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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
一章『サンタの正体』
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4:「閉じこもっている女の子」

「ここが、白雪さんのお家ですかー……」


 サラ先生はおずおずとした足取りで、家の中を進んでいく。


 サンタの不思議謎パワーを使い施錠を解除し、金属製の扉を重々しく開いて入っていったそこは、暗闇だった。


「きったな……」


 学校に来ていないと聞いていたので、軽く想像はしていたんだけれど……。


 電気がついていない家内はぐちゃぐちゃだ。

 色んな物が散乱していて、足の踏み場がとても少ない。


 どうやら間取りは家族三人で住んでいる俺の家と違って1LDKみたいだ。

 一人暮らしって聞いてたし、十分な広さだろう。


 ダイニングの中に白雪さんはいない。

 ということは、扉で遮られた私室にいるのかもしれない。


「暗いですー……電気をつけましょう」


 そう言って、先生は電灯からぶら下がっている紐を引く。

 暗闇の世界が光に照らされ、さらに混沌とした散らかりようが視界に入ってくる。


 ……ま、迷いがねぇ。

 これは外国人の大胆さというやつだろうか。


 てか、匂いもキツいよ……。

 視覚情報で具体的なイメージが頭の中に刻み付けられたからか、さらに鮮明に鼻の奥へ刺激が入ってくるように感じる。


 この空間、長時間いると具合が悪くなってきそうだな……。


「ちょっ、先生あの、勝手につけちゃ駄目でしょう」

「え? なんですかー……?」

「いや、家主の許可も得ず侵入しているだけでもマズいのに……さすがに電気とかつけたらバレちゃいますよ」

「ああ、いいんですよー。家に入るまではできるだけ見られないように気を付けはしますけれど、結局は夢魔を退治するときに白雪さんに会わないとですから」

「……じゃあ白雪さんにはサンタが来たとバレてもいいんですか。それなら最初からチャイムを鳴らせばよかったのでは……」


 わざわざ空き巣のような犯罪行為に手を染めなくてもいいだろう。

 普通に訪問すればいいのに。


「鳴らしましたよー……でも反応がなかったのです。こういうケースはとても多いです、だから無理やりにでも入ったです」

「なるほど」


 周りをキョロキョロと見渡しながら、サラ先生はなにかを探している。


「煙突もないですし……日本、対象に会うのにとても苦労しますー……」

「……サンタも結構大変なんですね」


 ていうか、そもそも日本のスタイルに向いてないんじゃないのか。

 煙突なんて、お金持ちが避暑地とかに建てている別荘くらいにしかないんじゃないの?


「あ、そういえばサラ先生。俺相手に敬語とか使わなくていいですよ、年下で、生徒なんですし」

「私、敬語が一番話しやすいです。日本語学校で習ったの、敬語です」

「そうなんですか……。じゃあ、そのままで大丈夫です。俺が慣れます」


 サンタって日本語学校とか通うんだな……。

 なんかシュールだ。


「白雪さんいないですー……。こっちの部屋でしょうか?」


 またも、サラ先生は迷いのない手つきで扉を開く。


 すげーな。

 どれだけ心臓強いんだよ。

 いくら仕事だと言っても、少しは人の部屋に入るのに躊躇いとか感じないもんかね。


「……おじゃましまーす」


 と言いつつ、俺も先生について忍び足で部屋の中に入っていく。


 汚いからいまいち実感がないけど、ここ女子高生の部屋なんだよな……。

 しかも一人暮らし。男の気配が一切ない。


 男はいま、この空間に俺しかいない。


 ……やべーな。

 いま俺、女の子の部屋に入ってるぜ。


 ドキドキする。


 いい匂いは……しないけど。

 なんか紙の匂いがする、古本屋にでも入った気分だ。


「ベッドにはいないです。どこでしょうー……」

「確かに、どこにもいないですね」


 この部屋は、ダイニングとはまた違った意味で散らかっていた。


 まず特徴としては、本棚の数が多い。

 多分八畳くらいの広さに、三つもある。

 しかも隙間があまりないほど、様々な種類の本が詰め込まれているようだ。


 あ、でも小さいサイズ……文庫本が割合的には多いのかな。


 そして、なによりも目を引くのは床だ。

 紙、紙がひたすらに敷き詰められている。


 これ、原稿用紙か……?


