No.06 「なんでも一つ言うことをきく、だろう?」 (1)
ちなみに言えば、私にボードゲームの才能は無い。
チェス、将棋、オセロ、囲碁。とにかく弱い。かつての戦歴を顧みても、勝利の二文字を刻んだことは一度たりとも無いと断言できる!!
しかしながら、私はこう見えて負けず嫌いだ。
勝てない勝負ほどつまらないものは無い。だから、実はボードゲームの類が好きではない。カードゲームは好きなんだけどね。
だというのに、私は初対面の男と、こうして一心不乱にチェスをしている。
こんなの普段の私ならありえない状況だな、と改めて思う。普通の高校生だった私なら何が何でも、この勝負を受けて立ったりしなかった。だって負けるし。
けれど悩みに悩んだ末、結局こうしているのには、相手とルールが大きく関係する。
「私は、この国の王のカールハインツ。初日に挨拶をしたんだが、覚えているか?」
「はあ、まあ」
「それは良かった。では…………そうだな、暇つぶしと緊張をほぐすため、ゲームでもするか?」
まず相手。これはもちろん、私の婚約者殿(仮)の最後の一人、金髪金目のカールハインツだ。通称、陛下。五人兄弟の長兄である。
にこやかに、しかし威厳を損なわず挨拶をした彼は、会って早々部屋に案内して二人でそこに篭り、チェス盤を取り出した。かつてのキサキが持ち込んだと言うそれは、どうやら彼のお気に入りらしい。
まあ確かに、王様ってくらいだから、こういう頭を使うゲームは性に合うんだろう。
「ゲーム?」
「チェスだ。ルールは知っているか? そちらでルールが変わっていなければ、私も少々嗜んでいてな。それなりに強いぞ?」
「え…………。チェス? いやいやいや、私は…………ちょっと。死ぬほど弱いので、多分相手にもならないと思いますよ」
「そうか…………嫌か。それでは、こんなルールを付け足すのは、どうだ?」
次にルール。いや、するのは私も知っているふつーのチェスだ。
ただ、モチベーションが上がらないことが私が拒否する理由だと彼は勘違いしたみたいで、それを上げるために、御褒美や罰ゲームを設定しただけ。
普段ならば罰ゲームなど冗談じゃない、と烈火のごとく怒りだす私も(だってほぼ確実に負けるから)、今回ばかりはそれに乗った。
なにせ、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く、というルールだ。
何度でも挑んで良いらしいし、また、私が最弱のプレイヤーということをよく理解してくれたので、私にのみ拒否権をくれると言ってくれた。良い奴だ、陛下。
そんで、相手は陛下である。つまりは此処のトップ。最高責任者!
となれば、勝てるまで挑み、勝った暁には「家に帰して!」と望むほかはあるまいて!
「むー……。クイーンを動かしてもなぁ…………とられちゃうし…………じゃあこれ…………でもとられちゃうか…………」
「…………謙遜してたわけではなかったのだな」
感情の読めない表情で、そう呟く。どうやら、私が宣言した『最弱のプレイヤー』という言葉は、謙遜だと思っていたらしい。
しかし彼も真実を知る。此処じゃあチェスも一般的なゲームじゃないようだし、たくさんの人と勝負したことがあるわけではなさそうだけど、それでも私が最弱だと認めてくれたようだ。
うるさいわっ!
「それどういう意味ですか? ねえどういう意味ですか? 弱いってことですか。思ってたよりも弱かったってことですか!」
ははは、と笑うだけの陛下。くっ…………このたぬきめ!
