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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
三章『彼女が望んだ物語』
12/18

11:「決断と覚悟、そして責任の所在」


「なるほど、この夢の中は白雪さんが男の子と仲良くなるための……その、『オトメゲーム』ということなんですねー……?」


 安藤さんたちの尾行を中止し、学校へ戻るとサラ先生はちょうど仕事を片付け終わったらしく、教師の仕事から解放されていた。


 観察しているうちに浮かんできた推論を説明すると、いまいち分かってなさそうな顔に真剣な瞳を携えて頷いてくれる。

 乙女ゲームの発音に、なんか少し違和感ある気がしたけれど……そこは重要なポイントじゃあないしな。伝えたかったことを理解しているなら、それでいい。


「はい、まぁ……まだ確定じゃないですよ。ただそう思っただけです」


 むしろ俺としては、違っていて欲しい気持ちが強いくらいかも。

 だって、この考えが合っていたら……これから俺は、とんでもないことをしなければいけないからだ!


「いえ、赤花くんがそう思ったのならそうだと思うです。ここまでの展開を見るに、辻褄も合っている気がするです」

「は、はい」

「白雪姫の物語は、女の子の憧れですからー……。先生もなりたいくらいです、お姫様。王子様と恋したいです」

「……そう、ですかね」


 先生っていくつだったっけ……。

 教師になってるくらいだから、もう女の子って歳じゃないんじゃ…………いや、これは絶対に口に出しちゃいけないな。


 俺はデリカシーのある男だから。

 紳士で、王子だから。


「それに、現代風のアレンジを加えるなんて、凄いですねー……。白雪さんは立派なクリエイターです。日本の文化、ほとばしってます」

「……」


 なんだろう、あながち否定できない感が悔しいやら、少し嬉しいやら?

 日本のオタク文化って、確かにどこか尖っている印象あるよね。


「でも先生……確かな証拠もないのに行動を起こすのは危険じゃないですか? もし違っていたら……もっと大変なことになるかもしれないでしょう」


 というか自分で提案しておいてなんだけど、この考えで動くのキツい。

 だって、だってさぁ……。


 サラ先生は、俺が及び腰になっているのを見て、少しだけ悲しそうに眉をひそめた。


「赤花くん、大切なことを忘れていませんか」

「な、なにをでしょう」

「この夢の中で……白雪さんの望むことを叶えないと命の危険があるんですよ?」

「……」


 そう、だった。

 それを言われると、個人的な感情だけで否定はできなくなってしまう。


 忘れているつもりはなかったけれど、もっと真剣に考えるべきだった。


 俺はいま――死に向かっている女の子を助けるために、行動しているのだと。


「ここは夢の中です。時間的な概念はあまり関係ない……だけど急がなくていいというわけでもないんです」


 ……ん?

 時間は関係ないのに、急がないといけない……?


 どういう意味だろう。


「それは、年を越すまでに白雪さんの体から夢魔を引き剥がさないといけないっていうことですよね?」


 あれ、でもそれだと時間は関係あるってことにならないか。


「……違うです。現実での日付ではなく、この夢の中で急がないといけない事情が、できてしまっているんですー……」

「と、いうと?」

「すみません、不安にさせるつもりはなかったんですが、協力してもらっているのに伝えないのはフェアじゃありません」


 なんだ、なんでそんなに真剣な顔になる。

 まさ、か……?


「実は……私たちがこの夢の中に居ていい時間は、そんなに長くないのです……」

「居ていい、時間……?」

「……普段なら、白雪さん力が取り込まれていない状況なら、大丈夫なんです。夢魔の誘惑に対抗する手段を用意できます」

「……」

「ですが力が足りていない今、あまりここに長くいると……私たちも夢に囚われてしまいます。抜け出せなくなって、しまうんです」


 このまま長くいすぎると、夢に囚われる。

 ……俺も、先生もか。


 白雪さんと、同じように。

 夢の中にこもったまま、出てこられなくなる。


 現実に、帰れなくなる……?


 ということは、これはもう……懸かっている命は白雪さんの分だけじゃない。


 ――三人分の命が懸かっている。


「ここは夢の中です。しかも夢魔がここから逃がさないよう、その人の望むものを見せている……赤花くんは、この世界を心地いいと思ったことはありませんか?」

「……あります」


 それも、何度か。


 なんていい世界なんだと、そう感想を持った。

 それは俺が『王子』という役に割り振られたからではなく、それを叶えようとするシステムの範疇ということか……?