 びっしりと文字が書かれた原稿用紙が散らばっている。

 いったい何枚くらいあるのか分からない。


「あ、発見しました。でもこれは、ちょっと大変ですー……」


 先生の視線の先、部屋の隅に毛布に丸まった状態で――小柄な女の子が座っている。

 まるで自分の場所はここだというように、体育座りで、自室の一番端に鎮座していた。


「……動かない、ですね。俺たちに気付いてないんでしょうか」


 もの凄く長い黒髪に隠れていて、顔がちょっとしか見られない。

 毛布が体の周りを覆っているからか、どんな体型をしているかも分からない。


 だけど、一つだけ分かった。

 ダイニングから照らされる電灯の光が顔に当たると、細い筋が映る。


 泣いている、のだ。

 ――この女の子は、目を瞑りながら静かに涙を流している。


「これ……眠ってる、んですかね」

「多分違います。夢の中に……閉じこもっているのですー……」

「それ、どういう状態なんですか」

「現実を、拒否しているんです。夢魔に取り憑かれた人は大体がこうなります」


 サラ先生は、そう言って白雪さんの顔を覗き込む。


 先生が声をかけても、軽く揺すっても、白雪さんが起きる様子はない。

 おそらく俺たちが家の中に入ったことすらも気付いていないだろう。


 現実を拒否する――


 それは、どういう意味なんだ。


「間違い、ないと思います」

「夢魔に取り憑かれたら、皆がこうなってしまうんですか……?」


 その問いかけに、サラ先生は重そうに口を開く。


「……夢魔は、その名前の通り取り憑いた生き物の夢を食べます。それは頑張ろう、前を向こうとする意思です」

「だから、取り憑かれたら元気がなくなっていくんですね」

「はい、夢魔はより効率的に捕食するために取り憑いた対象を夢の中に誘い込むことが多いです。それは、その対象が幸せだと感じる空想の中に取り込むということでもあるのです」

「空想の中に、誘い込む……?」


 白雪さんは、目を覚まさない。

 幸せな夢の中で、ゆっくりと食べられていっているのだろうか。


 ――精神の捕食。


 この様子だと、学校どころか外にすら出ていないだろう。

 まるで立ち上がる力すらも、なくなっているようだ。


「……そんなの、どうやって助けるんですか。助け、られるんですか……?」

「私の力で、夢魔を退治します。したいです」


 そう言うサラ先生の表情は暗く、重い。


「やっぱり、簡単なことではないんですね」

「……はい。失敗する可能性も高いのですー……」

「もし、助けられなかったら?」

「年が変わるまでに精神が食べられて……消えちゃいます。白雪さんじゃないなにかに意識を乗っ取られて、それからは普通に過ごすようになります」


 何度確かめても、結論は変わらない。


 追加された情報は、タイムリミット。

 どうやら年末までしか時間がないらしい。それほど危険な状況だということだ。


 そして、ここまでの話を整理すると……サラ先生が夢魔の力を自由に使えるのはクリスマスの日しかないということなんだろう。


 つまり、絶対に失敗できない。


「じゃあ、頑張らないとですね」

「はい! ですが……ここまで侵食が激しい状態だと、外からでは退治ができないです」

「というと?」

「私も夢の中に入って、まず白雪さんの精神を現実へ戻さないとです。それから白雪さんが『望むもの』を贈り物して、夢魔を体内から追い出します」

「そこまでしないと、助けたことにはならないんですね」

「はい」


 なるほど。

 まずは白雪さんに目を覚ましてもらう。そしてそこからサンタの必殺技『プレゼント』を使い、夢魔を白雪さんから引き離す。


 たぶん贈り物を貰って嬉しい気持ち、前向きな気持ちが……夢魔に対する強力な武器になるんだろう。


「わかりました。ではそれはお願いしますね、俺はその間なにをすればいいでしょう」

「……協力、してくれるのですか?」

「ええ、まぁ、俺も先生からプレゼントを貰いたいので。できることがあるなら頑張りますよ」

「えへへ、良い子ですねー……では先生と一緒に、白雪さんを現実世界に連れ出すお手伝いをお願いしてもよいですかー……?」


 上目使いで、実にあざとく先生は俺に協力を申し出る。


「それ……俺も夢の中に入るということですか? 危険はないんでしょうか」


 できることがあるなら頑張りたいと言ったが、命の危険があるなら話は別だ。


 だいたい夢の中に入るってなんだよ。

 もう語感が恐いんだってその行為。見ているだけならいいけれど、俺は進んでやりたくない。


 失敗して、俺も夢の中に閉じ込められたらどうする。


「大丈夫ですー……先生が赤花くんを守りますよ。信じてください」


 えへんと、サラ先生は胸を張る。


 ……た、頼りにならなそう。

 練習していたピッキングも上手くできなかったくらいだからなぁ。


「ちゃんと俺を、現実世界に戻してくださいよ?」

「頑張ります」

「……はい」


 そこは、約束すると言って欲しかったな。

 努力が必要なことなのかよ。もしかすると本当に戻れない可能性があるみたいじゃないか。


 だけどここで少し考えろ、俺。


 俺はなぜサラ先生に協力している?

