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サンタ狩りスノーホワイト  作者: 志記折々
三章『彼女が望んだ物語』
11/18

10:「決してストーカーではない行為」


「兄貴ぃ、やっと、見つけたっす~」

「……ヤスか。よく見つけられたな、お前は帰ってもらっても良かったのに……あれ、一人か?」


 安藤さんたちに追いつき、後方で隠れながらその様子を観察しているとヤスが息を切らした状態で現れた。


 汗でお自慢のリーゼントがへんにょりとしていぞ。

 見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。どこにいるかも分からない俺を、走って探してくれたんだなぁ。


 お前の忠義には頭が下がるぜ。


 こういうとき、携帯があれば無駄に走らせる必要もなかったんだけどな。

 ごめんヤス。この世界では真面目に設定されているらしい俺を恨んでくれ。


「サラ先生は他の先生たちに捕まって、ここには来られないみたいっす。お仕事は大変っすね、あ、ちゃんと兄貴からの伝言は伝えたっすよ」

「そうか、ありがとう。助かったよ」


 夢の中だってのに、ちゃんと教師の仕事はこなすんだな。

 これは、偉いという評価でいいのか……? いや、なによりも優先すべきは白雪さんの安否のはずだ。


 教師の仕事を律儀に手がける必要はない。


 ……いや、そういえばヤスは捕まったという表現を使った。もしかすると一度抜け出そうとして、それを見つかったことで咎められているということだろうか。


 相変わらず、変なところでリアルな夢だな。

 とりあえず今日は、俺だけで動くしかなさそうだ。


「いえいえ。それで、兄貴はなにやってるっすか? 伝言にあったターゲットって……」


 ヤスは俺が見ている方向へ顔を向ける。

 そして、その対象を見つけるや否や、どんどんジト目になって、さらに表情が暗くなっていく。


「もしかして、あの美人の転校生さんすか? ……それともあの取り巻きさんたちっすか」

「転校生のほうだ。決して俺は男色ではない」


 そこで誤解されては困る。

 俺は同性に恋などしたことはない。


 そして、これからもする予定などないのだから。


「うぅ……オイラは舎弟として情けないっすよ」

「な、なんだよ。どうしたんだ」

「だって兄貴が、兄貴がストーカーになってしまったっす……」

「断じて違う。これには理由があるんだ、信じてくれ」

「どんなっすか。先生も巻き込んで、転校生を追いかける理由ってなんなんっすか」


 そんな非難じみた目を向けてくれるな、ヤスよ。


 実はここは夢の中で、白雪さんを説得して現実に連れ戻さないと死んでしまうんだ。

 ……なんて、言えないよなぁ。


 俺はまだ先生ほど、はっきりと区別なんかつけられていない。

 たとえここが虚構の世界でも、実際に話している人間を“どうせ現実に戻ったら消えてしまうのだから”と思い切ることができてないんだよ。


「まぁ、深い事情があるんだ。それ以上聞かないでくれると助かる」

「……そうっすか。兄貴がそう言うなら、もうなにも言わないっす」


 明らかに納得していない様子だが、引いてくれた。

 くそう、なんて大人な対応をしてくれるんだ。ちくちくと罪悪感が沸いてくるぞ。


「理由はもういいっすけど、なんで追い回してるんすか? 直接話しかければいいのに。一緒に遊べばいいでしょう、楽しそうっすよ」

「……確かにその通りだな。だけど、それはできないんだ」


 残念なことにな。


 いや俺だって途中から思っていたよ?

