3:「夢を食べる魔」
「先生は……人間じゃ、ない」
「あ、半分ですよー……。それに、体は皆さんと同じですから」
サラ・クロース。
うちの学校の臨時職員は、サンタの正体は人間じゃないという。
「どういうことですか……? 俺には、先生の言っている意味がよく飲み込めません」
「赤花くんがそう言うのも、当然だと思います。証明方法も……あ、ないわけではないですね。今日のこの時間なら、可能ですー……」
ぽわぽわとした表情で、とんでもない言葉を吐き出す先生を、俺は焦りからか上手く見られない。
体は、人間と同じ。
髪や瞳の色に現れるわけでもないのかな。
先生の容姿は凄く目立つけど、別に人間として有り得ないってわけじゃない。
それなら……なにが違うんだ。
「じゃあ、じゃあ人間じゃないってなら、なんなんですか?」
「DreamEater。日本語なら――『夢魔』と呼ばれる、形のない精神体です。私の半分は、その夢魔の血を引いています」
「むま、ですか」
「はい、生き物の夢を食べてその体を乗っ取ろうとする。大変な精神体です」
「夢を食べて、その体を乗っ取る……?」
いやいや。
説明されても、訳が分からないって。
でも、それが先生の言うとおり酷く大変なことになるのは、なんとなくだけど想像がつく。
乗っ取られたら、人間はどうなってしまうんだ。
「半分……先生は夢魔ってやつと人間の、ハーフって、ことですか」
「……私のお母さんは、子供のころ夢魔に体を乗っ取られたそうです。というよりは、その夢魔がお母さんなんですけどね」
えへへ、と苦笑いを浮かべるサラ先生は、どこか申し訳なさそうだ。
「……乗っ取られると、どうなるんですか」
「別人になるのです。記憶ごと食べられてしまいますので、言い方は良くないかもですが……そこでその子供の人生は、終わってしまうのです……」
「死ぬって、ことですか」
肯定の言葉はもらえなかったが、先生の真剣な表情を見てその解釈が間違っていないと納得する。
「そう、ですか……」
先生の母親は、子供の頃に夢魔に精神を乗っ取られて亡くなった。
だけどその夢魔が普通の人間と結婚して、子供を産んだ。
それがサラ・クロース。
こんなの事情を説明されないと、絶対に気付けない。
それほどに完璧な擬態。
気付くことができない、殺人行為。
「夢を食べられる……精神の死」
自分が自分でなくなってしまう。
上手く想像がつかない恐怖が、俺の胸の中いっぱいに広がっていく。
「急に……人が変わったように、ということを聞いたことありませんか?」
「それは、性格が変わったとか、そういう?」
「はい。いきなり別人のようになっちゃうことの中に、夢魔が絡んでいることがあるのです」
「なるほど」
「人を食べた夢魔は、そのあと普通の人間として生きようとします。肉体があれば人間と同じ生き方ができるようになるので、そこで夢魔の目的は完了するのです」
「……」
「まぁ、夢を食べられたあとなので、すごーく元気のない人になってしまうのですよー……。元々夢魔に憑かれているので、そこはあまり変わらないんですけれど、それでも無理やり行動しようとするから、すごーく変な人になっちゃうんです」
元気がないのに、普通に振舞おうとするってことか……?