 ――そう、プレゼントを貰いたいからだ。


 親が変装するようなまがいものじゃない、本物のサンタからの贈り物。


 多少のリスクは、覚悟するべきなのかもしれない。

 危険に飛び込まないと、本当に欲しいものは得られないということか。


 ……よし、覚悟はできたぞ。


 俺は白雪さんの夢の中へ、サラ先生と一緒に入る。


「わかりました。俺も協力します、良い子ですからね。白雪さんを助ける手伝いをさせてください」

「ありがとうございます! 赤花くんの勇気ある決断に感謝します」

「……はい」


 やっぱりこれ、勇気が必要なことなのかな。

 ちょっと恐くなってきちゃった。


 ……もう考えないようにしよう。


「どうやって夢の中に入るんですか?」

「そうですねー……。赤花くんは、催眠術というものを知っていますか?」

「はぁ、まぁ」

「大体はそれと同じ感じですー……。イメージが沸きにくいなら、金縛りでもいいですよ」

「催眠と、金縛りですか。その二つって原理は一緒のものなんですか、知らなかったです」


 催眠術って、かけた人の言うことに従っちゃうって感じだろ?

 それで、金縛りっていうのは寝てるときに意識だけが起きちゃって体が動かない、みたいなものだと理解してた。


 全然、違うように思えるけれど。


 そんな俺の疑問符に満ちた顔を見たからか、サラ先生は追加で説明してくれた。


「もう少し簡単に言うと多くの感覚を閉じて、閉じていない狙った感覚だけを増幅させるということですー……」

「……耳が聞こえなくなる代わりに、目が凄く良くなるみたいな感じですか」

「厳密に言うと違うですけど、大体はそれで合っています」

「なるほど、なんとなく理解しました」


 その言葉を聞いて、にこっとサラ先生は微笑む。


「今から現実世界での感覚を閉じて、白雪さんの中にある夢の世界に入れるよう精神だけを活性化させます。準備はいいですかー……?」

「はい。大丈夫です。ちなみに夢の世界って、どんなところなんでしょう」

「人によって違いますー……。入ってみないとなんとも言えないです」


 まぁ、そりゃそうか。

 別に毎日同じ夢を見るわけないもんな。


 人と違うなんて当たり前だ。


 その人には、その人が見る夢がある。


「じゃあ、いきますよー……。赤花くん、白雪さんの体に手を触れてください。毛布の上からじゃダメですよ」

「う……はい、わかりました」


 女の子の体に触るなんて、何年ぶりだろう。

 幼稚園か、小学生のときか。少なくとも学校行事で必要性があったときしか触ったことがない。


 ――ドキドキする!


 もう、これがプレゼントみたいなもんだろ……!


「し、失礼します……っ」


 白雪さん、今日初めて会ったのにごめんなさい。

 サラ先生に言われたから仕方なくなんです。


 俺は毛布を少しずつはがして、晒け出た白雪さんの肌を見る。


「うわ、すっげー白い……」


 名前の通りだ。

 Tシャツから覗く首筋が、続いて伸びる細い手が、もの凄く白い。


 まるで雪みたいだ。


「じろじろ見ちゃダメですよー……」

「あっ、はい。ごめんなさい。いま触ります」


 俺はそっと白雪さんの手に触れた。


「はい、じゃあこっちの手は私ですー……」


 そう言ってサラ先生は、俺の反対側の手をぎゅっと握り締める。


 うわわっ。

 すんげー柔らかい!


 おいおい女の人の手って、こんなに温かくて柔らかいのかよ……。

 握っているだけで幸せな気持ちになる。


 俺はこんな幸福な行為を、一切知らずに生きてきたんだな。

 ……悲しくなってきた、深く考えるのはやめよう。


 ドキドキ。


 サラ先生から貰う予定のプレゼント。

 ……彼女とか……いやそこまでだ。集中しろ、集中だ!


「これで準備は完了です。ではいきますよー……んっ」


 サラ先生が気合を入れると、なぜか部屋中に散乱していた原稿用紙が宙に浮かんで……ぐるぐると、ぐるぐるとまるで竜巻のように回りだす。


「……こ、れなんですか……?」


 同時にどうしてか握っている手から力を吸われるような感覚があり、俺は意識が朦朧とし始めた。


「白雪さんは、在学時は文芸部に入っていたようですー……もしかしたら、彼女の食べられた夢になにか関係しているのかもしれません」

「そう、ですか……ぶん、芸部……」


 もう、ダメだ。

 質問しておいて、そのもらった答えがあまり頭に入ってこない。


 もう、ねむ……い……。


「さぁ、貴方はだんだんと眠くなってきますー……だんだんと、手足の感覚がなくなって、夢の世界に入り込んでいきますー……」


 先生の声に誘われるように、俺は意識を失った。


 白雪さんの夢の中へ、先生と一緒に入り込んだのだ。



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