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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
三章『彼女が望んだ物語』
13/18

12:「なけなしの勇気」


 頭にラブという名前がつくようなホテルで一夜を明かしてから――ちなみにあまり眠れなかった、というか入るのも初めてだった――なぜかホテルの前で待ち受けていたヤスと学校へ向かった。


 そして――


「あ、ああ、あああの、おれ、おおお、俺とぉっ」

「…………えっと、なに?」

「ええ、えぇと、ですね、ひる、ひるひるやすみにぃ」


 俺と一緒にご飯を食べませんか!

 という言葉は音に出せず、ぱくぱくと、まるで魚のように口を開いては閉じてを繰り返す。


 そんな挙動不審な動作を見て、若干引きつった表情を浮かべたその子は、


「ご、ごめん。用がないなら、もういくね……?」

「あっ、ちょまっ」


 俺から逃げるように、ぱたぱたと廊下を足早に進んでいった。


「うぅ、またダメだった……」


 ――安藤さんに声をかけようとして、失敗することもう三回。


 休み時間のたびに誘おうと心を奮い立たせるが、その決意はいつも後一歩のところで霧散してしまう。


 ……いや、本当にもう少しなんだよ?

 嘘じゃないよ。言葉にできさえすれば成功するはずなんだ。


 だってここは夢の中だから。

 俺のささやかな願望すら形になってくれるはずなんだ。


 でも成功してくれないということは、


「くそっ、これが夢魔の力か。俺が安藤さんを誘おうとすると必ず邪魔が入る!」


 なんて強力。

 なんて理不尽。


 こんなの俺じゃどうしようもねぇよ。

 すまない白雪さん。君を、助けられないかもしれない……!


「……いやいや、誰も邪魔なんかしてないっすよ。兄貴が勝手に失敗してるだけっす」


 ヤスよ、現実を突きつけてくれるな。

 自覚してしまうじゃないか。俺が心底ダメな奴だと。


 やめてくれよ。


 あぁもう、なぜか安藤さんの周りに取り巻きである七人がいない今がチャンスだってのに。

 どーして上手くいかねーかなー。


「兄貴ぃ、らしくないっすよ。いったいどうしてしまったんですか?」

「やっぱり俺には女の子を誘うことなんて無理なんだよ……」


 話しかけようとすると、どもってしまう。

 上手く言葉になってくれない。


「でも、別に昨日は兄貴普通に話しかけられてたじゃないっすか」

「あの時は、昼食に誘うなんて目的じゃなかった。それに」

「それに?」

「サラ先生だっていた」


 心強かったぜ。

 今思うと、だけどさ。


 俺もヤスも、すでに登校したときに手作り弁当を受け取っている。

 あとは白雪さんを誘うだけのところまできているのだ。


 なんとかして声をかけなければいけないのに……昼食に誘おうと意識すればするほど、体がこわばってしまう。


 俺はなにかの病気なのか?

 いや、意気地がないだけだな……。


「はぁ……」


 なんてことだ。

 休み時間のたびに様子を見にきてくれたヤスが、ため息をついてしまったぞ。


「よくわからないっすけど、手間どるならアレを出せばいいんじゃないですか?」

「……アレ? アレってなんだ」

「兄貴の必殺技っすよ。アレを使い出してから王子と呼ばれるようになったんじゃないすか。アレを転校生にお見舞いすれば一発っす!」

「ひっさつわざぁ!?」


 マジでか。

 この世界での俺にはそんなものが備わっているのかよ。


 すげぇな。


 ていうかヤバくね。

 必ず殺す技と書いて必殺技だぜ。


 そんなもの使ったら、安藤さん死んでしまうんじゃないのか。

 まるでバトル漫画みたいだ。オラ、わくわくしてきたぞ?