 いや、それだけじゃないだろう。

 だってこの世界にいれば俺は……部活を続けられると、考えてしまう。


 俺が求めていたものが、この世界では全て揃っている。


「この世界に疑問を持たなくなったら、もうおしまいです。完全にここの住人になってしまいます」

「そのまま俺も、夢魔に食べられる……」


 助けようと飛び込んだのに、そのまま捕まってしまう。

 ミイラ取りがミイラになる――てことか。


「はい。だから、仮説をじっくりと検証している時間すらも惜しいと考えています。有効だと思える作戦があるなら、やってみたほうがいいです」


 その通りだと、思った。

 失敗を恐れて行動しないよりも、可能性にかけて挑戦したほうがまだ現実的だ。


 時間は、有限なのだから。


 そして今の俺にはもう、ここはとても危険な世界なんだということが分かってしまう。

 誘いこまれて、与えられる。それを拒否できないと……もう二度と抜け出せない。


 なんの事情も知らないまま夢魔に取り憑かれたら、そりゃ浸ってしまうだろうと思うくらいには自覚できる。


 白雪さんに、このことをちゃんと伝えないといけないな。

 貴方を助けるために、サンタが来てくれたのだと――伝えなければ。


「分かりました。出来る限り精一杯、頑張ってみます」

「ありがとう、ございますー……先生もいっぱい、サポートします」


 そう笑うサラ先生は、どうしてか『ごめんなさい』と言っているように見えた。


「どうか、したんですか?」

「すみ、ません……これでは手伝いではなく、赤花くんに任せてしまっているようなものです。どう責任を取ればいいのか……」


 肩を小さく震わすサラ先生は、うつむいて、今にも泣いてしまいそうだ。


 朝、教室で再開したときもそう言って申し訳なさそうにしていた。

 そうか……先生は最初からこの状況が分かっていたから、こういった態度になっていたんだな。


 どうにかして巻き込んだ責任を果たそうと、考えていたんだ。


「でも、安心してください。危険だと感じたら、せめて赤花くんだけでも現実に戻ってもらえるよう頑張りますから」


 は……?


「それ、本気で言ってるんですか」

「え、は、はい……だって、本来は赤花くんには、こんな危険な目に合わせるつもりはなかったですしー……」

「なに言ってるんですか。ありえないでしょう、そんなこと」

「お、怒ってますー……?」

「少しだけ」

「うぅ……ごめん、なさい。絶対に、赤花くんだけは無事にー……」


 あぁ、もう。

 こりゃはっきりと言わないと伝わらないな。


「だからそれが気になるんですって。白雪さんを助けて、俺も先生も無事に帰れないと、意味ないって言ってるんですよ」

「……え?」

「俺がこの夢の中に入ったのは、俺の目的を叶えるためです。先生が無理やり連れてきたわけじゃありません。そもそも責任を感じる必要なんか、ないんですよ」


 もし失敗したとしても、それは自己責任だ。


「ですが、この状況になったのは先生が不甲斐ないからでー……」


 あー、くそ。

 こういう言い方じゃ伝わらないか。


 だったらもっと、はっきりと本心をさらけ出さないと。


「先生は……もう忘れたんですか? 俺の目的が、なんなのか」

「え……? それは、プレゼントが欲しいから……?」

「そうです。もし俺だけが現実に戻ってこれても、それじゃ貰えないじゃないですか。だから目的を達成して――ちゃんと『三人』でここから抜け出さないと、意味ないんです」


 サンタから『良い子』だと判断されないと、リスクを犯した意味がない。


 俺は覚悟を決めてここに来た。

 それは俺だけの責任だ。たとえ先生にだって、取らせてやるものか。


 それに、要は失敗なんかしなければいいのだ。

 せっかくのチャンスを逃す気はない。問題を全て解決して、大円満といけるよう頑張ればいい。


 ていうか俺だけが助かって、その後どんな顔して生きれと言うんだ。

 自責の念で、押しつぶされてしまうよ。


「そう、ですか……」


 その言葉を受けて、サラ先生は口の端を上げた。


「……えへへ、そうですね。三人一緒に、戻りましょう!」

「はい、そのために――」


「――赤花くんが頑張って……安藤さんを、口説き落とさないとですね!」


「…………はい」


 そうだったああああああああっ。


 なんか真剣な話しちゃったけど、やることはそれだった!

