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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
二章『夢の中の世界』
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6:「その名前は」

 なんとか遅刻せずにすんだ俺たちは、学校の敷地内を悠々と歩く。


「おはようっす~」

「……おはよう」


 ヤスに続いて校門をくぐり、すれ違う人達に挨拶を交わしていった。

 一緒に歩いている俺も続かないわけにはいかず、少しびくびくしながらも声を出す。


 だからいちいちヤンキーらしくないんだってお前。礼儀正しすぎるだろう。

 別に悪ぶってもいない俺でも、普段は学年や名前すら知らない生徒に声なんかかけないのに。


「おはよう、ヤッちゃん。あ、あの……おはよう、ございます。王子……きゃあっ、今日は運がいいわ、朝からご挨拶できるなんて!」

「お、おはようございます王子様ぁ! 今日もいい天気ですね、よければ今日はお昼を一緒にしませんか……?」


 そして意外なことに俺たちの挨拶は快く受け入れられていた。

 ヤスの明るい人柄ゆえかと思ったが、なぜか反応がいいのは俺に対してだ。


 特に、不思議な呼称を告げる人が多いように思える。


 う、う~ん……『王子』って誰のことなんだろうなぁ……。


「相変わらずモテモテっすねぇ、兄貴」

「……なぁ、王子って誰のことだ?」

「なに言ってるんすか。兄貴のことっすよ、そのことも忘れてしまったんですか?」

「お、俺は学校でそんな呼ばれかたをされているのか……いったいどうなってるんだ」


 この夢の中は。

 訳分かんなすぎるぜ。


 だけどこれで、一つ確信したこともある。

 俺は、本当にどこか別の世界に入り込んじまったということだ。


 そうじゃなきゃ説明つかないもんな。

 俺は現実世界では舎弟なんていないし、部活をやめてから友達だって少なくなった。


 そして間違いなく、女子からの好感度も高くなかったはずだ。

 ところが、今はなぜか不自然なほどモテている! 正直とても嬉しいが、嬉しくてたまらないが……!


 ここは調子に乗らずクールに決めるべきだろう。

 まずは、心を落ち着けるんだ。それがいいと直感が告げている。


 ――とりあえず俺は、この世界では王子ということになっているんだと頭の中で理解しておくだけでいい。


 それだけに、留めておくべきだ。

 冷静になれ……俺!


「やあ、お、おはよう!」

「きゃああっ、王子が手を振ってくださったわぁっ」

「おはようございますー! 王子様ぁぁっ」


 これは、決して不純な気持ちで行っているんじゃない……。

 相手を喜ばせたいという奉仕の精神の表れなんだ!