「……言葉の綾っすよ?」


 わかっとるわい。

 心の声に突っ込むな。


「その、ヤス……俺を王子と呼ばせるほどのアレってなんだ? 知っているなら教えてくれ」

「もう、また忘れてしまったんすか? 仕方ないっすねぇ兄貴は」

「いつもすまん、助かる」

「だけど、これは言葉で説明するより実践してみたほうが分かりやすいっすかね。兄貴、いいすか?」

「お、おう」


 俺はヤスの指示通り体を動かした。


「こうっす。こっちに手を伸ばしてくださいっす」


 ヤスは壁に背をもたれている。

 俺はヤスの正面に立ち、手を伸ばしてその顔の横につけた。


 互いの顔は近い。

 瞳の色さえ理解できるほど、吐息の熱さが伝わるほど。


 俺はヤスに、迫っている――


「そして……ささやくっすよ! 耳元で甘く、思わせぶりにっす!」


 うん、なるほど。

 なんか覚えがあると思ったんだよなぁ。


 ――これ『壁ドン』だ!


 俺は壁ドンを必殺技として成り上がったのか。

 なんて王子だ。さすがはラブホを自宅として利用しているだけはある。


 もちろん実際にやったことはない。あるわけがない。

 女の子と恋仲になったことがない俺には、機会なんか訪れないと漠然と思っていた。


 ていうか現実でやったことあるやつなんかいんのかよ。

 見たことねーよ。そんなことを俺、今からやんのか。


 しかも、男相手に……。


「あ、兄貴……? 早くしてくださいっす。ていうか思い出したのなら……」

「ヤス、ありがとう。俺、お前に会えて本当によかったと思ってる」


 でもまぁ、ヤスが相手なら練習にはもってこいだ。

 今だってこうして、俺が知らないことを教えてくれた。


 お前との関係がこの夢の中だけだと、考えたくないくらいには――大切だ。


 その気持ちを素直に伝えるだけでいいなら、確かにこれは俺の必殺技だと理解できる。

 まったく、世界は上手くできてるなぁ。


 えっと、確か耳元でささやくんだよな――


「もしお前が困ってることとか、悩んでることがあるなら言ってくれ。できる限り力になるから」

「ひゃ、ひゃぃ……」

「ていうか、アレだな。別に話してくれなくてもかまわないぜ。俺は勝手に、お前の力になるって決めてるからよ。覚悟しとけ」


 お別れする前に、なんとか世話になった恩を返しておきたいぜ。


「ももも、もう、わかったっすぅ! 兄貴のアレは強力すぎっす、オイラには荷が重いっすー!!」


 ピューっと効果音がつくほどの速度で、ヤスは顔を真っ赤にしたまま廊下を走っていく。

 相も変わらず、あんまり早くはないけれど。


「自分で試してみろって言ったくせに……でも、おかげで覚悟完了したぜ。ありがとな、すぐに練習の成果を見せてやる!」


 ――決意が鈍らないうちに走って、安藤さんに追いつく。

 そして、ドンと壁に手をやった。もちろん手のすぐ側には、戸惑い頬を染めた女の子を顔がある。


 吐息が、かかりそうなほど近くだ。


「――昼休み、俺と一緒に食事をしてくれ。断ることは許さない、いいな?」


 そして、耳元で精一杯の甘い声を作りささやいた。


「う、うん……わかった、王子、さま」

「待ってるぜ。来ないとその可愛らしい口を、無理やりに塞いじまうからな」

「……ひゃい、ぜったい、いきますぅ。あっいかないほうが、いいのかも……?」


 安藤さんのろれつの回っていない返答を確認したあと、俺は柔らかく微笑んでその場を後にする。

 姿が見えないほど離れて、角を曲がったあと――


 きゃああああああっ、なに言ってんのおれぇ!

 なに格好つけちゃってんの、おれええええええええええっ!!


 はっず! 俺はっず!

 決意とかもう関係ないから!!


