(2)
「答える必要はありません」
と、いささか強い口調で言い切る私。
正直な話、またか、といううんざりした思いが強かった。この四日間、四人の男から言葉は違っても同じ要求をされ続けた。
『子供を産め』
この男が言いたいことも、そうだ。
『逃げることなどできない』から。『それが十分な衣食住の見返りだ』から。『そうすれば帰れる』から。『あの五人はとにかく良い男だ』から。
とにかくいろいろな理由をつけて、彼らは私に子を産むことを強制しようとする。
でも、考えてもみてほしい。私はまだ、高校生なのだ。彼氏さえいなくて、結婚して子供を産んで、なんていう人生設計はまだまだ先の話だと思っていた。
それは、そんなに悪いことなのだろうか? 今の状況がまだ呑み込めていないのは、五人で五通りの責め方をされるくらい、悪いのか?
誰だって多かれ少なかれ、子供を産む、ということには覚悟が必要だと思う。ゴールを知らない迷路の分かれ道で、こっち、と適当に選ぶわけじゃ無いのだ。後戻りできない、自分の人生の転機。気軽に『はい分かりました』、なんて言えるわけないじゃないか。
でも、そんな私の気など知らず、彼らは私にそれを強制する。
此処じゃ、それが当たり前なんだろうか?
私の常識の方が、おかしいのだろうか?
「答える必要はない?」
「そうです。そんな質問、答えるまでもありません」
「ふむ…………。是か否かで答えればいいと思うのだが、それが嫌だと言うには、何か理由があるのか?」
「あったらなんだっていうんです?」
「その理由を、教えてはもらえないか?」
金色の眼を真っ直ぐにこちらへ向け、私に問うハイン。
三戦目の命令を答えた今の私に、その問いに答える義務はない。嫌だと突っぱねようとしたが、しかし、ここで一度はっきりさせておくのも悪くないと、すぐに考えを改めた。
私がどうして、子供を産むことを嫌がっているのか。そして、私が彼らをどう思っているのか。教えといてあげよう。
「嫌だと言ったのは、どうせ言っても無駄だと分かっているからです」
「無駄?」
「似た様なことを他の四人にも言われて、そのたびに子供を産むことを拒否してきましたが、結局分かってくれる人はいませんでした。産まないと言っても、何故だと責められるばかりで」
「まあ、そうだな。こちらの立場で、君の意見をすぐに受け入れたら、それはそれで問題だ」
盤上の駒を丁寧に並べ終えたハインが、先攻を譲ってくれたので、私はすぐにお決まりの位置の駒をひとつ前に出した。
ハインが黒の駒をひとつ持ち上げたところで、私も話を続ける。
「私には、その考えが理解できません」
「うーん、それは…………」
前回と同じようになった盤上から目を逸らし、空中を彷徨わせるハイン。眉はハの字に下がっていて、どう説明したらいいのか困ってる、というのがよく分かる。
まあ、分からなくもない。自分が当然だと思っている感覚を説明しろ、と言われても困るだけだろう。私だって、『どうして子供を産みたくないのか』と問われたって、『どうしても嫌だ』としか答えられないし。
「私は“貴方たちの子供を産む”のが嫌なんじゃなくて、ただ単に“子供を産む”のが嫌なんです。いえ、嫌というより、考えられないんです。出産なんて、もっとずっと先のことだと思っていたので」
「…………なるほど?」
「想像することは、できませんか? ほんの数日前までただの学生で、結婚なんて考えたことも無かった女の子が、こんな状況に追いやられたときの気持ちを」
うーむと唸り、彼は真剣に考え出した。その後は腕を組み、難しい顔をしながら目線を下へ向けて微動だにしなくなる。
五分くらい経った頃、ようやく動いたと思ったら、彼が手に取ったのは黒のビジョップだった。そしてそれを迷い無く別の場所へ動かす。
…………おい。ひょっとして、さっき悩んでたのはチェスの方、とか言わないよね?
「…………いや、私には、君の気持ちはどう考えても分からないな」
あ、ちゃんと考えてくれたんですね。
でもねぇ、そーかぁ。この人たちには、私のことなんてさっぱりわからないのか。
まあ、私も彼らのことを一切理解できないわけだし、お互い様ってことかもしれない。
…………いや、みんなも理解できないよね? 会ってその日の内に、子供を産むのが使命です、なんて言いだす人なんて、気が知れないよね?
そりゃ二次元ならアリだよ! 間々ある展開だよ!
でも三次元にそんな人がいたなら、それはただの頭が可笑しい人だ。実際、今の私は彼らのことをそんな目で見ている。
「結局私たちは、根本的に分かり合えないってことなんでしょうね」
「いいや、そうとも限らないさ。人と人との相互理解なんて、いつどうやってできるのかなんて分からないものだ。時間をかけていけば、いずれ分かり合えるはずだ」
そうかな…………。分かり合える、のかなぁ…………。
――――――って、危ない危ない!
違う、時間をかける気なんて無いんだよ! 別に相互理解なんて、それはただの手段であって、目的じゃないから! 理解してもらうために此処に長居なんてしたら、結局なんだかんだで孕まされてしまう! そんなの、本末転倒も良いところだっつーの!
