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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
二章『夢の中の世界』
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8:「屋上会議」


「兄貴、パン買って来たっすよー!」


 昼休みに入ったすぐ、元気よく教室の扉を入ってきたのはヤスだった。

 小柄な体にいっぱいのパンを抱えて、たっぷりの笑顔を携えて駆け寄ってくる。


 むむ、しまった。

 安藤さんと七人のイケメンたちとのやり取りが衝撃的すぎて、すっかりヤスのこと忘れていたぞ。

 これからサラ先生と会う約束があるのに……しかしこちらのほうが先に約束していたしなぁ。ヤスを置いていくわけにはいかないな。事情を話して一緒に食事を摂ろう。


 ……しかし、随分とたくさん買ってきたなぁ。


「なぁヤス、その大量のパンって……俺の分も含まれてるの?」

「もちろんっす」

「……そっか」


 もしかして、この世界での俺はいつもヤスにお昼を用意させていたのだろうか。


 うぅ、ありがたいけれど、これは申し訳ないな。

 流石は舎弟というところか。ここは夢の中だし、不自然じゃないようにその好意を受け取っておこう。


 もちろん、ちゃんとお金は払うつもりだ。


 ちなみに、俺が持っていた鞄の中には授業で使う教科書や筆記用具が入っているだけだった。

 あ、いや、見知らぬサイフはあったな。きっとこの世界での俺のものだろう。

 それと、現実の学校でも携帯電話の使用が禁止されているからか、俺が所有しているスマホは入っていなかった。まぁ、普段ならみんな隠れて持ってきてるんだけどさ。

 夢の中でも電波が飛んでいるかは不明だけど、家にはあるのかな。


「すまん、昼は屋上で食べてもいいか?」

「いいっすよ。それじゃあ行きましょう」


 場所を指定した意図を聞くこともせず、パンを両手に抱えたままヤスは屋上に続く階段へと向かっていった。

 素直だなぁ、可愛いやつめ。






 ヤスと一緒に屋上へ向かうと、既にサラ先生は着いていたらしく一人立ち尽くしていた。

 長い髪を風にたなびかせて、校舎から見える風景に瞳を向けている。


「兄貴、先客がいるっすよ」

「ああ、実はそこに居るサラ先生とお昼を一緒にしたいんだけど……構わないか?」

「……え? 先生とっすか。いいっすけど……まさか兄貴と先生がそんな関係だったなんて思いもよらなかったっす」


 違うっつの。

 しかし誤解をとくのも面倒だったので否定はしなかった。

 ……いや、本当にね。ただ面倒だっただけだよ、うん。美人の先生とあらぬ関係だなんて……うっひょうだなんて考えてない。


 先生は金属製の扉が開いた音に気付き、俺たちの方へ視線を向ける。

 そして、不思議そうに小首を傾げたあと問いかけを発した。


「……あれー? 赤花くん、その方はー……?」

「後輩のヤスって奴です。お昼を一緒にすると約束していて、いいでしょうか?」

「あぁその子が今朝会って親切にしてくれたという。なるほど、大丈夫ですー。夢の中でも友達を大事にするのは良いことです」


 ちょっ、そんな大声で堂々と。


「先生、事情を知らないやつの前で『夢の中』という単語を言ってしまったら……」


 マズいだろう。

 という続く言葉が伝わったのか、サラ先生は目を細めてにこっと笑う。


「大丈夫ですよ。ヤスくんは夢の中の登場人物ですから、現実に帰ったときいなくなっちゃいます」

「だから、話す内容に注意しなくてもいいと?」

「はい、白雪さんを助けることがなによりの優先事項です。遠慮なく、忌憚のない意見でお話ししましょう」

「……分かりました」


 しょせんは、虚構のキャラクターというわけか。

 夢の中にしか居ない。白雪さんの頭の中にしか居ない、存在があやふやな人物。


「どうしたっすか兄貴、オイラのことじっと見て……なにか顔についてるっすか?」

「……いや、なんでもない。ありがとな、パン用意してくれて。お金ちゃんと払うよ、いくらだった?」

「え、いやいや! 兄貴からお金貰うなんてできないっすよ! 気にしないで欲しいっす、オイラは兄貴の役に立つことがなによりも嬉しいんっすから」

「そうか……俺はヤスがお金を受け取ってくれる方が嬉しいんだけど、それでもダメか?」

「ダメっす。兄貴からお金なんて受け取れないっす。これは舎弟の意地でもあるっす」

「頑固だなぁ……。分かったよ、ありがとう。それじゃいただくな」

「いえいえ、たくさん食べてくださいっす~」


 白雪さんを助けると、ヤスはいなくなる。


 ……そう考えると、悲しいな。

 せっかく仲良くなれそうだったのに、現実に帰ると消えちゃうってことかよ。


 本当に、悲しくなってきた。

 白雪さんを助けないわけにはいかないということが、特に。


「ふふ、仲良きことは美しきかな、ですー……」


 ふと先生を見ると、こちらを眺めて優しい笑顔を浮かべていた。

 だがその手には、なにも持っていなかった。


「あれ、先生ご飯は用意してないんですか?」

「はいー……。夢の中だから、いいかなと思ってしまって。お弁当も、ありませんでしたし」


 俺と同じ事情か。


 まぁ、確かにすぐにここから抜け出すつもりなんだろうから、それで構わないと賛同したいところだけれど、そんな先生の横で俺たち二人だけが食べるという図は、あまりにも心苦しい。