 あぁ……なにやってんだろう、ってさ。


 あの八人は色んな店に入っては、実に楽しそうに笑いあっていた。


 それを後ろからじっと見守る俺。

 なんだかなぁ。ただイケメンたちと仲良くなっているだけで、白雪さんの本意なんかちっとも見えてこない。


 この行動は白雪さんの目的を見極めることにある。

 真偽は不明だが正体すらも偽っているくらいだ。直接聞いても答えてもらえない可能性は高いだろう。


 だけど接触してはいけないという訳ではないんだ。

 普通に話しかけて、仲良くなる。近くにいたほうが事情は掴みやすいよなって、考え付いた。


 今のところできていない、けれど。


「できないんっすか。どうしてっすか?」

「理由は二つある」

「ほほう、ぜひ聞かせて欲しいっす」

「まず一つ目、俺はあのイケメンたちに疎まれてる。教室でも、転校生に近付いたら威嚇されたんだよ」


 主にあのツンツン髪にな。

 恐いよあの不良。迫力がなんちゃってヤンキーのヤスとは大違いなんだもの。


 ヤスのいいところは、違うところにあると俺は分かっているからいいんだけどさ。


「はぁ、あの七人に。兄貴、なんかやったんすか?」

「……まぁ、少しな。あ、言っておくけど俺だけじゃないぞ、サラ先生も同じように警戒されてるんだ」


 まぁ、事情を説明しようとして不審がらせてしまったのは事実だから、警戒させてるのは分かるんだけどさ。


「なるほど。じゃあ二つ目の理由は?」

「簡単だ。俺は女の子と仲良くなる方法が、いっさい分からない」


 ましてや、あんな美人とな。

 周りにあれだけイケメンがいるんだぞ、どう立ち向かえばいいんだ。


 教室のときだって、先生と一緒にいる状況で、切迫した理由がなければ話しかけられもできなかっただろうよ。


「……学校の王子が、なに言ってるんすか」


 ヤスの呆れ顔が辛い。


 だって、俺は別に実力で王子と呼ばれるようになったわけじゃないし……。

 俺に安藤さんを誘う勇気があればいいんだけど、あの中に割って入って勝てる気がしない。


「まぁ兄貴の事情は分かったっす。それじゃあオイラも協力するっすよ、なにをすればいいっすか?」

「……責めないのか?」

「なにをっすか」

「情けないところを見せちまったからな。幻滅しただろう」

「こんなことで兄貴を責めるわけないっす。むしろ可愛いと思ったっすよ」

「可愛い?」


 俺がか。

 初めて言われたな、そんなこと。


「はいっす。兄貴も完全無欠じゃないって分かって、なんだか嬉しいっす」

「……そっか」


 まぁ、普通なら言われてもちっとも嬉しくない評価だけど、ヤス相手なら悪い気はしない。

 不思議なことにな。まったく、愛い奴よ。


「それで、なにを手伝えばいいっすか?」

「そうだなぁ……なにをしてもらおう」


 つっても、安藤さんをつけ回すだけだからな。

 俺一人でもできるっちゃできる。


「兄貴が女の子に興味を持つなんて初めて見たっすからね、張り切っていくっすよー!」

「…………ちょっと待て。なにか誤解してないか?」

「あんな美人っすからね、一目惚れも仕方ないと思うっす。今朝も運命的な出会いをしてますし、これはちゃんとした順序をおってる健全な恋愛っすよ」

「ちょっと、おい。話聞いてくれよ」

「でも転校生は既にあの七人の有名人たちから好意を持たれている……これはピンチっす! だけど兄貴なら絶対負けるはずないっす。それは舎弟のオイラが保障するっすよ!」

「お~い……ヤス~」

「あ、でも一言忠告させていただきたいっす。ゲーム感覚で女の子を追い回すなんて、どんな理由でも相手はいい気しないっすよ。これはたとえ王子と呼ばれるほどの色男でも変わらない認識っす」

「む、ゲーム感覚だなんて失礼だな」


 ええい、またもあらぬ誤解が生まれてしまったぞ。

 この際俺が安藤さんに好意を持っているとヤスが考えていても構わない。

 実際、そう思われてたほうが、これから安藤さんを観察していても少しは説得力が出るかもしれないからな。


 しかしをこの行動をゲーム感覚だなんて思われるのはいただけない。

 俺はそんな酷い男では断じてない!


「もう、兄貴が言ったんすよ?」


 ……俺が?

