1:「やたら赤い例のあいつ」
12月24日。
クリスマスイブの夜、俺は『サンタ狩り』を決行した。
理由は単純、高校生の俺だってプレゼントが欲しいからである。
とっ捕まえて、だだをこねて、なんとか子供だと認めてもらおう。
そして愛とか夢とかがいっぱい詰まった贈り物を貰おうじゃないか。
決意は十分。
さぁ、次のステップだ。
ではでは――サンタとかいう奇々怪々な、不思議な力で空飛ぶ動物に乗って移動する赤い化け物を、どうやって捕まえるのか? いや、どうやったら捕まえられるのか。
ということを考えてみよう。
奴はたったの一晩で全ての家を回り、プレゼントを配るという。
『良い子』と見定められるという厳しい条件があるとして、そう判断された子供リストをなぞって全国津々浦々を飛び回る。
念を押しておこう、たったの一晩でだ。
凄いなぁ。
サンタというより、トナカイが半端ない。
速度に直すと、もしかすると音速を超えるかもしれないぞ……。
しかも、何度も乗り降りするために、急発進と急停止を繰り返すことができるのだ。
ジェット機より優秀な飛行生物。
もはやUMAだなこりゃ。
……いや、待てよ?
それだと飛行音がとても大きく鳴り響くはずだから、政府に発見される恐れがあるかもしれないぞ。
まさか、音速を超えないギリギリの速度か……?
……いや、ないな。
それだと間に合わないんじゃないのかと考えられるので、その推測は成り立たない。
だから結論としては……飛行中は航空レーダーに映らないほど速いか、それをかいくぐる技をもっているか、だ。
うん。ようし。
情報を整理してみればみるほど、一般人の俺にはその補足すらとても難しいことが分かるな。
だけど、ここで忘れちゃいけないことがある。
奴には一つ、弱点があるのだ。
弱点というよりは、その時間かな。
満足に武器を所持できず、ただ空を見上げるしかない一般人が、奴の姿を見つけられるときが確実に存在する。
そう、それは――サンタが子供の家に忍び込む瞬間である。
ソリに偽装した風を泳ぐ乗り物を降り、奴が生身になる数少ないチャンスタイム。
そこに俺の勝機がある……。
トナカイがなんぼのもんじゃい。
だが、そこでまた一つ問題が出た。
奴がどの家に忍び込むのか、俺には分からないのだ。
というか現在位置すら把握できてない。
ふぅ、どの家の子供にプレゼントを渡すのか……それさえ分かってさえいれば、夜が更ける前に罠を仕掛けておくんだけどなぁ。
……例えば、トラ挟みとか?
まぁ、でも。無理か。
分かっていたとしても、実際には他人の家に危険物を設置するわけにはいかない。
俺が捕まってしまうからな。万が一の可能性にそんなリスクは犯せない。
結局は、足を使って探すしかないのだ。
行動している限り可能性はゼロにならない。
だけど、
「……はぁ、サンタ……いねえなぁ」
タイミングよく、子供の家に忍び込む光景を発見できればいいけど……やっぱり難しい、よな。
はは、分かってたけど。やっぱり俺の力じゃここら辺が限界らしい。
無力だ。
悲しひ。
「あ……雪、降ってきちまった」
パラパラと、しんしんと、静かに雪の結晶が空から街へ降り注ぐ。
いわゆる、ホワイトクリスマスってやつだ。
辺りの家からは美味しい食事の匂いが漂い、至るところから複数人の楽しそうな笑い声が響き渡る。
そんな中、俺はといえば、一人サンタを捕らえるためにひたすら歩き回っていた。
冬休みに入ったばかり、親には『友達の家に行ってクリスマスパーティーしてくる。もしかしたら泊まりになるかも』と言っているから、帰宅を促されることもない。
まぁ、もちろん嘘なんだけどね。
部活中に怪我し、膝の靭帯をやって予告なく引退してしまった俺は……いまプライベートで親しい友人などいないのだ。
普段過ごしていた集団を離れたら、仲良くしていた友達とは少しずつ疎遠になっていった。
そして、それを修復できないまま――だんだんと孤立していく。
新しい友達を作る方法なんか分からない。
自分から話しかけるネタもない。
どうやって、俺は仲の良い友達を作ってたんだろうな。
「はは、どころか彼女もいねぇしな……」
生まれてから一度もできたことがない。いまは好きな人すら、いない。