 俺には王子とか無理だからあああっ。


 ――手のひらで顔を覆い隠したまま、全力でダッシュをしてしまった。


 四時間目は、出席することができなかった。

 弁当は鞄の中に入れてあるので、高速で取りに行ったあと、ずっと屋上で己の恥行を思い返しては、イモ虫のようにごろごろと転がっては身悶える。


 そんな、一時間を過ごした。


 あぁ、頭上から降り注ぐ太陽の光に焼かれてしまいたい。




「あ、王子。待った?」

「い、いや。いま来たとこ」


 はい、嘘です。

 約一時間ほどここで、そわそわ、もじもじとしておりました。


 昼休みを告げるチャイムが鳴り、安藤さんは屋上の扉を開いて現れてくれた。

 よかった、これで来てくれなかったら確実に泣いてたな。


 でも時間をおいたおかげで、理想とする会話を脳内で練習できたぞ。


「そ、それじゃあ、さっそく食べようか」

「うん」


 イエス!

 どもりも最小限に、次のステップに移ることができた。

 順調だ、順調だぞぅ。


 俺たちは屋上を囲うフェンスに背を預けて座り、弁当を膝にのせた状態で手を合わせる。


「「いただきます」」


 声が揃ったことに安藤さんは微笑み、それに返すよう俺も口角を上げた。

 緊張からか「ふへっ」という小さな音が漏れてしまったが、まぁ許容範囲だろう。


 ――やべぇ、この時点ですでに楽しい。


 女の子と会話するのって、いいな。

 こんな生活を夢見ていたんだ。恥ずかしい思いをした甲斐があったよ。


 現実じゃあ、こう上手くはいかなかっただろうけれど。

 これは目的を兼ねた作戦の一つだ。嬉しく感じたとしても許されるだろう。


 ひとときの夢ってやつだ。

 せっかくだから全力で楽しもう!


 そんな幸せな気持ちに浸った状態で弁当を開くと、それを助長するような景色が視界に飛び込んできた。


「わぁ! 王子のお弁当かわいいね」

「そ、そう?」

「うん、私お弁当は自分で用意しなくちゃだから、そんな凝ったのできないよ」


 サラ先生の手作りお弁当は、サンドイッチがメインに添えてあるカラフルなものだった。


 タコさんウインナーにポテトサラダ、皮で耳を模したウサギさん型の果物とプチトマトと、他にも細々とした食材が見栄えよく詰められていて、眺めているだけでもわくわくしている。


 安藤さんが持っていたお弁当の中身は、冷凍食品を詰め込んだものだった。

 なるほど、確かに自分で毎朝用意するのだったら、時間短縮ができるもので作ってしまう気持ちもわかる。


 そう考えると、母親ってのは凄いんだなぁ。

 しみじみ。


「でも自分で作るだけでも凄いと思うよ。俺なんか、料理したことないもん」


 というか、家の手伝いってろくにしたことないな。


「ありがと。へへ、もう当たり前のことになってたから自分では面倒だなくらいにしか考えてなかったけど、やっぱり褒められるのは嬉しいね」

「そ、そっか」


 うっひょう!

 笑顔がかわいすぎる!


 よしいいぞ。

 このまま、一時間かけて想定し尽くした会話シミュレーションの成果を見せてやる。


 そして、放課後にデートする約束を取り付けるのだ!


「が、学校にはもう慣れた?」

「うん、みんな優しいからすぐ馴染めたよ。昨日もクラスメートと遊びに行っちゃった」


 知ってます、見てました。

 七人のイケメンと楽しそうに街の中を巡ってましたね。


 とても羨ましかったです。


「中途半端な時期の転校だったから、不安だったんだぁ。もうグループ固まってるだろうし、友達できるかなって」


 そうか、今は中途半端な時期なんだな。

 春とは聞いていたけど、日付を意識してなかったから知らなかった。


「お父さんったら急に引っ越しするって言うんだもん。前の学校でのお友達とも、お別れの挨拶できずに来ちゃったよ」


 そのあと、もう少し詳しく事情を話してくれた安藤さんは、どうやら父親の仕事の都合でこの街へ越してきたことが分かる。


 ……そういえば、ここは白雪姫をベースにしている物語のはずだ。


 うろ覚えだけど、ストーリーは――


 女王は魔法の鏡にこの世で一番美しい者は誰かと問い、それが白雪姫だと知る。

 白雪姫の美しさに嫉妬した女王は、とある猟師に白雪姫の殺害を依頼するが、猟師は仕事を実行せず、白雪姫を森の中へ逃がしてしまう。そこで出会うのが七人の小人だったはずだ。


 そして、そのことを察した女王が魔女に扮して毒りんごを渡しに小人の家までやってくる。

 倒れた白雪姫を助けるのは、そのとき通りがかった王子。助けられた白雪姫はきっと、そのあと王子と二人で幸せに暮らすのだろう。


 ――たしか、こんな感じだったはずだ。


 ということは、舞台である学校は森の中……?

