No.04 「それが例えどんな我が儘だとしても」 (1)
此処で寝起きをし始めて、三度目の朝。
今日はリーンに忍び込まれる前に起きだすことができた。時計の針は六時過ぎを差していて、私はそれに少し満足する。丁度良い時間に目を覚ますことができた。自分の家での生活と同じリズムを取り戻せてきてるってことだよね。うむ、良いことだ。
ミュゼさんに朝食の用意をしてもらうのにも、だんだん慣れてきた。慣れてきていいのかという気もすごくするけど。慣れちゃだめだよね。やっぱり今度からは私も手伝おう。
本日の献立は、ご飯に大根の味噌汁、焼き魚、何かの野菜のお浸し、だった。私は朝ごはんをガッツリ食べる方じゃないからこの量はちょっと多いけど、でも三日も続けば驚くこともなくなった。少しずつ食べる量も増えている。嬉しくないけど。
「キサキ様。お客様が見えております」
「お客様? ええと、誰でしょうか?」
「リーンハルト様とメイナード様でございます」
リーンと知らない人か。メイナード。よく分からないけど、なんとなく聞いたことがあるから、たぶんキサキの夫の一人じゃないだろうか。たぶん。
今日の話し相手になる人、かな?
疑問は自分の中で考え続けていても、答えが出るものでは無い。口に出して、他人から教えてもらわないと。
そんなわけで、今日は昨日よりも早く応接室に出ることが出来た。そこにはやっぱりすでに二人が座って待っていて、こちらを見る。
緑と黒の、黒の方。即ちリーンは、世のお姉さま方をみーんな魅了させてしまうような笑顔で、にこっと笑った。
「今日は早いんだね」
「私も毎日寝坊するわけじゃないって」
「昨日は寝坊だったんだ? 毎日あれぐらいに起きるのかと思ってたよー」
「……昨日起きたのって十一時だったんだけど。そこはかとなく馬鹿にしてるよね?」
あはは、と笑うリーン。やっぱり馬鹿にしてるだろお前。
その隣に座っている緑色の青年は、苦笑いしている。この人は、あれだ。ここに来て初日の日、私を案内してくれた優しそうな人。たぶんこの人がメイナードかな?
「お久しぶりです。私は“魔師”のメイナード、と申します。本日はキサキの話し相手としてお邪魔させてもらいました。よろしくお願いしますね」
あ、はい。いえいえこちらこそよろしくお願いします。
リーンやクレーのときとは違い、なんだか改まった態度をとらなくてはいけないような、そんな気分にさせられてしまうのは何故だろう。やっぱり兄の威厳か?
「今日はこっちのメイナード兄さんと一緒に居てね。まあ、クレーメンス兄さんよりはましなプラン立てられると思うから、昨日よりは楽しいと思うよ」
プランって…………なんかデートみたいで嫌なんだけど。
「そう言っては可哀想ですよ、リーンハルト。クレーメンスに罪は無いのですから」
「そりゃそうだけどさ。でもこっちとしては不安で仕方ないんだよ。分かるでしょ? あの兄さんは、女性に気遣いが出来ない朴念仁だから」
「リーンハルトからみたら、誰だってそうでしょう?」
そうかもしれないけど、とリーンは呟いた。そうかもしれないのか、リーンよ。確かにあんたの気遣いは細かすぎて引くくらいだったけど。
それに、朴念仁は言い過ぎじゃ? アリだよ、ああいうキャラも。漫画なんかでよくいるタイプの、実はおいしいトコ持ってってるキャラだよ。
「それで? 今日はどこに行くの?」
「城の中も外も案内したと言うことですし、私は魔法の研究所でも回ろうかと。異世界から来たのなら、物珍しいものもたくさんあるでしょうし。それに、私にできるのはこれぐらいですからね」
「そう。でも、気を付けてね? 研究所は魔法関連の危険なものがいっぱいあるだろうし」
「分かってますよ」
リーンは、小言が多いなぁ…………。昨日のアレは、クレーだったからなのかと思ってたけど、見るからに頼りになりそうなメイナードさんでも一応注意するってことは、元々口うるさいタイプなんだろう。
「あ、それからもう一つ注意ね」
「何ですか?」
「そのキサキちゃん、まだここが異世界だって認めてないってさ。日本は魔法が無いところだから、研究所で魔法を見たらびっくりするかも。魔法だって信じないことも考えられるけど、どっちにしろ知ってた方が良いでしょ?」
「そうなのですか? なら、研究所へ行くのは日を改めた方が良いでしょうか」
「んーん。僕は別にどっちでも良いと思ってる。ここで暮らしていくなら魔法とは遅かれ早かれ出会うだろうし、それなら心の準備をしてから見せる方がショックも少ないでしょ。これで異世界だって信じてくれたら儲けものだしねぇ」
「そうですか」
「まあ最終的には本人の意思に任せた方がいいかな? どうする、キサキちゃん?」
え。突然話を振られても、ついていけない。
というか、ここが異世界だと信じてないって、そんな簡単に言っても良いものなの? 私としては結構覚悟を決めて、リーンに打ち明けたつもりだったんだけど…………。それを知った緑さんもあっさりしてるし、ひょっとしてそんなもん?
