっと待て!!まだ話は終わっていないぞ!?」
「おや、儂はたった今魔卿大元帥を降りましたからな。後は息子の出番となります。では、失礼」
あぁ、そうだった。そうだったな!
こいつはこういうやつだった!
涙なんか見せるからすっかり忘れていたぞ!?
儂がサフィニア様の世話をすることになった。
これほど名誉なことはない。
しかも魔卿大元帥などという実に面倒な仕事もせずに済むとはなんたる極楽。
「サフィニア様。これからは……サニアとお名乗りください。儂のことはカルロス、と」
「そうだな。確かにお前たちの反応を見ていると名前は変えておいたほうが良さそうだ。サニア……良い名前だ。それから、仮にも魔卿大元帥だった奴を呼び捨てには出来ない。私はこれからサフィニアではなくサニアなのだから。わかったか?お爺ちゃん」
おぉぉぉぉ!!!
女の子の孫が居たらこれほどに可愛いというのか!?
「それで、お爺ちゃん。別館とはどこにある?」
これは、儂は敬語で話してはいけないのだろうか。サフィニア様にタメ口など恐れ多い。
だが、そうしなければサフィニア様が疑われる。
儂のそんな様子を見ていたサフィニア様が唐突にポンと手を打った。
「私のことは呼び捨てで、タメ口でいいぞ。そうしないと意味がないからな。私自身、それを気にするほどの器ではない」
まだ幼いのになんと心優しいお方だ。
「では、そうさせていただきます。……サニア、飛べるか?」
「この首輪のせいで飛べないな」
なるほど……これが、サフィニア様たちを待っていた時にヒスギ様が話された奴隷の首輪というものか。
「先ほどのように首を切断し、取ることはできないか?」
それならいけるような気もするんだが。
提案すると、サフィニア様は首を横に振った。
「いや、いいんだ。このままで。私は確かに、人と魔を殺してきたからな。これが勇者が与えた罰ということだ。それに、おそらく無駄だと思うしな」
立派だ。
14.5歳にしか見えないサフィニア様。
その小さな体でどれだけのことを背負おうとしているのか。
それから儂ら2人はお互いに自己紹介し、儂はサフィニア様から昔のことを、サフィニア様は儂から今のことを教え合った。
なぜか長くなってしまった。不思議。
視点変更多いと書きやすいですね。
二日前のPVが90くらいに対してユニークが50くらい……?っていうのは、40人近くが読み返してくれているということでしょうか