 ……でへへ。

 女の子の笑顔って、可愛いなぁ。

 いつまでも見ていられるぜ。


「兄貴、もう行くっすよ。いつまで挨拶してるっすか」

「……わ、悪いわるい。ちょっと新鮮でな」

「新鮮……? まぁいいっす。兄貴に女の子が群がるのなんて、いつものことっすから」

「そ、そうなのか」

「そうっす、なにせ学校一の男前っすからね。オイラも兄貴の舎弟として鼻が高いっすよ」

「舎弟か……友達では、ないのか?」

「とんでもないっすよ。オイラが惚れ込んで、子分にしてくださいと頼み込んだんす。そんな恐れおおいことできないっす~」


 照れくさそうに、だけれど誇らしそうにヤスは言葉を紡いでいく。


 ……そうか。

 俺にとっては今日初めて会った奴だけど。

 こんなにも慕ってくれているとなると俺も嬉しくなってくるよ。


 ちょっと時代錯誤だと思うけどさ。

 兄弟分の契りを交わすほどの大切な思い出すら知らない状況だけど、せめて兄貴分として恥ずかしくないように振る舞いたいもんだ。


 だけど、友達ではない、か……それを少し寂しく思ってしまうのは、なんでなんだろうなぁ……。


「だから兄貴には、もっとキリっとしていて欲しいっす。女の子にデレデレして鼻を伸ばしている兄貴なんて見たくないっすよ」


 なるほど、だから曲がり角でベタな出会いを体験したときも、ぷりぷり怒っていたんだな。


 俺にとっては、見知らぬ女の子よりも色々な情報を教えてくれるヤスのほうが大切に思える。

 その気持ちは出来るかぎり尊重してやりたい。


「……そっか、悪かった。これからは気を付けるよ」

「兄貴は学校の王子っすからね。毅然として、どんと構えててくださいっす」

「ああ、分かった」


 そうしている内に、昇降口に着いた。


「それじゃまたお昼にっす」

「あ、ヤス。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんっすか?」

「俺のクラス、どこか分かる?」

「…………本当になにも覚えてないんすねぇ」


 ヤスに教えてもらった俺のクラスは、現実世界のときと同じだった。

 ……偶然の一致というやつだろうか?






 教室に入ると、そこには誰一人として知らない顔しかいなかった。

 クラスは同じだというのに、その中にいるクラスメートは別人しかいない。


 ……まぁ、それは俺も含めてかもな。

 王子なんて覚えのない称号を与えられちゃってるしね。


 俺は挨拶もそこそこに、どこか落ち着かない気持ちになりながらも席につく。

 女の子からの熱い視線を感じながら待っていると、とても見覚えのある女の人が教室に入ってきた。


「はいー……点呼をとるですよー。皆さん揃っていますかー……?」


 ビジネススーツ姿に、腰まで届きそうなほど長い銀髪の女の人。


「さ、サラ先生!」

「わひゃあっ、あ、赤花くんですかー……?」

「はい、今までどこに行っていたんですか」

「色々と事情がありましてー……」


 予想外の登場に驚き興奮して立ち上がってしまった俺を見て、クラス中がざわめいた。


「ま、まずは座ってくださいー……おそらくシナリオ通りに進めないと、この状況は進展しないと思うです」

「シナリオ……どういう、意味ですか?」

「赤花くん。着席してください」

「……はい」


 サラ先生らしくない、教師らしい様相に驚き思わず従ってしまう。

 俺が腰をおろしたものを確認すると、サラ先生は咳払いをしたあと言葉を続ける。


「あ、今日は点呼の前に転校生を紹介しますー……。入ってきてください」


 て、転校生!?

 まさか……、この展開……!


「えっと、失礼しまーす」


 教室の扉を開けて入ってきた転校生は、予想していた通りの女の子だった。

 なにせ今朝会ったばかりだ、そしてあんな印象的な出会いかた……忘れることなんかできやしない。


「わたし、今日からここに転校してきた安藤といいます。よろしくお願いしますね」


 その女の子は、にこっと微笑んでから丁寧にお辞儀をする。


 安藤さんが黒板にチョークで書いた下の名前は、『姫』だった。

 ふり仮名はそのまま『ひめ』というらしい。綺麗な名前だなぁ。


 というよりは、親御さんの勇気が半端ないな。

 自分の子に姫という名前を付ける度胸、感服するぜ。


「よろしくお願いしますね」


 なぜか、安藤さんは二回目のお辞儀をする。


 なんだ……?

 あ、目線があった。

 ん? ぎこちなくウインクをしているが……よく見ると表情が険しい。


「よろしく、お願い、します、ね~?」


 なんだろう、恐いんだが……。

 いったいこの転校生は、俺になにを伝えようとしているんだろう。


 ……まさか愛の告白か?

 ありえなくはない、今の俺は王子と呼ばれるほど女子人気が高いらしいからな。


 いやいや、まいったなぁ。

 こんなに可愛い子までもが俺に好感を持っていてくれるとは、やっぱり夢の中ってのは見る人の都合よくいくものなのかねぇ。


 展開はベタだけどやっぱり嬉しいもん、だ…………ん……いや、待てよ、ここまでベタなのはおかしくないか。

 なにか理由があるんじゃ……そうだよ、これは演出されたものなはずだ。決して自然に任せて発生したものじゃあない。


 ――はっ、そうか分かったぞ!


 この転校生が俺になにを要求しているのか!


