(2)
話し相手。
そう紹介されたリーンハルトなる黒髪男子は、私に警戒させないためなのか、にっこにっこと上機嫌そうに笑っていた。そうやっていると、やっぱり年下っぽい。身長もそんなに高そうじゃないし、体格もがっしりしてるわけじゃないし、そう見えるのもしょうがないだろう。
「話で聞いたところによると、昨日こっちに来たばっかりらしいし、この世界のこととかキサキのこととか、訊きたいこともたくさんあるでしょ? だから話し相手として、一番暇な僕がとりあえず派遣されたんだ」
「つまり、私が訊きたいことを教えてくれるために、来てくれたんですか」
「そうなるかな? あ、でも僕だけじゃないよ。とりあえず今日は僕で、明日からは他の四人が交代で話し相手になる予定だよ」
「…………他の四人?」
うん、そう。リーンハルトは相変わらずにこにこしながらそう答えた。
違う違う、私はその『他の四人』ってのが何なのか、聞きたいんだよ。
「…………ひょっとして、聞いてない?」
「何を?」
「キサキの役割とか、もろもろ」
「…………子供産めって、言われたけど…………」
しかも、あの二人のね! 『我々』ってなんだよ、『我々』って!
「ああうん、そうそう。僕は“書庫”のリーンハルト。……僕の子供も産んでもらうんだけど、それは聞いた?」
つい叫んでしまった。はぁ? だったか、ぎょえぇ! だったか、そんな感じの叫び声をあげる。
ふ、二人だけじゃなかったのか! 三人? そんなに産めって?
「知らなかったんだね。――――キサキの役目は、この国の重役五人の子供を産むことなんだよ。僕もその内の一人」
「ごにん? 五人も?」
「うん。“国王”“宰相”“魔師”“騎士”“書庫”の五人の子供を、一人ずつ産んでもらうんだ。一応、僕以外の全員と会ったって聞いてたんだけど……」
なんだって? でも、この城に来てから会ったのって、ほんとに数人しかいないんだけども……?
「“国王”は覚えてる? カールハインツって人。金色の」
ああ、はいはい。昨日の夜に連れて行かれた部屋で会った、偉そうな方ね。
「で、“魔師”はメイナード。この人も知ってるでしょ? 緑色の人なんだけど」
案内してくれた人か? 丁寧語を使ってた、穏やかそうな……。
「あとは、目つきの悪い、赤い人。“宰相”のアシュトン。分かる?」
勿論だよ。初対面でキスしてきたあいつでしょう。忘れるもんか。
「クレーメンスは覚えてるかなぁ……? 無口な、青色の大男。“騎士”の人だよ」
そいつも忘れない。私を後ろから羽交い絞めにした、運動部のエースでしょ?
「それで残った“書庫”が、黒髪黒目の僕。リーンハルトだよ。よろしくね」
なるほど。よく分かった。確かに全員に会ってたね。
んで、私はその五人の子供を産めと言われていて、今はその返事は保留中。というか絶対断るつもりだけども。
くそ、それにしても五人ともイケメンとか、あざといんだよ……! どこぞのゲームにでもありそうな環境だなこりゃ。
そんな悔しさを噛み締めていると、あ、とその“書庫”くんは声をあげた。
ん、何?
「ところで一つ聞きたいんだけど、良いかな?」
「何?」
「そのー…………今、何歳?」
「は? 私の年齢?」
「うん。初対面の女性に訊くことじゃないって分かってるんだけどさ。子供産んでって頼んでる以上、相手の年齢を知らないってわけにはいかないでしょ?」
………………まあ、当然のことだわな。
「私はこの間十八歳になったところだよ」
「そっかぁ。今回は若い“キサキ”が来たんだね」
「…………やっぱり、前にも私みたいな人は居たんだよね? その、今その人は?」
「うん、前にも居たよ。でも、今は居ない。だから君が呼ばれたんだ」
そりゃ、どういう意味だろう?
私の物言いたげな視線に気づいたのか、リーンハルト君は黒い目を細めて、私の言葉を待つように微笑んだ。何でも聞いてごらん? と目が語る。…………そっか、この人は私の教師役として此処に来たんだった。だったら訊くことを躊躇う必要なんてないじゃん?
「どういう意味?」
「それが“キサキ”だから、としか言いよう無いんだよね」
「…………キサキって、何なの?」
「そのまんまだよ。后であり、妃でもある。僕らの親の時代にもキサキが現れた。祖父の時も、その前だって現れて、子供を産んでは消えていく異世界の少女。それは創世の時代から続くこの国の決まり事なんだ。僕ら五人の家系は“キサキ”じゃないと子供を作ることが出来ない体質なんだよ」
「じゃ、じゃあ何? “キサキ”は本当にだいたい二十年に一度現れては、毎回毎回五人の男児を寸分狂いなく産み分けたっていうの? しかも、何百年間もずっと!」
「うん、そう。それが“キサキ”と神聖国の歴史」
「そんなの、有り得ない! 五人の男の子を生み続けたとか! 仮に男の子だけ生まれたのが真実だとしたって、男の子の方が大きくなる前に事故で死んじゃうとか、そんなことがあったに決まってる!」
「無いんだよ。僕らに限っては、それは無いんだ。僕ら五人と、“キサキ”である君は、神様の祝福を受けてる。跡継ぎを産むまで、死ぬことは決してないんだ」
「そん、なの…………」
「ありえないって思うのも、分かってる。でもこれが真実だし、僕にはそう説明することしかできない」
その眼はやっぱり、真剣だった。嘘でも冗談でもない。確かにそう言っている。
私が思うことはただ一つだ。
この子、洗脳されてる…………!