 ああぁ、俺……出来る限り頑張るとか言っちゃったよ。どうすりゃいいんだぁ……。


 男友達も満足に作れないのに、女の子と仲良くなる方法なんか分からないよぅ。


「あに、きぃ……やっと、追いついたっすぅ~……」


 そのとき、息を切らしたヤスが姿を現した。


 そういえば学校に戻る際、どうにも足が遅いヤスを置いてきてしまったのだ。

 それがようやく追いついたということだろう。


 ……あれ?

 でも、なんだろう。

 なんか違和感あるな……。


「あんまり、汗かいてないな?」

「……そうっすか? まぁいいじゃないっすか。それより先生に話したんすか? 兄貴があの美人の転校生に恋してること」


 ああっ、いやそれは!


「…………こい?」

「あの先生、それはですね……!」

「赤花くん……そうだったのですかー……?」

「ちがっくはないんですけどぉっ」


 くそっ、ヤスの前だから否定しにくい!


「ふふ、分かってます。赤花くんは王子ですからね、お姫様に恋していないと、お話が進まないですー……」


 ……ふぅ、良かった。

 どうやら誤解はしていないようだ。

 まぁ先に事情を説明しているからな。そう思われていたほうが、都合がいいと理解してくれているんだろう。


「兄貴、ファイトっすよぉ!」

「……うん。頑張るよ。でもまず、なにをすればいいのかな……」

「なに言ってるんすか。兄貴に想われていて、落ちない女なんかいないっすよ」


 そうっすか。


 そりゃ、この世界では王子と言われているらしいけどさ。

 それで俺に自信がついたわけでもないし……。


「赤花くん、先生もバックアップしますよ。ますは明日、お昼ご飯でも誘ってみてはいかがでしょう。そのとき、放課後にデートする約束を取り付ければ良いと思います」

「先生それいただきっすー! 兄貴から誘われて、断る女なんてこの世にいないっすよ」


 ヤス、そればっかだな。


 随分と簡単そうに言うけどさぁ。

 ……それ、やるのは俺なんだぜ?


 生まれてから一度も彼女ができたことがない、俺がやらなきゃいけないんだぞ。

 成功する未来が、全然思い浮かばない。


「先生、でも俺……女の子を誘ったことなんてないですよ。なにかいいアドバイスないですかね……」


 幸い、ここには女の人がいる。

 男目線では分からない助言をもらえるかもしれない。


「ありますよ。これがあれば成功間違いなし、ですー……!」


 お、おお……あるのか!

 成功率100パーセントの、必勝法が。


「それはですねー……『勇気』です! 自分に自信を持つことが、なによりも大事なんです!」


 ほほう、それからそれから?