 俺は静かに頷いて、ゆっくりとタイミングをはかり呼吸を合わせていく。

 そして――


「「あーっ、あんたはあのときのぉ!!」」


 勢いよく立ち上がり、失礼なことは分かっているが指をさした。

 同時に安藤さんも俺に向かって指をさしながら叫んでいる。


 うむ、やっぱりこれを求められていたんだな。

 これぞ様式美というものなんだろう。古き良き文化だ。


「あのー……、赤花くんも安藤さんもとりあえず席に座ってくださいー。点呼を行いますー」


 あ、はい。分かりました。


 安藤さんも、少しだけ誇らしそうな顔をして、用意されたのであろう席へと向かっていった。

 ドヤ顔の美少女可愛いな。




「……それで、これはいったいどういうことなんですかサラ先生。俺にも状況が理解できるように説明をお願いしたいものです」


 朝礼が終わったあと、俺とサラ先生は教室から出た廊下で軽く話をしていた。

 授業が始まる前の時間、いまは教室の中で安藤さんがクラスの皆に囲まれている。


 特に騒いでいるのは男子たちだ。

 まぁ、気持ちは凄く分かるけどな。美少女の転校生なんか来たらテンションあがっちまうのも仕方ない。


 しかしクラスメートの顔を誰も知らないからか、なんだか不思議な光景だな。

 心なしか、イケメンが多い気がするぞ。


 安藤さんもイケメンたちに囲まれて嬉しそうだし。

 ……少し面白くないと思うのは、なんでなんだろうな。


「赤花くんは、この世界のどこで目覚めましたかー……?」

「道の真ん中に突っ立ってました。先生は?」

「職員室でした。この世界でも私は教師だったようです」

「そうですか……。それで、これはなんなんですか? 早く先生の力で白雪さんを現実に連れ戻してくださいよ」


 いや、本音を言うともう少しくらいはこの夢の中にいてもいいと思ってるんだけどさ。

 女の子にモテるという貴重な体験を、ほんのもう少しでいいから味わっていたい。


「すみません、それはすぐには無理そうなんですー……」

「……え? それはどういう?」

「理由は二つあります。一つ目は、現在先生の力がとても弱まっていること。この夢の中に入り込むときに、白雪さんに取り込まれて逆に利用されてしまったようです」

「はぁ!? 取り込まれたって……先生、大丈夫なんですか?」


 その言葉を聞いて、サラ先生は優しく微笑む。


「いまのところは、大丈夫ですー……」

「……あんまり、辛そうじゃないですね?」

「だって、赤花くんがまずなによりも先生の心配してくれたので嬉しくて。先生の力不足で迷惑をかけてしまっているのに……」


 先生は申し訳なさそうにしゅんと頭を下げている。

 そうか、確かに言われてみればそうかもしれないなぁ。だけど、それは絶対に違うと思う。


 先生が責任を感じることではない。

 だってこれに巻き込まれたのは、最初に俺が協力を申し出たからなのだから。


「……いえ。俺『良い子』ですから」

「ふふ、はい、赤花くんは良い子ですねー」

「それに、先生とも無事にこうして会えましたし……この夢の中で命の危険はないんでしょう?」

「おそらく。先生の予想通りならば、赤花くんは大丈夫ですー……」


 いや、おそらくて。

 おいおい、不穏な空気になってきたなぁ。


 俺は、ってことは先生は危険なの……?