どう考えてもそうだ。だって常識的に考えて、そんなことありえない。何百人もの女性が、何回も何回も産み分けを完璧にするなんて、奇跡みたいな確率だ。嘘に決まってる。
でも、この子はそれを信じているんだ。心の底から。
そんな相手に、これ以上感情的になるのもまずいだろう。そして、これについてこれ以上話していても無意味だ。神だのなんだの、そんな話をされ続けてたら私の頭の方が先に可笑しくなる。
うん、上手く話を変えなければ。何か別の話はー、と。
「ええっと…………」
「……他に、何か聞きたいことはある? なんでも訊いてよ、大概のことは答えられるから」
「うーん………………。…………その、どうして“キサキ”じゃないと子供を産めない体になってしまったんですか?」
やばい。質問のチョイス、ミスったな。どうせ神話の話になるに決まってるんだ。さっきの話の更に突っ込んだ内容になることは目に見えてる。
うわー、どうしよう。
「んー……。それは、それこそ神話の話になっちゃうんだけど」
やっぱりか!
「いくつか説があるんだよね。これ、って決まった理由は無いんだ」
「え……? 無いの? 神話の話は?」
「あるにはあるんだ。でも、この国の神話は一つじゃなくってさ。なにぶん、大昔から口頭で伝わってきたものだから、地域によって内容が変わっちゃってるんだよ。伝言ゲームみたいにさ。だから、これ、って断言できるものじゃないんだけど……それでもいい?」
こくん、と頷く。私はそうまで言われて『やっぱり良いです』、なんて言い出せるような人間じゃないし、それに神話が絶対唯一! とか言わない辺りに、ちょっと興味を引かれてしまった。
「むかしむかし、この国を造った、一番最初の王様が居ました。彼はとても素晴らしい王様で、剣を握れば誰も敵うことがない武神となり、筆を握れば誰からも頼られる文神となります。他の国からの信頼も厚く、どんどんこの国を強く大きくしていきました。ところが、そんな王様にもたった一つだけ欠点があったのです」
「欠点?」
「そう。王様は、とんでもないエロ親父だったのです」
ず っ こ け る か と 思 っ た わ !
え? なんか子供向けの童話みたいな雰囲気を醸し出してたくせに、突然出てきた単語が『エロ親父』かよ!
しかも、親父…………。一番最初の王様とかいうから、見目麗しい青年を想像していた私に謝れ!
「その人、とんでもない人だったらしくてさー。出来たばっかりの国の王様なんて仕事漬けに違いないのに、その合間を縫って一日に最低五人以上の女を抱いてたっていうから、化け物だね、化け物。しかも相当なゲテモノ食いだっただけじゃなくてさ、なんか普通のプレイじゃ満足できなかったらしくて、」
もういい! 下のネタはもういい、はやく続きを話せ!
「…………うん、でね。それを大変悲しんだ神様が、その王様のソレを、腐らせて落としたんだ」
「え。……ソレって、もしかしなくてもアレだよね…………?」
男性には必ずある、股の間にぶら下がっているアレ。
なんて鬼畜な神様なんだろうか。女遊びが過ぎる王様のアレを腐らせるなんて。いくら女の敵とはいえ、哀れ過ぎるぞ、エロ親父。
「そう、ソレ。で、もう二度とそんな悲劇が起こらない様に、神様はその王様の子供たちの生殖能力をなくした。ただ跡継ぎが出来ないのは困るから、ただ一人だけ、異世界の少女だけがその子孫を産めるようにした。それが、今とりあえず正しいと言われてる、“キサキ”のはじまりの伝承だよ」
それは確かに悲劇だよ…………。男の象徴が腐り堕ちるなんて、二度とあってはならない悲劇だよ……。もちろん私は女だから、その事態がどれほどの絶望と恐怖を共にするのか、想像もつかない。というか想像したくねーよ。
「で、その王様の子供って言うのが、さっき言ってた五人の重役? 五人も孕ませる前になんとかならなかったの、神様」
「神様も吃驚の手の速さだったんでしょ。ま、僕にいわせりゃこれだって矛盾点がいっぱいの伝承なんだけどね」
ほう。そうなのか。じゃあ、ひょっとしたら腐り落ちてはいなかったかもしれないと。
――――いやもうやめよう。年頃の娘が腐り落ちたの落ちないだの言うもんじゃない。この書庫くんの下ネタに引っ張られてしまったじゃないか。
「で、他に訊きたいことはある?」
「他に…………は、思い浮かばない、かな」
「そっか。それじゃ、思い浮かんだらいつでも聞いてね」
と言うと、部屋は沈黙に包まれた。さっきまで話で盛り上がって賑やかだったので、尚更この沈黙は気まずいものとして流れる。
ど、どうしたらいいのか、これは。何か話すべき? いや、何を?
「よし、それじゃ話もひと段落ついたし、行く?」
リーンハルトは、立ち上がってそう言った。いやいや、行くってどこに?
「散歩だよ。この城の案内もついでにさ。この部屋に篭ってたって気が滅入るだけでしょ?」
まあ、それは確かにそうかもしれない。この城は私からしたら敵陣で、右も左も分からない場所なんだから。今日明日中に帰れないようなら、少しずつ自分のテリトリーを広げていくことは必要だ。
「ね? 僕と、散歩にでも行かない?」




