(3)
散歩、と言われて付いてきたけれど、散歩していると言うよりは青空教室でも開かれている気分だった。
なんでかって、そりゃ勿論一緒に居るこの黒いのが、いちいちいちいち何かを説明しようとするからだった。これで意外にも理屈っぽいところがあるらしくて、頼んでも無いのにそこに生えてる花草木がうんちゃらかんちゃら、と教えようとするのだ。
もういいよ、私はただ外の空気を吸いたいだけなんだよ。
「で、此処は一番高貴な庭なんだ。それなりの身分が無いと入れない場所なんだよ」
「ふーん」
「だから適度に華美で、とにかく見て楽しむように作られてるんだ。もうちょっと北に行くと、だんだんと庶民向けの雰囲気になっていくから、そっちも行ってみる?」
「うーん」
「北の庭は、実用的なものが多いかな? 植木で迷路を作ってみたりとか、あと果実の木とかも多くて、旬の季節になったら誰でも好きにとって食べていいんだよ」
「へーえ」
言っておくが、この庭自体はとても楽しい。ところどころに置いてあるベンチのような椅子に座って辺りを見回せば、遠近法を上手く使った植木の配置とか、配色の気の使い方とか、素人ながら感じるものもないでもないし。
とにかく綺麗で、見て回るだけでも楽しい。
が、ずっと隣でペラペラ喋られてると、ちょっとうんざりするのだ。私は気分転換に来たのであって、勉強しに来たわけではない。
内容がつまらないんじゃない、と思う。しっかり聞けばそれはそれで面白いのだろう。無言で付いてこられるのも、空気が重いし。
ただね。私はもっと落ち着いて見て回りたいんだよ。説明は必要最低限で良いのです。
「あらら、疲れてきた?」
「いや、別に」
「そ? んじゃ、もうちょっと北の方に行かない? 今の季節なら、ニェミ…………えっと、苺っぽい味の果物が旬なんだ」
「にぇみ? 何それ、苺のこと?」
「うん、そうだよ。
えーっとね…………キサキの話す言葉とこの国の公用語は全く別なんだ。それでも会話が出来てるのはキサキに自動翻訳機能がついてるからで、日常で使う言葉はだいたい自動翻訳されるんだけど、固有名詞はそのまま聞こえるみたいなんだ」
「固有名詞…………ってことは、人の名前とかも?」
「そうそう。日本語にない発音だったでしょ?」
「うん。名前だけ変な発音になって、すっごい吃驚した。結局、聞き取れないうえ発音することもできなかったし」
「それがこの国の普通な発音なんだ。僕らも普段はその変な発音で喋ってるし、今の君だってそれで喋ってるんだよ? 君が日本語だと思ってるだけでさ」
そういう設定なの? 異世界トリップでは定番の自動翻訳機能ですか。実際体験してみるとすごい精度だな。でもそうだよね、これが無いと意思の疎通が図れないからね。
「あれ? でも、貴方たち五人の名前って、普通の発音だったよね?」
「そりゃそうだよ。僕らは産まれる前からキサキの夫になることが決まってたんだから。日本語に近い発音の名前じゃないと」
…………そっか。だよね。
妻に名前を覚えてもらえない夫なんて、不憫だものね。んじゃ、あんたの名前は私からしたら普通の名前だけど、この城では変な名前って言われてるわけだ。
「あ、そうだ! あとね、文字は自動翻訳されないんだ。だから、一週間後から文字の勉強してもらうことになるんだけど、良い?」
なんて不親切な翻訳機能だ!
「教師役は僕がやるから。よろしくね」
とかやっている間に、どうやら北の庭とやらに着いたらしい。さっきまではすれ違う人も少なく、居たとしてもひらひらふわふわきらきらの服を着て、あははうふふと笑うお上品なお嬢様方ぐらいだったというのに、此処はそれが嘘のような賑わいだった。
さっきの人が着ていたものは勿論、今私が着ている簡素なワンピースが豪華なものに見えるくらいの(実際高価なものだとは思うけど)質素な服を身に包み、わいわいと仲間内で盛り上がっている様子が見えた。
さっきの庭とは確かに違う。間違いなくこの雰囲気は庶民のそれである。私に馴染みの深い、昼休みの女子高生や男子高生のテンションがそこかしこにある。
「あ、リーンハルト様だ!」
「リーンハルト様っ!」
「リ、リーンハルト様ー!」
誰が第一声を上げたのか、そんなバラバラの『リーンハルト様』コールが響き渡り、隣にいる黒い髪の青年は手を振ってこたえた。
え、何あんた、アイドル? いやまあ、確かに日本でデビューしてもすぐに人気の出そうなアイドル顔をしていますが! カワイイ感じのイケメン君だから、お姉さま方から可愛がられるタイプですね。想像できます、ものすごく。
ここは特別な宗教的団体で、そして彼はそこでも特別な存在なのは決定済みだ。なんたって、“キサキ”の夫なのである。こんだけ人に好かれる要素たっぷりの顔で、尚且つそれなりの権力がある人間の黒髪くん。
そりゃあ、アイドルのような待遇にもなるか。
「あんたって…………」
「ん?」
「リーンハルトって名前だったんだっけ」
「……」
笑顔のまま、固まったその人。さすがに可哀想だったか。だがしかし、あんたの名前を覚えられないのは本当だしなぁ。
「ひ、ひどい! 何度も自己紹介したのに!」
「だって、覚えづらいんだよ、カタカナの名前は! しかも長いし! なんでそんなに仰々しい名前なの?」
「これでも偉い人なの、僕は! この国じゃ、身分が高い人間で短い名前は有り得ないんだよ! リーンハルトって名乗ってはいるけどね、名前全部だともっともっと長いんだよ? ミドルネームがふたつあるんだからさ! ファミリーネームも合わせると、」
「あーあー、分かった分かった! こうしよう、あだ名を付ける。ね?」
「名前を憶えてよ!」
「これから『クロカミくん』って呼ぶから」
「それ名前じゃないじゃん、身体的特徴じゃん! そんなのやだよー!」
「ええー。じゃあ、えっとー…………」
こいつの名前ってなんだっけ。確か、リーン……ハルト、だったか?