 だけどこの食事は、俺の懐から用意できたものじゃあない。

 まずなによりも、確認が必要だろう。


「ヤス」

「はいっす」

「先生に、このパン分けてもいいかな?」

「オイラの許可なんて必要ないっすよ~。たくさんありますし、三人で食べましょう」


 くっそう、どこまでいい奴なんだお前ってやつは。

 現実にこんな友達がいたらなと、なんだか寂しくなってしまうじゃないか。


「さんきゅ」

「いえいえ、オイラだってなにも食べない先生の前でもくもくとパン食べるのは辛いっすから」


 やっぱり、同じ気持ちを抱いてしまうか。

 そうだよな、そんな鬼畜な所業ができるほど俺たちは面の顔が厚くない。


「というわけで、どうぞ先生。一緒にお昼を食べましょう」

「えへへ、ありがとうございますー……」


 はにかむような笑顔を見せた先生は、ヤスからパンを一つ受け取る。

 その顔を真正面から受けたヤスは、ぽーっと惚けたように数秒固まってから、俺をヒジで突いてきた。


「兄貴、兄貴」

「なんだ?」

「サラ先生、美人っすね」

「……惚れたのか?」

「なに言ってんすか。オイラが惚れてるのは兄貴っすよ」


 いや、そんなマジトーンで言われてもな。

 恐いよ。割と本気そうだから困る。


 目に力が入っているよキミぃ。


「そ、それじゃ食べようか。いただきます」

「いただきますっすー」

「いただきますー……」




 少し行儀は悪いが、俺はパンを口に含みながら本題を開始する。

 白雪さんを現実へ連れ戻すための作戦を話し合う、屋上会議を始めよう。


「先生」

「はい」

「……安藤姫さんって、白雪さんじゃないんでしょうか」

「それは、わかりませんー……」


 やはり、最大の問題はそこだろう。

 あの反応は事情を知らないというより、本当になにを言っているのか分からないという風だった。


 まぁ夢魔に取り憑かれているなんて自覚を初めから持っているかなんて分からない。

 ここが夢の中だという自覚がなくても、仕方ないのかもしれない。


 だけど、あれは本当に白雪さんなのか……?

 だとしたら、なぜあんな反応をするんだ。


「夢魔に取り憑かれている人間は、それを自覚できるものなんでしょうか」

「……いえ、夢魔の存在を感じ取れる人はごくごくわずかです。少なくとも、その存在を知っていなければ無理でしょう」

「では、白雪さんは夢魔を知らないという前提で大丈夫そうですね」

「はい。ですが……夢魔を知らなくても、ここは夢の中だということは分かっているはずです。これは、絶対という確信があります」


 パンをごくんと飲み込んでから、サラ先生はキリっとした表情で言葉を発する。

 格好いいけど、パンくずが口の端についてますよ、先生。


「確信ですか、それはどうして?」

「この夢の中が、あまりにも意図的だからです」


 夢の中が、意図的……?

 どういう意味だろう。


「兄貴も先生も、なんの話してるっすか?」

「や、ヤス……こないだやった、ゲームの話だよ」

「そうっすか。面白いっすか?」

「……あぁ、とても、やり甲斐があってね……」


 引き篭もっている女の子を助けようっていう、命が懸かった取り組みだ。

 面白いというよりは、真剣なんだよ。


 俺は自分のプレゼントも懸かっているから、より、ね。


「先生、意図的ってどういうことでしょう」

「普通の夢って、こんな風に現実に沿ったものじゃないんですー……。場面が次々に切り替わったり、そもそも地面がなかったり、人間じゃない生き物がしゃべったりもしますよ」

「……なるほど。分かる気がします」

「先ほど、この世界はどこまで続いているのか屋上から見ていました。ここは明らかにおかしいです、どこまでいっても、現実世界と一緒に見えます。それはこの夢を創り出した人、白雪さんのそうしたいという明確な意思がないと無理ですー……」


 そうだよな、俺もどこかでおかしいと思ってた。

 ここは夢の中にしては、違和感が少なすぎるって。


「もちろん、ここまで世界の形を固定できるのは先生の中にある夢魔の力を取り込んだからです。だとしても、だからこそ、そこに白雪さんの強い意図を感じられるのです」

「意図、ですか」

「はい。赤花くんは覚えているでしょうか、なぜ夢魔に取り憑かれた人間が、夢の中に閉じこもったまま出てこれないかを」


 人間が夢に閉じこもる、理由。


「夢魔のせい、というわけではなく……ですか?」

「きっかけは夢魔です。だけど夢魔はきっかけを与えるだけです、本人が現実に帰ってきたいと考えるなら、ちゃんと帰ってこれるです」


 そうだ、先生の力が弱まっている現状でも、白雪さんをその気にさせれば現実に帰ってこれるはずなのだ。


「…………現実より、夢の中にいることを白雪さんが望んでいる、ということですね」

「その通りです」


 先生は言っていた、夢魔が食べるのは前向きな、頑張ろうというプラスの感情。

 幸福を感じる甘い夢の中で、ゆっくりと捕食されていく。


 現実を拒否して、幸せの中で満たされたまま、それに気付かぬまま死んでしまう。


「この夢の世界が、白雪さんの望んでいる世界なんでしょうか」

「だと、思うのですー……」

「……なにか、問題が?」

「問題は、白雪さんはこの夢になにを望んでいるか、なのですよー……」


 ……ん?

