ある女の独白
元女中頭の話。
まあまあ。王都のお役人様がこんなあばら家にいらっしゃるなんて、今日は雪でも降るんじゃありませんかねぇ。おや、これはとんだご無礼を。申し訳ありませんがね、こんな田舎の飯炊き女に礼儀なんざ求められても困るってもんですよ。
おや、さすが偉いお役人様ですねぇ。皆、貴方様みたいに広い心ならこっちも助かるんですがね。
で、そのお役人様があたしに何か用で?
はぁ? 知りませんよ、そんな娘の事なんか。知ってたってあの疫病神の事なんか口にしたくもありませんからね。
そうですよ。疫病神に決まってます! あの娘のせいで奥様とお嬢様は家を追い出されたんですから。
それどころか旦那様と坊っちゃまは自業自得ってもんですけどね、家を出た奥様やお嬢様まで罪人になっちまうなんて、あんまりじゃありませんか!
あたしはもう悔しくて悔しくて。あたしも子供がいなきゃ、あの時にとっとと辞めて奥様について行きたかったですよ。ええ、うちの子はお嬢様より2つばかし年上ですけどねぇ。まだ学校にも通ってましたし、奥様のご実家は山向こうのドニの町ですからね。亭主も子供も置いて行くわけにはいかなかったんですよ。
え? あの娘の事を詳しくお聞きになりたいんで? ……申し訳ないんですけどねぇ。あたしももう年のせいで、細かいことはよく思い出せないんてすよねぇ。それに、罪状が罪状でございますでしょ? むやみやたらに話して、あたしまでとばっちりが来ても困るんですよ。……あら、まぁ、これはこれは気前がよろしくて。仕方ないですねぇ。あたしが話したって誰にも言わないでくださいよ?
ええ、そうですよ。あの娘は旦那様の本当の娘じゃありませんよ。10年位前でしたかね、旦那様が突然あの娘を連れて来られて。
そりゃあびっくりしましたよ。聞けば元伯爵家のお嬢様だって言うじゃないですか! 何でもご当主が陛下のご不興を買って平民に落とされたとか。お貴族様の世界も怖いですねぇ。
あの娘の両親? 確か事故で亡くなったとか何とか……。うちの旦那様と奥方様が古い知り合いだったらしくて、その縁であの娘を引き取る事にしたようですよ。
最初はね、皆同情してましたよ。貴族のお嬢様が突然平民に落とされて、ご両親も亡くして。あたしだって可哀想に思いましたよ。何せあの可愛らしいお顔でしょ? 奥様もお嬢様も親身になってお世話してらしたんですよ。
ですけどねぇ。あの娘は旦那様と坊っちゃまには健気で素直な顔を見せてましたけど、とんでもない! あたし達使用人の前では我儘で威張ってばかりでしたよ。しかも奥様とお嬢様を見下すわ、気に入らない使用人は辞めさせるわ。小さくてもお貴族様ってやつですかね。
それで奥様がちょっと注意しただけで、旦那様に泣きながら大げさに訴えるんですよ。また旦那様も旦那様で、よく聞きもしないで奥様を叱りつけるんです。
坊っちゃまもそうですよ。お嬢様があの娘を苛めてるだなんて嘘を鵜呑みにして。
もうお2人が不憫で不憫で……。
それでもね、奥様もお嬢様もずーっと我慢なさってたんですよ。
けれどあれはお嬢様が花祭りの花娘役に決まった年の事でしたねぇ。……ああ、花祭りは3年に1度行われる、この辺りじゃちょいと有名な祭りですよ。若くて可愛い娘達が春の女神に舞を捧げて、飾り付けた輿から花をまくんです。上手く拾えると幸運に恵まれるって言われてるんですよ。
その花娘に選ばれるなんて、さすがうちのお嬢様だと使用人は皆鼻を高くしてたんですけどね。
明日がいよいよ花祭りだって日に、突然、旦那様と坊っちゃまがあの娘と一緒になって、お嬢様を責め立て始めたんです。
内容ですか? 確か、あの娘の服を切り裂いたとか、階段から突き落としたとか、それから、両親の形見の宝石を盗んだとかでしたかねぇ。
もちろん、そんな事があったなんて使用人は誰も知りませんよ。ええ! お天道様に誓っても良いですよ。服の切れ端1枚すら見てませんし、ましてや誰かが階段から落ちたところなんて……。それに宝石だって。ここに来た時にほとんど何も持ってなかった娘が、伯爵家に伝わる宝石なんかどこに隠し持ってたって言うんですかね?