陛下と言うだけあって、この人は一番何を考えてるのか分からない。私の王様に対する偏見なのかもしれないけど、腹芸が強そうな印象がある。
というか、陛下ってのがなぁ…………。王様って言われたって、どうしたって小説のイメージに引っ張られる。民主主義である現代の王族、皇族と、絶対王政らしいここを比べちゃいけないだろう。
だから、どうしたって『陛下(笑)』みたいに呼びたくなる。…………あれかな? 陛下ってのが駄目なのかな? 陛下呼びを止めて、他の人と同じようにあだ名で呼ぶか。うん、それが良い気がしてきた。
えーと、確か名前がカールハインツだから…………カール? ――――駄目だ。某スナック菓子を思い出す。黄色いもんだから尚更。じゃあ、ハインツ? それとも、ハイン? うーん…………ハインかな。よし、これからはハインって呼ぼう。
「よし。じゃあ、これでいきます」
「………………」
ハインは無言で駒を移動させる。ふっ…………どうやら私の一手に言葉も無いようだ。
「ああっ! それは…………!」
「………………チェックメイト、だな」
「むぅ…………これで、三戦三敗ですか。いえ! まだまだこれからですよ!」
「まだやるのか?」
「何度でも挑んでいいって言ったことを忘れたんですか! 約束を違えるなんて、一国の王を名乗っているのに、そんなことで良いと思ってるんですか!」
「あー、分かった分かった。そちらの気のすむまで相手をしよう」
よし。言質取った。こうなったら、そっちがもう負けで良いから止めてくれ、と頼み込むまで挑むだけだ。あとは根気勝負! ゲームに勝つ自信は無いけど、粘り勝ちする自信ならある!
「じゃあ、その前にこちらの命令が先だな」
「まあ、そうですね。なんですか?」
ハインは、悩んでいる様子で虚空を睨む。
「昨日まで、弟たちと共に居たんだよな?」
「はい、そうですね。一人ずつ、一日一緒に居ましたね」
四日間毎日、それぞれのタイプのイケメンを一人ずつ侍らせてたわけだ。ぜんっぜん良い思いなんかできなかったけどな。
やがて命令を決めたのか、彼は一つ頷いて、口を開いた。
「その四日間で、俺の弟たちのことをどう思ったか、教えてくれるか?」
これはまた…………。答えにくい質問を。
拒否権を行使しても良いけど、これをパスすると全部パスする羽目になりそうだからなぁ。一回戦と二回戦の命令も拒否してるんだし。
ちなみに、一回戦目の命令は『子供を産むことを了承しろ』で、二回戦目は『ここが異世界と言うことを認めろ』だった。当然、どちらも拒否。というか、心情的にどちらも不可能な命令だった。
それらに比べれば、今回の命令はずいぶん良心的になったと言える。これで拒否したら、流石にフェアな勝負じゃ無くなってしまって、あのルールに強制力が無くなる可能性があった。
だから、なるべくなら答えたい。そう、当たり障りのない返答を。
「………………イケメンですよね」
「いけめん? それはどういう意味だ?」
「顔が良いってことですよ」
そう答えれば、なるほどと言って納得したように頷いた。
…………それって、自分たちの顔が周りからどう見えるかってことを良く理解してるってことだよね! うわ、いーやーみー! そりゃたしかに、謙遜する必要も無いくらい整った顔が揃ってるけどさっ。
「それだけか?」
「それだけです」
「顔だけでなく、性格とか、権力とか、周りからの評価などを知って、なんとも思わなかったのか?」
「権力はありそうでしたね。周りからの評価も高そうだと感じました。でも、それは大した問題じゃないとも、感じましたね」
「性格については?」
「………………根っからの悪人、というわけではなさそうですね?」
「良い人間、とは思わなかったと言うことか」
「その件に関しては、いろいろと思うところはありますが、実のお兄さんを前にして言うことでもないので」
「ふっ…………。素直だな」
これは、あくまで想像だけど。
これまでの四日間の出来事は、すべてリーン辺りに報告が行ってたんじゃないんだろうか?
特に、私の言動に関しては。「愛称で呼ぶ」だとか「異世界だと認めてない」だとか「夜の相手を拒否してる」だとか、そういったことは五人全員に知れ渡っていると思っていい。
つまりこの男も、私が“キサキ”として問題ありってことを知っているのだ。その上でのこの質問だから、何が聞きたいのか丸わかりである。
「確かに、我々は女性が好むような姿形をしている」
「そうですね」
「しかもその上、五人ともこの国の重役であり、権力も地位も名声もある」
「はい、知ってます」
「それでも、我々の子を産んでくれる気にならないか」
やっぱり、ここは異世界かもしれない。
このお城に寝泊まりしてからこちら、私の常識が一切通用しない。
顔が良いとか、権力があるとか、いろんな性格選り取り見取りとか。
そんなことが、どうして『それでも』なんていう言葉を繋げることになるのだろう。
『子供を産む気にならないか』?
そんな愚問、本当に、答えなければ分からないのだろうか。