 どういう、ことだ?


「この世界を作ること自体が、白雪さんの望んでいることじゃないんですか?」

「そうとも限らないのが、この夢の恐いところなんです。今に満足しているなら、無理やりにでも先生の力を奪い取ったりはしないです」

「……」

「幸福な状況は、たいてい複雑な思考を停止させます。先生は最初、世界観すらあやふやな中で白雪さんさえ見つければ解決すると考えていました。赤花くんにも、その手伝いをしてもらおうと思っていたのです」

「……なるほど」


 だが結果は、力を奪い取られて、まるで演劇をするかのように無理やり役に割り振られた。

 先生は女王、俺は王子として――白雪姫の物語に、取り込まれてしまった。


 そんなことにも、ちゃんと理由があるというのか。


「白雪さんには、この世界観にした目的があると思うのです。白雪姫というものをベースに、少しアレンジを加えた創作物語にした、理由が」

「……それを見つけることができれば、状況は進展するということですね」

「安藤さんは、先生たちの言葉に耳を貸してくれませんでした。可能性として二つ……知らない振りをしているか、本当に知らないかです」


 知らない振りをしている、というのは分かる。

 安藤さんは、本当は白雪さんで、だけど目的のために俺たちの話を聞かず、すっとぼけているということだ。


 だけど……、


「本当に知らない、という場合はどうなるのでしょう」

「安藤さんのほかに、白雪さんが成りすましている役がある、ということです。可能性は低いと思うのですが、まだ捨てきれていないですー……」


 そんなこと、あるようには思えない。

 ここは白雪さんの夢の中だ。主人公である安藤姫さんに成りすまさないで、いったいなにに成るというのか。


 主人公以外に、幸福を感じられる役なんてあるか……?


「……ん? あれ、白雪姫の中に、女の人って……何人出てきましたっけ?」

「ええと……主人公の白雪姫、狂言回しである女王様、そして……毒りんごを食べさせるために登場する魔女ですねー……」


 三人、か。

 しかし女王役はサラ先生が割り振られているから、選択肢として残っているのは魔女だけだ。


「安藤さんのほかに、その魔女に割り振られている女の人にも注意を払ったほうがいいんでしょうか」

「そうですね、そうなると思いますー……」


 うん、やっぱり情報を整理していると状況が分かってくるな。


「話をまとめると、どうなります? 俺はなにを手伝えばいいでしょう」

「まずは安藤さんを注意して見ることです。やっぱり白雪さんはあの人だと思うのでー……」

「ふむふむ」

「魔女役に割り振られている人を見つけて、その人を疑うことも大切です」

「なるほど」


 白雪さんを特定する。

 それが第一条件ということか。


 もう一度じっくり事情を話せば、分かってくれるかもしれないしな。


「そして、白雪さんがこの夢になにを望んでいるのかを見極めること、これがなによりも大切ですー……」

「見極めることができたら、どうなるんでしょう」

「白雪さんが望んでいることを叶える、そうすれば夢の世界でやることがなくなります。現実へと帰る決意をしてくれる可能性が高まるのですー」

「夢の世界での目的を叶えて満足させる、ということですか」

「はい! そういうことです!」


 よし、やることは決まった。

 俺はこれから、安藤さんを観察するぞ!


 主人公に張り付いておけば、いずれ魔女だって近付いてくるだろうしな!


「兄貴たち、なんだか難しい話をしてるっすねぇ」


 もぐもぐと、のんびりパンを食べていたヤスがそう言葉に出した。


「あ、悪い。一緒に食べてたのに、すっかり置いてきぼりだったよな……」

「いいっす、いいっす。勉強になったっす」

「……へ? 勉強?」

「はいっす」


 にこにこと、ヤスはパンにかぶりつきながら笑っている。


 まぁ、なんのことかはさっぱり分からんが、ヤスがそう言うなら俺と先生からなにかを吸収できたということなんだろう。

 役に立てて良かった。いずれ消えてしまい、別れてしまうとしても、それまで仲良くやっていきたい。


 ヤスよ、俺はお前の幸福を願っているぞ。


 そんなことをしんみり考えていると、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまう。


「……それじゃあ、俺は安藤さんを見張ってみます」

「はい、放課後にまた」


 先生やヤスと別れて、俺は教室へと戻った。

 白雪さんの目的を探るために、白雪さんの目的を叶えるために。


 ――サンタのお仕事を手伝って、女の子を夢の中から現実へ連れ戻す、ために。



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