でもすっかりあの娘に骨抜きにされたのか、奥様とお嬢様の言葉なんかこれっぽっちも聞きやしないで、お2人は強引に奥様達を追い出してしまわれたんですよ。あんなに仲の良いご家族でしたのにねぇ……。
それからはもう、あの娘のやりたい放題でしたよ。お嬢様の代わりに花娘になってからは坊っちゃまだけでなく武器屋の倅とか、自警団の団長の弟とか、神官見習いの坊主だとか、何人もの男の子達に囲まれてチヤホヤされてたんです。まったく。この町の男と来たらちょっと可愛い女の子だとすぅぐデレデレするんですから。見る目がないにも程があるってもんですよ。
旦那様も奥様がいなくなった途端に、あの娘の為に王都から偉い学者先生を呼んで勉強させたり、王都で流行だというドレスを何着も仕立てたりしてましたね。ええ、そんな事は奥様がいらっしゃったらお許しにならなかったでしょうよ。ここだけの話、いくら領主と言っても旦那様にはあまり才はない様子で、奥様がきっちり帳簿を管理されてたんです。
だもんだから、すぐに落ちぶれちまって。そのうちにあたしらの給金も滞るようになって、ほとんどの使用人が暇を出されたんですよ。ええ、ええ。あたしもそうですよ。あたしはまだ亭主が大工なんかやってましたんでね、この頃にはなんとか息子を食べさせる位の稼ぎはあったんで良かったんですけどね。
まぁ、旦那様はあの娘に学をつけて、王都の学舎で中央との梯子役になる人と縁を結んで欲しいと思ってたみたいですねぇ。なんせあの器量でしょ? どこかの貴族に見初められたら、養い親として甘い汁でも吸えるとでも夢見てたんじゃないんですかねぇ。
坊っちゃまは坊っちゃまで、あの娘がこの町に戻って来て自分と結婚するんだって思ってみたいですよ。
ははは。あの娘がこんな田舎でおとなしく結婚するなんて、そんな殊勝なタマなもんですか。
まさか恐れ多くも王太子殿下にまで色目を使って誑かすなんて思ってはなかったですけど、あの娘がやりそうな事ですよ。
……ホント、奥様とお嬢様がお可哀想ったらありゃしませんよ。
ねぇ、お役人様? お2人はあの娘とは何の関係もないんですよ? お役人様からも偉いお人に伝えてはもらえませんかねぇ?
もうすぐ冬になりますでしょう? 牢は冷えるんじゃありませんか? お嬢様は寒いのが苦手でしてねぇ。すぐに風邪をひいて喉を痛めちまうんです。奥様も腰が冷えると動くのも辛くなるんで、いつもあたしが揉んであげてたんですよ。
ああ、そうだ。これでお2人に何かしてあげちゃあくれませんかねぇ? 暖かい毛布だとか、上着だとか。足りないってんなら、ちょいと待ってくださいね。確かここに……。
え? まあ。お役人様は良いお人ですねぇ。
じゃあ、ついでにもう1つお願いを聞いてもらえませんか? たいした事じゃありませんよ。お2人に伝えてもらいたいんです。
なぁに、うちの息子がね、去年から父親の仕事を手伝うようになりましてね。給金なんざもらうようになって来たんですよ。まだまだお世辞にも稼ぎが良いなんて言えませんがね、早く一人前になってお嬢様が帰って来なさった時に迎えに行きたいなんて言ってるんですよ。
うちの息子は頭と顔は良くありませんがね、父親に似て真面目で馬鹿正直で頑固でねぇ。お嬢様が帰って来るまでずっと待つつもりなんです。ふふ。息子が家を出るとなったら、息子の部屋を奥様の部屋にしましょうかねぇ。こんなあばら屋ですけど、隙間風なんざこれっぽっちも入ってきませんし、床も冷えないように板をきっちりひいてありますからね。
ここで、またあたしが奥様のお世話をさせて頂きますから、お2人とも安心して帰って来てくださいって、ね、伝えて欲しいんですよ。
ああ、ではどうかお願いしますよ、お役人様。
ニコラス・アディ一等書記官覚書
『元バルア領主館に勤務していた女中頭ハンナの調書』より
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