「ええと、魔法…………?」
正直に言えば、すごく気になる。だって魔法。そりゃあ気になるよね、現代日本人の感性として。何をしているのか、そして魔法を使うとどうなるのか、ものすごく興味引かれる内容です。
魔法を見てここが異世界だと信じると言う心配は全くない。魔法なんて有り得ない。手品とか、そういう感じのものに決まっているからだ。
「行ってみたい、です」
好奇心には勝てない。素直に頷けば、二人も簡単に了承の返事を返す。
善は急げ、というわけではないけれど、さっそく研究所とやらに行くことになった。リーンはじゃあねと言ってあっさり退場してしまう。
昨日もクレーの隣に居たし、何でリーンはいっつも朝に必ずやって来るんだろう?
「それがリーンハルトの仕事ですから」
「私に朝会いに来るのが、ですか?」
「それは仕事の副産物にすぎないでしょうが。彼の仕事は、貴女に日々を健康に過ごしてもらうことですから。私が一人で貴女の部屋に伺うよりも、リーンハルトを伴って会う方が安心するでしょう?」
まあ、確かに……? リーンはなんとなく警戒心を抱かせないキャラだから、そのリーンが連れて来た人ならつられて警戒するの忘れそうだなぁ。この緑の人ならまだしも、クレーが一人で来てたら怖くてまともに話せなかっただろう。
「それよりも、リーンやクレー、というのは?」
「あの二人の愛称です。名前が長くて、覚えられないので」
「そう、ですか…………? では、私の名前も覚えづらいですか?」
う。そうはっきり言われると、はいそうですーって言うのに少し罪悪感が湧く。
だって、名前を覚えられないなんて、失礼の極みじゃないか。私はどちらかと言えば世間知らずな方だけど、その程度の常識はある。ま、あの二人への態度を思い出せば、今更な感じもするけどね!
「まあ、その、はい…………」
「では私のことも好きなようにお呼びください」
「いいんですか?」
「ええ。日本には名前を変形させて互いを呼び合う、という文化があると聞き及んでおります。そちらでは普通のことなのでしょう? それならば、どうぞお好きに」
「そうですか? では、遠慮なく」
うーん、この人の名前は確か『メイナード』だったから…………。
「じゃあ、メイと」
「分かりました」
と言っているうちに、どうやら研究所? に着いたようだった。今までの煌びやかな廊下がなりをひそめ、ついには無骨な印象に変わってしまう。
たぶんまだ此処も城と呼ばれる場所なのだろうけど、でもさっきまでの眼が眩むような豪華なキラキラしさは微塵も無い。必要最低限と言うか、無駄なものの一切を省いた感じと言うか。
「ここが私の研究室です」
扉を開いてくれて、招かれたそこは、すごく広い部屋だった。私が借りている寝室の倍近くはある。窓が無くて明かりは蛍光灯のような人口のものだけ。そして部屋の半分には本棚と机が置いてあって、もう半分には実験用具らしきものが敷き詰められていた。
女性を招くような部屋ではないのですが、とメイさんは言う。まあそうだろう。専門家のみが入室を許されるような、そんな雰囲気がある場所だ。
「私は毎日、此処で研究をしているのですよ」
「魔師って研究職だったんですか」
「ええ、そうですね。国が戦をしている場合は兵士と一緒に戦場へ向かうこともありますが、それ以外はだいたい研究が仕事です。この国は滅多に戦争をしないので、魔法の研究も進んでいます」
「へぇー」
「例えば、これは我が国のみで普及されている魔法具です」
そう言うと、どん、と机の上に石の塊を乗せた。乳白色で、つるつるした、一辺が一メートルくらいの大きさの立方体。
さっきまでこんなの無かったのに。こんな重そうなもの、どうやって此処に置いたんだ…………?
すると、乳白色だった石の色が突然変わる。ぼんやりと黒を帯び始め、ゆっくりと時間をかけて何かの画を形作っていった。現れたのは丁度昨日見た噴水の映像。その周りを行き来する人たちは動いているので、どうやら動画らしい。
「これは…………?」
「遠くの映像を映し出す魔法です。そちらの世界にあるテレビと同じようなものですね。残念ながら、音を運ぶのにはもう少し改良が必要なのですが」
ぐるりと見渡しても投影機らしきものは見当たらないし、プロジェクターとスクリーンを兼ねている石、ということだと思う。
すごいなぁ、どうやってるんだろう。触った感触は間違いなく石だし、切れ目も見当たらないから、これは間違いなく一つの切り出した石だ。中に投影機が仕込んであるんだろうか? ぐるりと回っても上から覗き込んでも、同じ映像が流れている。すごい。高性能ですね。
「他にも、いろいろとありますよ。こちらへどうぞ」
部屋の隅に連れて行かれて、実物を手にいろいろと説明される。
障害物の有無関係なしに遠くが見える双眼鏡は悪用される危険が高いから発売中止だとか、汚れても濡れても数秒で綺麗になるタオルは庶民に好評だとか、小指サイズになるという物理法則を無視した折りたたみ方をする野営用テント(三人用)だとか。
飲んでも飲んでも水がなくならないコップを見せられたとき、私は「もういいです」と言ってしまった。
顔色が悪いのは自覚済み。声に力が無いのも自覚済み。
駄目だ。危険だ。警報が鳴る。
これ以上知ってはいけない。見てもいけない。
(魔法、だなんて)
信じてはいけない。