「あ、それでその現実世界に帰れない二つ目の理由というのは……?」

「この夢の中にいる白雪さんの居場所が分からないんですー……。多分、あの転校生さんだと思うのですが……確実にこの物語の主人公はあの女の子でしょうからねー……」

「……物語の主人公、ですか?」

「はい。ここは夢の中であると同時に、ある物語に沿っているのだと思いますー……。赤花くんは、目が覚めてから学校に来るまでどんな行動を取っていましたか?」

「はぁ……それが先生の助けになるのなら、お伝えします」


 俺は通学路の途中で目が覚めてから起こった出来事を話していく。


 ヤスと出会い、自分が置かれている状況を教えてもらったこと。

 学校へ向かう途中、転校生である安藤姫さんと曲がり角でぶつかり、ベタな出会いをしたこと。

 そして学校に着いて判明したことだが、どうやら俺は王子という呼称で親しまれていること。


 ――そして、教室でまたもや安藤さんとベタな展開を繰り広げたこと。


「ありがとうございますー。やはり、赤花くんからいただいた情報を整理しても、この夢の中は間違いなくあの物語だと思います」

「……はぁ、そうなんですか」

「なにか気付きませんかー……? ヒントは安藤さんの周りにいる男の子たちです」


 先生の言葉に従い、俺は教室の中を覗き見る。


 ……なんだろう。

 別に不思議なことはなにもないけれどなぁ。


 ただ安藤さんがイケメンに囲まれて、ちやほやされているだけだ。


「格好いい男子に、ずっともてはやされてますね」

「……その人数は?」

「ええと、七人ですね」

「なにか特徴はありませんかー……?」


 ……イケメン達の特徴?

 うぅむ、なんだかいつも笑っている奴や、怒っている奴、面倒くさそうにしてる奴もいれば、見るからに頭が良さそうな眼鏡をかけてる奴……。


「同じ感情が常に顔に飛び出ているような奴らばっかりですね」

「はい、その通りですー……そして先生が目が覚めたとき、まずなにをしたのかといえば、鏡に向かってこう呟いたのですー」


 鏡に向かって、呟いた……?

 なに言ってるんだろう。この先生は。


 サラ先生は拳をぎゅっと握って、目を瞑る。


「『鏡よ鏡よ、鏡さん。この学校で一番綺麗な人は誰ですー……?』って、なんだかどうしても言わないといけない気がして、つい口にしてしまったです」

「…………はぁ……」


 瞳を開いたあと、サラ先生は口の端を少し上げた。


「そして、赤花くんは王子です。さぁ、もうお分かりですねー……?」


 その言葉に導かれるように、俺は脳内記憶を掘り出していく。


 転校生、安藤姫さん。

 正体は多分、白雪さんだろう。

 ヒロインじゃなくて、主人公だったんだなぁ。まぁ自分の夢の中だし、当然か。


 それに群がる七人のイケメンのクラスメートたち。

 それぞれが感情を表に出している特徴的な面子だ。


 サラ先生は、学校の教師。

 目が覚めたときまず行った行動は、鏡に向かって言葉を出したこと。


 そして俺は……?

 学校で、なんと呼ばれていた。


 あぁ、もう。

 ここまで情報を整理したら、さすがに俺でも気が付いてしまう。


 なんで舞台が学校なのか、とか。

 どうして俺が王子で、なぜ転校生とベタな展開を強要されたのかは分からないけど……もう理解した。


 この物語が、なにをベースに作られたものなのか。


「……俺と先生は、登場人物に割り振られたということでしょうか」

「はい。夢魔の力を使って……この物語の力を強化しているのだと思いますー……」

「この夢の中から、白雪さんを連れ出す方法は?」

「通常なら方法はいくつかありますが……先生の力が弱まっているいま選択肢があまりないです。白雪さんに会って事情を話し力を返してもらうか、白雪さんを説得して現実世界への帰還を決断してもらうことです」


 なるほど、どちらも難しそうだ。

 幸福な夢の世界に浸っている現状、辛い思いをしたのであろう現実に帰るための協力をしてくれるとは思えない。


「まずなにより、白雪さんに事情を話さないといけないんですね」

「はい。よろしくお願いしますねー……?」


 しかし、白雪さんはどうして、こんなへんてこな夢を望んでいるんだろう。

 ……もしかしてサンタとしての力を取り込まれたから、こんな訳の分からない展開になっているのだろうか。


 この物語の正体は――『白雪姫』


 どうしてか少しアレンジはされているみたいだけど、きっと大本は変わらないんだろう。


「出来る限りは、頑張ります」


 そして俺はこの夢の中の世界で、王子の役を割り振られている。

 ……なんだろう。少しの嫌な予感と共に、なぜか胸が昂ぶっているのが分かってしまう。


 心臓の音がうるさく鳴り響くほど――ドキドキ、していた。



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