じゃあ、短くして――――――
「リーン! ね、これなら文句ないでしょ」
「……うん、それならまあ…………」
よし。まあね、これだけよくしてもらったのに、いつまでも名前を呼ばないってのもどうかと思うしね。『クロカミくん』と呼ぼうとした私が言えるこっちゃないけど。
しばらくすれば周りの様子も落ち着いてきて、人だかりも無くなった。そのころを見計らって、彼――――リーンは、私を迷路の植木に誘う。
迷路ですよ? 緑で出来た複雑な迷路。これはもう、お城に来たら定番とでも言いますか、ワタクシの幼いころからの夢であります。行きますよね。二つ返事で了承です。
彼曰く、なんでもこの城には迷路が四種類もあるそうで。東側と西側の庭、南北それぞれ用意されているらしくて、私はちょっと嬉しくなりました。どうせ帰るなら、楽しんでから帰った方が得だよね! 全制覇する予定でございます。
「どっち行ったらいいの?」
「僕はゴール知ってるから。好きなとこに行っていいよ」
そう言われてしまっては、もう訊ねることはできない。自分の直感を信じて分かれ道を適当に歩いていれば、隣を歩くリーンが真剣な声で不意に話しかけた。
「――――――ねえ、もしかしてさ、子供なんて産む気はないって思ってる?」
どきり、とした。
当たり前だ――――私の考えていることを、何の前兆も無くそっくりそのまま言い当てられたも同然なのだから。
「……」
「まあ、そう思うのは当然だよ。ある日突然知らない場所に居て、知りもしない奴の子供を産めって言われて、その日のうちに分かりました、なんて言った“キサキ”は歴史上にも存在しないし」
「…………そう」
「ここが異世界なんて認めない、って言った人も大勢いるよ。というか、信じた人の方が少ないくらいだ」
よく考えれば、それは当たり前。だって、彼の言う『歴代のキサキ』というのは、今の私と同じ境遇の可能性が限りなく高いのだから。
私が信じていない様に、彼女たちも信じなかったに違いない。私以外のキサキが存在しているかも怪しいが、存在していたとしたら――――なんて酷い風習だろうか。
今まで生きてきた証を根こそぎ奪われ、理不尽な要求をされて、帰ることさえままならない。目の前にいる彼が悪いわけではないと分かってはいるが、それでも憤りを隠しきれなかった。
「――――――私は、ここが異世界なんて絶対に認めない」
認めてたまるものか。
たとえ口だけでも一度そう認めてしまったら、彼らの行いさえ肯定しているようではないか。こんな理不尽が許されていいはずがない。私には怒る権利がある。
彼らは洗脳されているだけで、きっと『洗脳している側の人間』がどこかにいる。その人に直談判をしなければ意味がないのだろう。
私に良くしてくれている人たちに感情をぶつけたくはない。今は大人しくしているからこのお姫様のような待遇をしてもらっているが、手のひらを返されたらどうなるか分からないという恐怖もある。
すぐに帰るのは、諦めるしかあるまい。今は未だ。なんとか探し出すのだ。私を帰してくれる人間を。
「…………うん。それも仕方ないよ。信じがたい現象なのは、僕らだって同じなんだ」
意外にも、彼は私の言葉を肯定するようなことを言ってきた。此処は異世界だと、そんな変わりない主張をされると思っていたのに。
「でもね。この世界がどこであろうと、君が信じようと信じまいと、“キサキ”のすべきことは変わりないし、ここが異世界だということも変わりないんだよ。
ゆっくりしていきなよ。何があろうと僕らは君を歓迎し続けるから。異世界じゃないと言い張ろうと、子供を産まないと主張しようと、“キサキ”は子を産む運命なんだ。過去数千年の歴史が物語るよ。今まで子を産まなかった“キサキ”はいない。どれだけ時間がかかろうと、君は子供を産む。間違いなくね」