 あ、屋上で先生と話しているときか……。


 なるほど、確かに言っているな。

 あれは誤魔化すためについ口走った言葉だったから、すっかり忘れてしまっていた。


「女の子を落とすことをゲームと称するなんて、良くないっすよ」

「いや、あれはだなぁ……………あ? ゲーム、だって?」


 そのとき、なにかが頭の中でピキーンと閃いた。

 とてつもなく重要な、なにかだ。


「な、なぁヤス。あのイケメン七人が有名って、なんでだ?」

「あの七人っすか。まぁ兄貴ほどじゃないんすけど、色々と女の子を惹きつける要素をいっぱい持ってるみたいっすからねぇ」


 そこからヤスが話してくれた情報は、俺の考えを正しく補強するものだった。


 ――例えばあのツンツン髪。

 いつも怒っているように見えるのは、実は深い事情があるらしい。


 彼には昔、とても尊敬していた兄がいた。

 でもその兄は……不治の病気を患い、亡くなってしまった。


 兄は旅立っていく間際、彼に言葉を残した。

“強くなって欲しい。僕が成れなかった、ヒーローのように”

 彼は努力したのだという。強くなるために空手を習い、正義を貫こうと行動を起こした。


 だけどそれを阻んだのは、ヒーローという幻想を打ち砕くほどの、現実という厳しい壁。


 イジメられていた人を助けようと行動したのに、その手段に暴力というものを行使したことで、世間から非難されたのだという。

 やられてしまったイジメっ子が助けを呼び、途中から参入してきた大人の証言を覆すことができず、逆に彼はイジメていた犯人に仕立て上げられた。


 そこから彼は捻くれ、現在のようにグレてしまったのだ。


 悪を倒すために行動したのに、周囲からの歪んだ認識のせいで悪と見なされた。

 だからツンツン髪は、いつも自分を責めている。兄の願いを叶えることができない、自分を。


 それが――彼がいつも怒っているように見える、不器用で自虐的な表情の理由。


 ――次はいつも笑っているニコニコ男。

 彼は昔、いっさい笑わない子供だったらしい。だけど今のように、常に嘘の笑顔を貼り付けている理由ができたのは――ってもう十分だ。


 要は七人全員に、そのような事情があるということだ。

 そんなことを、ヤスは俺に教えてくれた。


 現実だったら有り得ないほどの設定と状況。

 これこそが白雪さんが意図した、彼女が望んだ夢の中で繰り広げられる物語の根幹だ。


 そして先ほどヤスは、この状況のことを俺にこう語った。


 ――女の子を落とす、ゲーム。


 いやいや、違うだろ、この状況は。

 なにが違うって? そんなの決まってる……視点が、違うんだ。


 この夢の主人公は、俺じゃないだろう。

 だって俺は無理やりに役を割り振られ、その人物の中に含まされている。


 攻略対象はきっと、八人の男――


 そう、


「これは……白雪さんが、好みの男を攻略していくゲームなんだ……」


 もっと正確に言うと、たくさんの男が自身を攻略しようと行動を起こしてきて、どの男を選ぶのかはその時々の選択次第ということなんだろう。


 こういったゲームのことをなんて表せばいい?


 やったことはないけど知っている。

 男向けのものと、購買対象が違うもの。


 そう、これは白雪姫をベースにした『乙女ゲーム』なのだ。


「はぁ……マジ、かよ。嘘だろおい……」

「……兄貴、どうしたんっすか?」


 俺が割り振られた役は――『王子』

 白雪姫をベースに考えられているのならば、メインヒーローということになるのだろう。


 メインだ。

 きっと、これが終わらないと満足なんてしてくれないだろう。

 深く考えすぎかもしれないけど、どうしてか間違っているとは思えない。


 つまり、これって……白雪さんを助けるためには、安藤さんと恋仲になるよう行動を起こさないといけないってことになるんじゃ、ないか?


 そしてそれができない場合、白雪さんは死んでしまう。


「もう、女の子に話しかけるのが苦手とか、言ってる場合じゃないのかも……」

「はい……? それじゃあ、ついに転校生さんに話しかけるんっすか」


 いや、まだこの考えが合っていると決まったわけじゃない。

 サラ先生にこの仮説を話してみて、相談してからでも遅くないだろう。


「ヤス、俺……学校に戻るわ」

「え、え……? 兄貴、転校生さんに話しかけないでいいんすかぁ~?」


 脇目もふらず、ダッシュで俺はその場から駆け出した。

 はぁ……なんだか走ってばっかだな、夢の中の俺。


 夢の中なんだから――いっそ空でも飛べれば、楽なのに。


 まぁでも、贅沢は言うまい。

 壊れているはずの膝が治ってるだけでも、救いがあると思うべきなんだから。



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