怪我により熱中していたことも失った。
――きっと俺はいま、毎日が楽しくないんだろう。
だから、いもしない『サンタ狩り』なんかを決行した。
いきなりなくなってしまった『やりたいこと』を、見つけたくて。
誰かにそれを見つけるきっかけを、貰いたくて。
――俺はきっと、前に進む活力を貰えるような、誰かとの出会いが欲しいんだ。
「なにやってんだろ、俺……」
もう日付も変わりそうだ。
少しずつ冷え込みも酷くなってきた。
体温の低下を自覚すると、嫌でも冷静になってしまう。
本物のサンタとか、いないよ。
いても俺とは縁遠いし、見つけられないって、こんなの。
はぁ、だんだん虚しくなってきた……。
あの遠足の前の日のようなわくわく感が、跡形もなく消え去っていく。
「……帰ろう」
帰って、部屋で面白くもないテレビを見ながらケーキを食べよう。
そう考えて。
俺は自宅に向かって、遅い足取りでトボトボと歩きだした。
我ながら、馬鹿な一日を過ごしてしまった。
このあとに開催する反省会も、もちろん一人で行う予定である。
八階建ての鉄筋コンクリートマンションを、エレベーターを使い上がっていく。
チン、という音が鳴って、自宅がある階層に俺は運ばれた。
――もうすぐ、俺の『サンタ狩り』が終わる。
なんの成果もなく、ネタとしても面白くないくらい、あっさりと。
ため息のような、細い息を吐く。
同時にポケットに雑に入れておいた鍵を取り出して、503号室に向かって歩き出したとき、不穏な声が聞こえた。
「うぅ、開かないですぅー……ぐす、ちゃんと練習したのにー……」
というより、姿が見えた。
俺の自宅の三つ隣、507号室の扉の前で不自然に屈んでいる人がいる。
「日本、セキュリティ高いです……こんなの無理です、力不足でごめんなさい……」
白色のダッフルコートの下に真っ赤なビジネススーツを着た女の人が、ぐずぐずと涙目になりながら、鍵穴になにかを突っ込んでガチャガチャといじっていた。
……なんだろう、鍵でもなくしたのかな?
いや、こんな風貌の女の人……この階に住んでるなんて聞いたことがない。
スーツと同じ色のハットを被り、それをコートと同じ白色のリボンで装飾している。
そして極めつけなのが、髪の色だ。腰まで届きそうなほど長い白……というよりは、銀色なのだ。
横顔からのぞく顔立ちは、鼻が高く彫りの深い目元。
この女の人は……日本人ではなく、きっとどこか外国の人なんだろう。
「……はぁ、もう時間がありません……早く、しないと……っ」
おそらく本来の住人じゃない外国人が、なにかの道具を使って扉を開けようとしている事案といえばなんだろうか?
俺は迷いなく答えに辿り着く。
「おい、そこの空き巣。なにやってんだ、警察に突き出してやるから覚悟しろ」
残念だけど、ここで『サンタ』と答えるほど俺はもう子供ではなかったみたいだ。
純真さをなくすのって、いやね。
「え、え……違います、空き巣じゃありません。私、警察困ります」
「嘘をつくな。じゃあその犯罪行為はなんだってんだ……よ?」
なにかを連想させるその『赤い色の空き巣』は、俺の顔を見て驚く。
そして――
「え……? あれ、もしかして……ええと、赤花くんですかー……?」
ずび、と鼻をすすりながら俺の名を呟いた。
なぜと思ったが、正面から見ると俺にもその顔に見覚えがあった。
ええと、名前はなんだっけな。
あぁ、そうだ。
「……サラ先生。なにやってるんですか」
「えっと、その……サンタです」
サラ・クロース。
ウチの学校に、二ヶ月前にやってきた臨時教員だ。
ちょっと待て、そんなことより――いまなんて言った?
「は……? サンタ、先生いまサンタって言いました?」
俺の問いかけに、サラ先生は整った綺麗な顔を泣きそうに歪めながら応えた。
「はい、私『SANTA』に所属しているのです。あ……これ内緒にしなくちゃでした。内緒にしてください。お願いします」
相変わらずの屈んだ状態で、サラ先生はぺこっとお辞儀をする。
おいおいマジかよ。
なんてこった。
俺の『サンタ狩り』は……最後の最後で実を結んでしまったぞ。
空き巣の……いやサンタの正体は、ウチの学校の臨時教員だった。