 そして、そこに来るきっかけを作った安藤さんの父親は、猟師ということになるのだろうか。


 しかしここで考察しなければいけないのは、あくまでベースにされているだけということだ。

 ここは夢の中で、白雪さんの願望を叶えるための世界。イケメンたちがこぞって主人公の女の子を口説こうと迫ってくる、乙女ゲームの中なんだから。


 王子、つまり俺と安藤さんが無事に結ばれるように、頑張らないといけないな。

 ふ、ふふ……正直な感想を言うと、役得だよなぁこれ。


 こんな美人と、って……え、な、なんでしょうか?


 考え込んでいだ俺を見て、安藤さんは首をかしげている。

 そ、そんな見つめないでください……。美人に見られているだけで、汗が出てきます。


「そういえばさ。王子、四時間目いなかったけど、どこにいたの?」

「…………それ、は」


 は、ハプニィング!

 想定してない質問が来てしまったぞ。


 そりゃそうだよ。

 同じクラスなんだから、姿がなくなったら気づくよな。


 しかし素直に授業をサボって一時間ほど屋上で気持ちの悪い妄想をしてましたと言えるはずもない。

 なんとか誤魔化さなければ。なにか話題の転換できるいいネタはないか?


 あ、そうだった。

 丁度いい話題があるじゃないか。


 俺はずっと、これを安藤さんに言いたかったのだ。


「あ、あー、そういえばさ。昨日はごめん。謝ろうと思ってたんだけど、機会を見つけられなくて……謝るのが遅くなったことも含めて、申し訳ない」

「……なんのこと? もしかして、教室で言ってた私が危ないとか、なんとか……?」

「ああ、いや。それじゃなくて。朝にぶつかったとき……」


 乙女の花園を覗いてしまったことです。


「あ、その、こと……もー! せっかく忘れてたのに、思い出しちゃったじゃん!」

「本当に、すみませぬ……」

「罰として、おかず一つ貰うからね!」

「……ど、どうぞ。お好きなものを差し上げます」


 まぁ、おかずくらいで許されるのなら軽いもんだ。

 というか優しいな。これでなんとかなるなら、もう一回くらい……ぐへへ。


「どれにしようかな~……えいっ、これだっ」


 そう言って安藤さんが選び取ったのは、果物だった。


「あ、それって――」


 赤い皮の耳がついた、うさぎの形を模した――りんご、だった。


「ぐっ、ん、くぅ、ぁ……」

「ちょっ、安藤さん!?」


 喉を押さえながら、倒れる。

 顔が青ざめ、少しずつ土気色に変化していく。


 安藤さんがりんごを口に含んだあと、それはすぐに起こってしまった。


 まさ、か……でも、だって、白雪姫が倒れるのは物語のクライマックスだろう!?


 まだなにもしてない。

 まだなにもゲーム的なイベントが起こってない。


 ――まだ俺は、安藤さんを攻略していないじゃないか!