それがずっと、続くのか。確かにそれは、あまり気持ちよくないかもな。
空元気はいいことだと思うけど……周囲の人間はちょっと苦しくなる。
見ているだけで、少し辛くなってしまうのだ。
「それだけなら、まだいいです。変な行動する人なんていっぱいいます。だけど夢魔は違います、その人を食べちゃうんです。その人を消しちゃうんです。それは、夢魔にとっては正しいことでも、やっぱり人間にとっては恐いことだと思うのです」
「……はい」
「夢を食べられちゃう……そんなの、悲しいじゃないですか。だから私は、頑張ろうと思っているのです」
にこ、と目を細めて先生は微笑む。
「……立派だと、思います」
先生はいま組織に所属していて、それを防ぐために動いている。
なんらかの方法で夢魔の存在を感知して、その反応があった場所に派遣されるんだろう。
自分も血を引いているのに、半分同族である夢魔から子供を守ろうと……偉いなぁ、尊敬してしまうぞ。
まぁ、どうやって守るのかなんて分からないけどさ。
実際に組織があって、こうやって動いているということは……、
たとえ取り憑かれてしまっても――夢魔に精神を食べられる前に、なんとかできる手段があるんだ。
それは、本当によかったと思う。
ぜひ頑張って欲しい。
「ありがとうございます。頑張りますよっ」
ぎゅっと握り拳を作って、サラ先生は元気よく宣言する。
「と、いうわけで。先生は泥棒さんじゃないのですー、信じてもらえましたか。通報、しないでもらえますかー……?」
「……まぁ、かなり胡散臭くはあるんですが、信じてもよいかなという気分になっています」
でもまだ半分疑ってもいる。
半信半疑ってやつだ。
なにせ証拠を見せてもらってないからな。
もしかすると全てがデタラメかもしれない。まぁこの真剣さでそんな器用なことができるほど、この人がやり手とは思えないけどな。
こうやって俺に見つかっている時点で、結構おっちょこちょいだ。
よく今まで隠し通せていたもんだよ。
……いや、普通はこんなこと人に話しても妄想電波野郎だと思われるだけか。
なるほど、世界は上手くできている。
「よかったですー。では先生は仕事に戻りますので、失礼します」
「待ってください」
「な、なんですか……? 赤花くん……顔、恐いです」
もし全てが本当のことだと仮定してだ。
この状況、先生がマヌケだからこそ発生したこのチャンスを逃す手はないだろう。
先生はぜひ、夢魔に取り憑かれた子供を助けるために頑張って欲しい。
だが俺は――俺の目的を叶えるために動く!
「先生は、本物のサンタなんですよね?」
「え、はい……多分そうですー……」
「普通の人間にはできないことが、できるんですよね?」
「はい、今日はできますー……」
ふふ、やはり先生は不思議なパワーが使えるのだ!
少し想像とは違ったけど、ていうか性別すら違ったけれど、一晩で子供たちに夢を与えるサンタになにもないわけがない。
俺は言うぞ、恥ずかしげもなく言うぞ……!
「プレゼントください」
「え、え……?」
「通報はしないであげますから、俺にプレゼントをください。愛とか夢とかいっぱい詰まったやつ」
「……きょ、脅迫ですー……それは犯罪ですよー……」
「先生がやってることも、ですけどね。いくら崇高な目的があったとしても、勝手に人の家に入るのは犯罪です」
「うぅ、それを言われるとー……」
サラ先生は、俺の反論でしょんぼりしてしまう。
俺はこんなことで罪悪感なんか感じないぞ。
ゲスなことを言っているのは自分でも分かっている。
だけど俺は元々これが目的でサンタを探していたのだ、絶対に諦めない。
そして、なくしてしまった夢中になれるなにかを貰うんだ!
彼女ができるきっかけとかでも許可するっ。
「なりふり構っていられないんです。さぁ、時間がないんでしょう、俺にちゃっちゃとプレゼントをください!」
「……赤花くんの決意は分かりました。ですが先生は仮にもサンタなんです、脅迫をするような『悪い子』にプレゼントはあげられません」
「む、それは説得力がある……。ですが先生、俺には警察という強力な味方がついているのを忘れてませんか?」
「むむ、赤花くんはやっぱり悪い子ですー……。私たち『SANTA』は、絶対に筋の通らない圧力には屈しないのですっ」
いや、だから空き巣は犯罪なんだって……。
筋は通っているはずだ。
くぅ、だけど先生はこの方法では折れてくれないようだな。
どちらかが妥協しない限り、ずっと話は平行線だろう。
実際、脅しをかけただけで、本当に通報するつもりなんてないしなぁ。
ていうか先生が捕まったら、せっかくのチャンスごと消えてしまうんだ。
もったいない。
そんな判断は下せない。
くそっ、どうすればプレゼントを貰えるんだ……!