あー、危なかった。もうちょっとでこいつの罠にはまってしまうところだった。
さすが『陛下』だぜ…………。ちょっと油断するとすぐこれだ。次からはもうちょっと気を引き締めよう。
「それでは、話を戻すが。“キサキ”どの。つまり、時間をかけてその気になってくれれば子供を産んでくれると、そういうことなのだろうか?」
…………なんだろう。自動翻訳機能が壊れたわけじゃないんだよね? なのになんでこんなに話が通じないの?
私の言ったことが一ミクロンでも通じてたなら、今この状況で、そんなことを聞いてくるはずないと思うんだけど。
だって、そんなこと聞かれたって。
私が用意できる答えは、『考えられない』って、それだけだ。
「…………未来の事ですから、絶対にないとは言い切りません。まあ、無いとは思いますけど」
「ほう? なぜそう思うんだ?」
「それは、私がここに来てから――――――」
オブラートに包んで包んで、事実を婉曲して伝えようと思ったが、ふと何故そんなことをしなくてはいけないのだ、と思った。
これだけ図太そうな神経してるんだし、てーかそもそも、気を使う必要がどこにある? どれだけ相手が丁寧に接してこようとも、要求は無礼極まりないことだ。
私には怒る権利があると思う。そう、ぶっちゃけたって良いと思うんだけど、どうだろう?
「正直に言います。私は、貴方たち五人に最悪の印象を抱いています。もっと言えば、此処とあんたらが、大っっっ嫌いなんです。
さっき言った、出産なんて考えられないというのが一番の理由ではありますが、それに加えて、あんたたちとの子供なんて虫唾が走る、ということも理由なんです。
だから、いずれ私が出産を受け入れる時が来ても、あんたの子供を産むことはない」
どうだ! これが私の掛け値なしの本音だ。
ニコニコしてるくせにどこか人を見下しているリーンハルト。
私が此処でキサキの役目を果たすのが大前提のクレーメンス。
役目を担わないと知るやいなや攻撃的になったメイナード。
そもそも最初から関係を良好にしようとしないアシュトン。
えっらそーな上にまったく話の通じないカールハインツ。
あのね、いったいこいつらのどこを好きになれば良いのかって話ですよ!
魅力的なのは、顔と権力だけ! そう聞けば結婚するにはこれ以上ない優良物件のようにも聞こえるけど、ぜぇったいに、こいつらとの結婚生活は上手くいかない。
まず、性格が悪い。
これ言ったら駄目かなって思ってたけど、言うわ。やっぱりね、権力の頂点に近いと駄目だね! 他人の気持ちが分からない! 五人とも私の感情なんて無視なんだもん。そういうところは人に命令し慣れた人の性なのかなぁって…………。
言いたいことをすぱっと言ってすっきりしている私を、きょとんとした目で見た後、ハインは吹きだした。
怒りを露わにされる想像はしていても、まさか笑い出すとは思っていなかったので、私は吃驚してその様子を眺める。
少しすれば、ハインが笑いを抑え込んで私との会話に戻ってきてくれた。
「ははは…………すまない。まさか、そこまではっきり言われるとは思っていなかったんだ」
「はあ、そうですか」
「それにしても、酷い言われようだな。虫唾が走る、とは」
まあ確かに。国王陛下とその兄弟に対して言うことじゃない。
だが、彼はまったく怒っていないように見える。というか、実際に怒っていないんだと思うけど。狭量な王なんて失格だってことなんだろうなー。
思い出し笑いをしながら、ハインは私の白のルークをとっていった。相も変わらずその動きに迷いはない。チェスの中では、迷って待ったをかけるのは常に私の役目である。
「だがまあ、あれでもあいつらはこの国の民に慕われている。悪い奴らというわけでも無いんだ」
「それとこれとは関係ありません」
そう即答した私に、ハインはまた笑う。
その彼の行動が少し癪に障るけれど、何も言わずに白のナイトを動かした。別に、相手に悪気があるわけじゃ無い。だから多分、この微妙な不愉快さを説明したところで、あいつには分からないだろう。
盤上を見下ろせば、そこにあるのはなぶり殺しの図。
白の駒は着々と少なくなっていて、対する黒はまだまだ余裕。私の王様は丸裸にされるのも近い。というか、これは既に丸裸?
「無理な相談かもしれないが、あいつらのことを、あまり悪く思わないでやってくれ」
まあ、そりゃ無理な相談ですねー。
黒のクイーンが陣地にやってきてチェックをかけられたので、急いでキング自らが動いて緊急回避。だけどそこも他の駒に抑えられて、という攻防戦を続ける。
だけど、ちょこちょこ逃げ回ったところで、結局は追い詰められる一方なわけで――――――その後すぐに、白の王様は黒の女王に討たれ、カールハインツは勝利を飾った。
倒れた純白のキングを見下ろしながら、にやついた顔でハインは言う。
「負けた方は、なんでも一つ言うことをきく、だろう?」
あいつらのことを、あまり悪く思わないでやってくれ。
同じ言葉を二度繰り返したこいつに、私は心の中で舌を出してやった。