「あ、兄貴ぃ! 転校生さんどうしたっすかぁ!?」


 ヤスが慌てた様子で屋上に駆け込んでくる。


「赤花くん、なにが起こったです!?」


 サラ先生も続いて、こちらへ走ってきた。


「姫ぇ! てめぇ姫になにしやがった王子こらぁ!」「あははっ、み、みんな心配しすぎだよ~、お姫様っ、しっかり!」「どうなされたのですか姫!」「お姫様~、なんで倒れたの~?」「お、おおお姫さまぁ、死んじゃやだよぉっ」「っくしゅん、だいじょうぶっ!?」「ヒ、メ……っ」


 七人のイケメンたちも、同じように。


「お前らのぞき見してたのかよっ!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ兄貴! しっかり、大丈夫っすか!?」


 ヤスは倒れた安藤さんに駆け寄って、体の状態を確かめている。


「あ、赤花くん、これは急いで行動に移したほうがよいですー……!」

「先生……こ、行動って?」

「決まっているじゃないですか。王子様が物語の最後に、お姫様にすることですー……」


 ドクンと、心臓が高まった。


 ――それって、それって、もしかして、キ……ス、のことを、言っているのか。


「いや、無理ですって! 寝ている女の子にそんなこと!」

「白雪さんを助けられなくてもいいのですかー……!?」


 くっ、それを言われると!

 だけどキスだぞ。口付けなんだぞ。


 女の子との粘膜の接触なんだぞぉ!?


 もちろん俺は経験したことなんかない。

 乙女にだけじゃない。思春期の男子にだって、とても大事な行為だろう。

 その初めてを、俺は――


「兄貴!」


 その声に導かれるように、安藤さんのほうへ視線を移す。


 七人のイケメンたちは、倒れた安藤さんの周りで泣き叫んでいる。

 そしてヤスは、怒気をはらんだ表情でこちらに顔を向けていた。


「なに悠長にお話ししてるっすか! もうオイラが連れて行くっすよ!!」

「え、ど、どこに――」

「――決まってるじゃないっすか、保健室っす!」


 ヤスは安藤さんを背負い、よろよろと屋上から校内に入る扉へと歩を進めた。


「ま、まっ、て……ヤス、くん……っ」

「先生っ!?」


 ――なぜか、サラ先生もその場に崩れ落ちた。


「サラ先生、どうしたんですか!」


 急に膝へ力が入らなくなったように、音もなく、倒れてしまう。

 俺は先生に駆け寄り、顔を覗き込む。


「あかはな、くん……せんせのなかに、ある、むまの……ちからが、また、きゅうしゅうされました……」

「え、な、なんですって? 先生、いったいなにがどうなって」

「気をつけて、ください……なにか、良くないこと、が………」


 その言葉を最後に、先生は意識を失ってしまう。


 あぁ、もう――


「いったい、なにが起こってんだよおおおっ!!」


 ヤスが安藤さんを負ぶさった状態で扉を抜けたとき、世界が歪んだ。

 遠くの景色から凄まじい速度でぐにゃりと、いびつに、変形していく。


 目がおかしくなってしまったのだと思った。


 視界に映る先生の体が、もはや人間の形を成していない。

 さっと自分の手のひらを見ると、俺の肉体も同じように歪んでしまっていた。


「なんだ、なんだよ、おい、これどうなってんだよぉっ」


 世界ごと、おかしくなってしまっているようだ。


 その得体のしれない恐怖から逃れるように――


 ぎゅっと、目を瞑った。




 そして、再び瞼を開くと――俺は道ばたに立っていた。

 遠くには桜の木が見える。視界に入る太陽の高度は、少し低くなっている。


「あ、あ……?」


 ここ、どこだ?

 俺、屋上にいたよな?

 ていうか先生はどこだ、それに七人のイケメンたちもいねぇ。


 周りに、誰もいなくなってるぞ。


「なに、が……どうなって……」


 そのとき、声が聞こえてきた。

 誰かを呼ぶ、なんだか声色が高く、随分と可愛らしい印象を受ける声だ。


 つい先ほども聞いていたような、とても覚えのある――舎弟の声。


「兄貴~、どこですか~?」

「ヤ、ス……?」


 無意識に。

 勝手に口が動いて。


 その名前を、つい呟いてしまう。


「あっ、兄貴! やっと見つけましたよ、どこにいってたんですかもう」


 現れた声の正体は、小柄な少年だった。

 こちらの方向を見て、ぷんすか頬を膨らませている。


「……うそ、だろ…………?」


 俺は、昨日の朝……つまりは夢の中に入ったばかりの時間へと、


 ――戻ってしまっていた。



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