「先生は、俺が悪い子だからプレゼントは渡せないんですね?」
「そうです」
「では逆に『良い子』だと判断されれば、俺にプレゼントを渡すことを約束してくれますか?」
「……そう、ですね。赤花くんには通報しないでいてくれるという借りがありますー……」
いや、まだはっきりとそんなことは言ってないけどね。
この先生、強引にそっちへ持っていこうとしているな。
まぁ俺も似たようなもんか。
「わかりました。赤花くんが『良い子』ならば、私からプレゼントを差し上げます。一年に一度ですし、それくらいならよいでしょう」
「ありがとうございます!」
やったぜ、今日『サンタ狩り』に出かけてよかった。
本物のサンタからのプレゼントだ、なにを貰えるんだろう……!
いやいやまだ興奮するな。
落ち着け、まずは先生に良い子だと思われるなにかをしなければ。
「その代わり、ちゃんと組織の秘密も守ってくださいね。約束ですよー……?」
「はい! それじゃあ、どうすればいいでしょうか。なにをすれば、俺は良い子だと信じてくれますか?」
「……」
その問いかけに、サラ先生は顎に手を当てて考え込む。
なんだろう、難しいことじゃなければいいが……。
「こうしましょう。先生の仕事を手伝ってください。そうすれば、赤花くんの望むプレゼントを差し上げると約束します」
「……というと? 先生の助手になれということですか。事情は分かりましたが、つまりなにをすれば……」
「まずはこの、白雪さんのお家に入るのを手伝ってください」
「鍵開け、ですか。俺にそんな特殊な技術はないですが……」
というか、鍵開けを手伝ってしまうと悪い子確定な気がするんだけど。
まぁ目的はその先にある人助けだ。世間的には許されなくても、サンタから見て良い子ならそれでいい。
だけど、どうにもこれは、現実的に考えても厳しいだろう。
一応この為に練習したのであろう、サラ先生でもできなかったんだ。
やり方すら知らない俺になにを手伝えというんだろう。
「大丈夫です。私自身には使用できませんが、赤花くんになら可能です。力の証明にもなりますし……さぁ、これを鍵穴に入れてください」
そう言って、先生は形状すら言い表しにくい鉄製の道具を俺に渡してきた。
いやもう……なにが?
サラ先生にはできないけど、俺はできるの?
力の証明ってなに?
くそう、分からないことだらけだけど、プレゼントを貰うためには仕方ない。
とりあえず、言われるがままに突っ込んでみよう。
……ああ、これで俺も犯罪の片棒を担いでしまった。言い逃れはもうかなわない。
「ていうか、大丈夫なんですか? 白雪さんが学校に来てないにしても……親がまだ起きてたら終わりじゃ……」
「あ、そこは大丈夫ですー……白雪さんの家は、白雪さんしかいないみたいですから」
一人暮らしなんだ。
へえ、まだ高校一年生なのに立派なもんだ。
……いや、学校には行ってないのか。
事情があるんだろうけど、なにか辛いことがあったんだろうな。
「先生、これでいいんですか?」
「はいー……そのまま『鍵よ開けー』と考えていてください。いきますよー、えいっ!」
先生はそう言って、俺の肩に手を置く。
そして、掛け声と共になにかよくわからない力を俺の中に流し込んだ。
ええと、こうだったか。
鍵よ、開け。鍵よ、開けー……!
ハンドパワー、というやつだろうか?
なんだか体が熱くなって、手が勝手に動き出す。
「なんだ、これ……わけ、分かんね――うわわっ」
カチ、という音が鳴り……鍵が、開いた。
「先生、これ……どうなって……」
「夢魔の力です。普段は上手く使えないんですが、今日はスムーズにできました」
「……それは?」
「簡単に言うと、その人の『願望を叶える力』ですー……。これがあるから、私たちの組織と存在は秘密にしているんです。自分相手には、使えないんですけれど」
「なるほど、それは確かにあまり知られたくないですね……」
下手すると宗教でも作れてしまいそうだ。
ていうか、科学者に知られたら捕まえられて解剖実験とかされそう。
「それじゃあ、入りましょう」
「……はい」
俺は先生の助手として、サンタの仕事を手伝うことになった。