「……」


 ぎゅっと拳を握ったサラ先生と、そのまま五秒くらい見つめ合った。


「……それだけ、ですか?」

「はい」


 えー……。

 がっかりー……。


「でも兄貴、先生の言うとおりですよ。自信を持ってる男の子に、女の子はぐっとくるっす」

「……そうなのか? ヤス」

「そうっす。絶対っす!」


 お、おう。

 やけに実感がこもっているな。


 でも俺は誤魔化されないぞ。

 勇気と自信を持っていたらモテるなんて、顔がいいやつだけにしか当てはまらない理屈だぜ。


 もっとほら、底辺層にいる人間にも通じるものが知りたいんだよ俺は。


「先生。そんな精神論じゃなくて、もっと具体的なアドバイスはないのでしょうか」

「でも赤花くん。これは現実でも通じると思うですが、この夢の中だともっと効果があると思いますよー……?」

「どういう、ことでしょうか」


「話しかける勇気があれば、大丈夫です。あとは物語の力が、味方してくれます――赤花くんは、王子様ですから」


 ちゃんと女の子に夢を見せてくれる、素質があります。


 最後にそう小声で付け加えて、サラ先生は微笑む。


「そう、ですか……」

「はい。そうなんです」


 くそう、若干腑に落ちないところはあるが、なぜか納得してしまった。


「あ、チャイム鳴ったっす。もう下校時間過ぎちゃいましたね」


 キンコンカンコン、聞きなれた音が学校に鳴り響く。

 もうそんな時間になっていたのか。


「とりあえず、もう帰宅しましょう。なにをするにしても、まずは明日安藤さんに声をかけなければ物語は進みません」

「はい」


 先生はそう言ったあと、ヤスのほうに顔を向ける。


「ヤスくん。今日はお昼にパンを分けてもらってありがとうございます」

「いえいえ。そんな気にしなくても大丈夫っすよ」

「お礼をさせていただきたいんですが、よいですー……?」

「……え? は、はぁ」

「明日お弁当作ってくるので、よければ食べてください」

「わ、わかったっす。食べるっす。むしろいいのかなって感じです」


 ヤスはもじもじしながら、先生の提案を受け入れた。


 いいなぁ。

 先生の手作り弁当か……俺も食いたい。


 そういえば俺って、明日のお昼どころか今日の夕飯どうすればいいんだろう。

 親って家にいるのかな。ていうか俺の家って、この世界にもあるのかな。


 どこまでがリアルで、どこから設定が組み込まれているのかさっぱり分からない世界だからなぁ。


「あ、もちろん赤花くんの分もお作りしますよー……明日、安藤さんとご一緒するときにお持ちください」

「マジすか。ありがとうございます」


 やったぜ。

 俺も美人教師の手作り弁当を食べられるのか。


 イヤッホウ。


 この世界さいこ……いや、この思考は危険なんだったな。

 気をつけよう。


「それと、これが赤花くんのお家の住所です。参考にしてください、いつもの感覚で帰ると違っちゃうかもしれないので」


 サラ先生から小さなメモを渡される。

 そこには可愛らしい文字で、とても簡潔な情報が記されていた。


 そうか。俺の家が本来の場所と違う可能性は、やっぱりあるんだな。


 先に予想して調べておいてくれたんだ。

 ありがとう、先生。


「あ、見覚えのない住所ですね……」


 メモを見てみると、そこは現実世界での俺の家とは違う住所が書かれていた。


「そうですか。調べておいて良かったですー……。親御さんも住所と同様に違う可能性が大きいので、驚かないよう注意してください」

「分かりました」

「それでは、先生は一度職員室に行かないとですので、これで。また明日です、赤花くん」

「お疲れ様でした」


 サラ先生はぺこっと頭を下げてから、廊下を歩いていく。


 教師としての仕事がまだ残っているのだろうか?

 夢の世界でも真面目に頑張るんだなぁ。


「んじゃ、俺らも帰ろうか。ヤスの家ってどこだ?」

「……すみません兄貴、オイラは一度トイレに寄っていくので、先に帰ってて大丈夫っす」

「ん? そうか、じゃあ俺も付き合うぞ。別に大した時間じゃないだろう」


 そう言うと、ヤスはくわっと目を見開いて首をぶんぶんと勢いよく振り出した。


「いえ! 兄貴を待たせるなんてできないっす。お供できなくて申しわけないっす、オイラはここで失礼するっす~!」


 と、駆け足でヤスは止める暇もなくいなくなってしまう。


「……行っちまった。まぁいいか」


 あくまで俺の都合を考えて行動してくれるヤスの忠誠心に感心しながらも、俺は学校を出て行く。


 ……そういえば、夢の中で望んだことは叶うんだったっけ。

 ということは、あのどこまでも俺を慕ってくれるヤスは……俺の『友達が欲しい』という願望の表れなのだろうか。


 王子という属性に、懐いてくれる後輩と好意的な女の子たち。

 まさに俺が求めているような、甘い夢――


「……ちゃんと、お別れを言ってから現実に帰りたいな」


 そんなことを考えながら、俺はメモを頼りにこの世界での自宅へと向かう。




「……ここ、か?」


 メモに書いてあった住所の建物は――お城だった。


 いや、違うな。

 お城の外観をしたホテルだ。

 目がチカチカする。ピンク色の電飾が眩しい。


 確かに現代日本でお城に似た建物って、こういうのがイメージとして浮かぶかもしれないけどさぁ。


 ……無理やり感が半端ない。

 設定の辻褄を合わせようとして、かなり強引に持ってこられた感じだ。


「ていうかここ、その……そういうホテルじゃん……」


 いったい俺はどんな生活を送っているのだ。

 王子って、まさかいかがわしい意味じゃないだろうな。


「はぁ、疲れた……突っ込む気力も残ってねぇよ」


 濃い一日だったと思い返しながら、俺はホテルの中に足を踏み入れた。



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